1. 私に還ること
――――――体が溶けていく
死の淵に立っていることが分かった。
このままいけば、時を待たずに死ぬことになる――――――普通であれば。
封神計画の最中でなければ。
いくら望んでもそれが叶わないことは分かっていた。
完全に死ぬことは出来ない。生まれ変わることは望めない。
――いや、封神計画の只中であっても無理だった。
私には無理だった。
必ず“一度目”は――――――
溶けているのに、辛くなかった。
こういう場合、我慢できないほどの痛みを感じるのではなかったのか。
髪が切れても……服が溶けて、肌に直接紅い雨が降り注ごうとも何も感じない。
それよりももっと辛いことを知っているから。
もっと……我慢できないことを私は知っている。
「ああ……」
だから私は大丈夫。
辛くはない。
だから――――――
「太公望、」
楊ゼンをたのむ……
伝えたいことは、もうない。
もう何も心配することはない。
これからは、私は私のすべきことを考えればいい。
引かれるように、私の意思とは関係なく飛ぶ魂魄の状態でそう思った。
これから私は封神台へと向かう。
――――――本当にそうか?
どこから聞こえるのか分からない言葉が私の中に響いた。
――――――本当にお前は封神台へと行くのか?
誰の声だろう。どこかで聞いたことがある。けれど思い出せない。
――――――本当にお前は封神台へと“行ける”のか?
その言葉が響いた途端、私の魂魄は封神台よりもさらに強い力で別方向へと向かわされていた。
それに気付いて、見ればそこには私の洞府がある場所――――玉泉山。
戻ってくる可能性は、そうないと思っていた場所。
けれど戻ってきてしまった……
あの中に
――――――“私”がいる。
堅く閉じてきた扉を通り抜け、私の魂魄は金霞洞の最奥へと向かう。
ここにはない心臓が動くのを感じる。
血が、巡るのが分かる。
最後に必要な魂魄を、“私の体”が待っている。
最後の扉を通り抜ける。
久しぶりに、本当にどれ程経ったか分からない年月を越えて、私は自身の体と対峙した。
けれどそれは一瞬のこと。
気付いたときには――――目を開けたときには、私は液体の中にいた。何十年、何百年――何千年でも“遺体”を死んだ当時のままの状態で保存できるそれ。そしていつでも魂が戻れば再び生きることが出来る――――借体形成の術に利用することも可能。
ただし私は死んだわけではないから呼んだのだ、体が。魂を入れているだけの力を未だに持つ体が。
「…………さすがにまだ使えるか」
液体の中から出て、ちゃんと体が動くかを確認した私は呟いた。
ぽたぽたと落ちる滴も気にせずに……既にこれからすべきことを反芻していた。
「あれ? 申公豹」
「なんです?」
「――――魂魄が一つ、封神台に向かってないよ」
崑崙と金鰲の戦いを眺めていた黒点虎は、声を上げた。
それに対して申公豹は少し考えた後に――――
「黒点虎。その魂魄は玉泉山へと向かっていませんか?」
「え?? ……うん、そうだよ。今中に入っていった。よく分かったね、申公豹」
驚いた声を出す黒点虎に、含み笑いをしながら申公豹は指示する。
「一旦玉泉山へ行きましょうか」
「ええ!? ……いいけど、太公望たちを見てなくていいの?」
「ええ、今はね。それよりも、向こうに行ったほうが面白いものが見れますよ」
「ふーん。分かった」
はっきりとした理由は示されていないが、申公豹が“面白いもの”と評したものの方が気になったのだろう。黒点虎は崑崙山脈は玉泉山のある方角へと飛んでいった。
– CONTINUE –