16. 9:取り引き

 私――ロイ・マスタング――がいつものように外で作業をしていた、ある晴れた日。
 
 
「君が、ロイ・マスタング君かね?」
 
 
 そう、名前を呼ばれ、私が顔を上げると、にこにこと、笑って立っているこの国の大総統がいた。
 
 
「そうですが」
 何か御用ですか?アメストリス国大総統が、こんな田舎者に。
 そう、尋ねれば、大総統は少し、驚いた表情をして、
「おや、よく私が大総統だと分かったね」
 そんなことを言うものだから、あきれてしまう。
「……この国の、大総統の顔を知らないわけがないと思うのですが?」
「――――ふむ。それもそうだね」
 あごに手を当て、大総統は感心したように私を見る。
 普通に見れば、気のいいオジサンなのだろうけれど……私の前にいると言うこと自体がおかしい。
「……それで、こんなところに大総統が何の御用でしょう?」
 もう一度、尋ねれば、大総統はにこにこ笑ったまま、
 
 
「君に、ロイ・マスタングと言う錬金術師に用があってね」
 
 
「…………」
 その言葉に、ついに来たのかという気になる。
 私は手を止め、きちんと大総統に向き直った。
「お引取り下さい。軍に、ご迷惑をかけることはしていませんし、これからもご厄介になることはありません」
 ですから――
 そう言って、追い返そうとしたけれど、そう簡単に大総統が――軍が納得するわけもない。
 力技に出られるかもしれない、そう考えて、少し身構える。
 けれど、大総統はそんな私を気にせずに、未だにこにこしていて、
「そう、ぴりぴりしなくても……」
 まあ、それは無理かもしれないね。
 そう言うと、大総統は両手を上げて、参ったね、と呟いた。
「…………」
「そう、無理強いをするつもりはないが……さすがにセントラルからここまで来たのだからね、話だけでも聞いてくれないかな?」
「……聞いても、了承するとは限りませんよ」
 むしろ、しない可能性のほうが高い。
 うそ臭い、そう思いながら言えば、大総統は「構わないよ」と、優しく言う。
「こちらへどうぞ」
 そんな大総統に私はため息を付いて、家の中へと案内した。
 椅子に座って待ってもらっている間に、お茶を入れるためにその場を離れる。
 
 
 
 ――国家錬金術師。
 お茶を入れているときに、そんな言葉が頭の中をよぎった。
 私に、軍が接触をしてきた理由はこれしか考えられない。
 それ以外で、私を利用することは出来ないだろうから。
 
 
 国家錬金術師が、軍事国家のこの国において、どんな地位にいるかは分かっているつもりだ。
 
 
『錬金術師よ、大衆のためにあれ』
 
 
 その言葉を、反故にしてでも、国家錬金術師になりたがる錬金術師がいても、それはそれで仕方がないと思っている。
 実際、私でも、魅力を感じる所があるのは本当のことだ。
 錬金術の研究は、総じてお金がかかってしまうものだから……この田舎では、そう簡単なことではない。
 けれど――――
 
 
 
「お待たせしました」
 そう言って、大総統の前と、その向かいの席にカップを置く。
 そして、大総統に向かい合う席に座れば、大総統はカップに手をつけていた。
 ふと、自分で淹れておいて言うのもなんだけれど、不思議に思った。
「……毒が入ったいるとか、そんなこと、思わないんですか?」
「君が、そんなことをする理由がないだろう?」
 私の言葉に、くすくすと笑って、大総統は言う。
 それに首をかしげた。
「そんなこと、分からないじゃないですか……。思いもかけない理由があるかも知れないのに」
「ない、な。……君は今まで軍人に係ったことはないし、もちろん君の周りもね。心配しなくても、ちゃんと調べて来たよ。でなければ、一人でここへ来ることは出来ないんだよ」
 
 
 私みたいな人間はね。
 
 
 命を狙っているやからは、それこそ沢山いるだろうね。
 
 
 そう、雰囲気を変えずに言う大総統に……私は『優しげな大総統』の、暗い部分を見た気がした。
 優しそうな外見に反して、残酷なこと等をしてきたことも知っている。
 私はそれは嫌いだけれど、それくらいなければ、大総統の地位にはいられないのだろう。
「そうですね……」
 頷いて、私もカップに口をつける。
「それで、お話とは?」
「うん……」
 カップを置いて、ようやく大総統は本題に入った。
 
 
「君にね、国家錬金術師になってもらいたいんだ」
「お――」
「まあ、まあ。断る前に最後まで話を聞いてくれないかね」
「…………」
 即、断りの言葉を言おうとしたけれど、それは大総統が挙げた片手で遮られた。
 黙った私を見て、大総統は一度にっこりと笑うと、真剣な表情に変えて話し始めた。
 
 
 それは、この国の現状に関係したことだった。
 
 
「この国が今、周辺の国、そして内部でも決していい状態を保っているわけではないことは知っているかい?」
「……」
 そう尋ねた大総統に、私は黙って頷く。
「そのためにね、時々衝突が起こってしまうことがある」
 
 
 
 そうすると、関係のない民間人にまで、被害が及んでしまうことが多々あるんだ。
 我々軍人が望んでいようがいまいが。
 それは我々の望むところではない。
 だから、その被害を最小限に抑えるためにどうすればいいか、軍は考えた。
 
 
 
「それに、錬金術師を使うんですか?」
 大総統の話の途中、そういって私はそれを止めた。
「よく分かったね」
 にっこりと微笑む大総統に、胡散臭さを感じながら、
「それくらい、分かります」
 子ども扱い――実際子供なのだけれど――に少し不快に思いながら言うと、大総統は笑った。
 私の考えたことが、分かったのかもしれない。
 それくらいの、経験はしているだろう、大総統ならば。
「もちろん一般の軍人は最大限の努力はするがね。それでもできないことと言うのが――錬金術師でなければ、出来ないこともあるのだよ」
「……だからと言って――」
「『錬金術師よ、大衆のためにあれ』と言われているのは知っているよ。もちろんそれを、完全に無視しようとは思わない」
 
 
 けれど、だからと言って軍属になってはいけないと言うわけではないと、我々は思っている。
 軍属になっても、軍はこの国を、ひいては国民を守ることが仕事だからね。
 
 
「この考えは、おかしいかね?」
「…………」
 そう聞かれても、私には「おかしい」と、即答できるほどの判断材料は持っていない。
 それだけの経験も、知識も、持ってはいないし、私の知っている軍人は、国民のために働いているこの村常駐の年老いた気のいい憲兵しかいない。
 何か、言いくるめられている気がしなくもないけれど、それすらもはっきりとは分からない。
 
 
 このときの私は、本当の国家錬金術師の姿を、立場を、知らなかった。それが一番の理由かもしれない――。
 
 
「…………なぜ、私なんですか?私みたいな子供でなくても、優秀な錬金術師は他にいるでしょう?」
「どうだろうね。君以上の錬金術師――なかなか見つかるものではないと考えているけれどね」
「なぜです?」
 そう尋ねれば、大総統はにっこりと笑って、
「私は錬金術のことは分からない。だが、知り合いに聞いた話では、“四大元素を操る”と言うのは、並みの錬金術師は出来ないそうじゃないか」
 実際、私にそのことを教えてくれた知り合いも、出来ないと言う。
「……」
「君は、焔を操ることが出来るそうだね」
「……なぜ、それを?」
 どうして、今日初めて会った大総統が、私の錬金術のことを知っているのか。
 そう不思議に思って聞くと、大総統は苦笑しながら答えた。
「君の事は、セントラルまで噂が届いている……知らなかったのか?」
 意外だ、とでも言わんばかりの言葉に、私は内心驚いた。
 何がそんな噂になったのだろう。
「まあ、そんなわけだからね、私がここに来たんだよ」
 かなり偏屈だと言う噂もあったからね――。
 まさかここまで若い、しかも女の子だとは思ってもみなかったよ。
 その言葉に、被害妄想かもしれないけれど、女の子で残念だと、言われた気がした。
「女では、ロイ・マスタングは女ではいけませんか?」
 そう言うと、大総統は驚いた表情をした。
「まさか、誰もそんなこと言ってはおらんよ」
 ただ、ロイと言うのは男につける名前だと思っていたからね、女の子だと知って驚いただけさ。
 その言葉に内心、そう言うことにしておこうと思う。
 ずいぶん、私はひねくれているんだなと、知った。
「そうですか」
 それだけを言って、私はその話を終わりにした。
 その時ふと、急に一つだけ思い出したことは、脇に押しやる。
 
 
 
 
 
「それでどうかね、この話を受ける気は……?」
 大総統はその表情を真剣なものに変えて、聞いてきた。
 それに、まだ途惑っていますという表情で、
「分かりません……」
「そうか、なら――」
「もし、私がその話を受けたとして、私は未成年です。両親はもういません。それならば後見人が必要だと思うのですが、それはどうなるんですか?」
 大総統の言葉を遮って、私は聞いた。
 それに、嫌な顔一つせず、
「ああ、そのことか。国家錬金術師には推薦人が必要でね。大体がスカウトに行った人間がなるものなんだ。君の場合は、その推薦人が後見人の役割も果たすことになるね」
 そうはっきりと言われた大総統の言葉を、すぐに考える。
 そうなった場合、どうなるかと言うこと。
 そして、私がどうしたいのかと言うこと。
「そうですか」
「それでは、また来よう。その時までに――」
「待ってください」
 なおも言葉を続けようとした大総統を止め、私は自分の考えを言う。
 
 
「大総統がこれから何度来られようと、私は国家錬金術師になるつもりはありません」
 
 
 さて、私の意図した言葉に気付くか、そんなことを考えたけれど、さすがに経験豊富な大人には分かるものなのだろう。
 
 
「それは、私以外がスカウトに来れば、国家錬金術師になる、と?」
 ぎろりと、今まで見なかった表情で睨まれる。
 それが、ものすごく怖かったけれど、ここで引くわけにはいかない。
「そうです」
「……理由を聞いていいかね?」
 低い声で聞く大総統に、面と向かって私は言った。
「大総統が後見人の場合、睨まれそうですから」
 他の国家錬金術師からも、軍人からも。
 そう、当たり障りのない理由を言う。
 それに納得したわけではないだろう。
 けれど、どうすることが一番いいことなのかは分かったいるようで、それを聞くと大総統は一つ頷いた。
「ふむ。まあ、そうかもしれないね……。いいだろう、今度来る軍人は、私以外の人間をよこそう」
 納得はしていない、けれど、力のある錬金術師をそのままにはしておかない、そんな雰囲気だ。
 このまま行けば、私の思ったとおりにことが運びそうに思って、もう一つだけ、言った。
 
 
「それからもう一つ、よろしいですか?」
「――なんだね?」
 ここまで受け入れてくれるだろうか、不安には思ったけれど、どうしても、引くことが出来ない。
「スカウトに来る軍の方には、私のことを出来るだけ隠してほしいのです。例えば、大総統が一度来られたことなどを……」
「ふむ……。それは構わないが、理由を聞いていいかね?」
 あっさりと大総統は言う。
 それにはさすがに驚いてしまう。
 そこまで、私の錬金術を軍属にしたいのかと。
「深い理由はありませんが……ただ、以前に大総統が来られたということに、いらぬ詮索をされたくないだけです」
 そう言った私に、大総統は納得したのだろうか。
「そうだね。……そう言うことにしておこう」
 ……そうでもなかったらしい。
 
 
「それでは……どこまで隠しておいたほうがいいかね?スカウトに行く人間には、過去に君に会いに来た軍人全員のことを隠しておいたほうがいいのかね?」
 あっさりと、そんな風に話を進めようとする。
 それでも、私が望んだことだから、
「そうしていただけると……ありがたいです」
「ふむ。あとは、君の事も少し隠しておこうかね、年齢とか、外見……後は性別とかか」
「…………出来るんですか?」
「私を誰だと思っているのだね」
「……そうでしたね」
 ここは軍事国家だから、大総統の力が一番強い。
 そんな地位にいる人に、今のは愚問だろう。
 けれど、
「なぜ、そこまで……?」
 そうしてもらえるなら、そうして欲しいと、内心思いつつ聞けば、あっさりと、
 
 
「面白そうじゃないか」
 
 
 と、そんな力の抜ける言葉が返ってきた。
「はあ、そうですか」
 それに対して、私はそんな言葉しか返せない。
 
 
 
 
 
「それじゃあ、君の頼みを聞いたのだから、こちらの頼みも聞いてもらわなければね」
 と、私の望みをかなえることを約束してくれた後、そんなことを大総統は言ってきた。
 まあ、予想していなかったことではないので、それほど驚かないけれど。
「さすがに未成年のときからスカウトした子を、常時軍に縛り付けておくのもどうかと思っていてね。それで、私の個人的なことなんだが、君が国家錬金術師になった折には、この国中を旅してもらいたいのだ」
「…………どういうことでしょう?」
 さすがに、大総統が何を言いたいのかが分からず、そう問えば、
「簡単な話、各地での、軍人がどんな風に職務を全うしているのか調べて、報告をして欲しいのだ」
 軍人の中には、軍の力を利用して、国民の不利益に繋がることをしているやからもいないわけではない。
 しかし、あまりにこの国は広すぎて、全てに目を向けておくことが出来ないのだ。
 そのための『目』が欲しいのだよ。
「…………」
「もちろん、いつもそのことで縛り付けておくつもりはない。これは私個人的な、隠密裏にして欲しいことだからね、国家錬金術師が通らなければいけない査定を免除することも出来ないだろう。だから、研究の合間などにしてもらって構わない。それ以外の時間を、拘束するつもりは、まったくないよ」
 どうかね?
 そう聞いてきた大総統の言葉は、強制力がないように見えて、実際これは命令だ。
 これが聞けなければ、私の望みも叶えられないだろう。
 それに、大総統の言葉がうそでなければ、その考えには賛同できる。
(そう……)
 だから、と言うわけでもないけれど、私はそれを受け入れた。
「分かりました」
 そう言えば、大総統はにっこりと笑った。
 
 
 
 
 
 
「…………まあ、等価交換ですから」
 そう、ぽつりと独り言のつもりで言った言葉が、大総統は聞こえたようだ。
「どちらかと言うと、取り引きだと思うがね」
「……どちらでも構いませんよ」
 どちらも、今は同じです。

– CONTINUE –

2019年4月14日

Posted by 五嶋藤子