alter ego

 『会ってやってくれないか』と議長に言われた。
 
 『会ってあげてくれないかしら』とルイーズ様に言われた。
 
 『会って、話がしたいそうだ』と、イザークが言った。
 
 『会ってやってよ。――――きっと、会わなきゃいけないと俺は思う』そう、ディアッカが言った。
 
 
 だから私は会うことにした。私に会いたいと言ったという彼女に。
 きっと四人の誰の言葉が欠けても私は了承しなかっただろう。
 たとえ、彼女の状況を聞かされたとしても。
 彼らの言葉に差は無い。けれど、“彼ら”が言ったから、了承した。
 そうして用意された“安全な場”で、彼女と会った。
 
「はじめまして。あたしは、ミーア・キャンベルです」
 
 黒い髪、明るい笑顔。
 “美しい”と言われるコーディネーター集団の中では、きっと凡庸と言われるだろう容姿だったけれど、その笑顔は美しかった。少なくとも、私には出来ないものだった。
 けれどその声を聞いた時、彼女自身の名前を口にした時、彼らの――――デュランダル議長の、ルイーズ様の、イザークの、ディアッカの、私と彼女を会わせることを了承した意図が、理解できた。
 そしてこの“安全な場”が、誰のために用意されているのかも……
 
 そう、彼女のためだ。
 
 ラクス・クラインと同じ声を持つ彼女のため。
 
 私が破滅へと陥れ、それでも今なお狂信的なクライン派に望まれるラクス・クラインと同じ声を持ってしまった彼女を、そのクライン派に利用されないため。
 
(…………ディアッカが最後に付け加えた理由が、これか)
 確かに、私は“会わなければならない”。
 
 一人の少女の人生を、狂わせてしまったのだから。

◆◆◆

「まさか、会ってもらえるとは思ってもみなかったわ」
 明るい声が室内に響いた。
 それを私は、不思議なものでも見る思いだ。
 ――――どうして彼女は自身を危険にさらす原因となった私を前にして、恨み言も罵りの言葉もなく、笑顔でいられるのだろう。
 今まで自由だった彼女には、現状は苦痛でしかないはずだ。
 四六時中護衛がそばにいて、危険だからと外を出歩くことも出来ない。
 貴女の安全のためだと言われても、実質軟禁だ。――――いいや、監禁、により近いかもしれない。
 そんな状況にした原因に、恨み言を言う目的ではない『会いたい』。
 私には、理解できなかった。
 
 
「どうしてあたしが面会を希望したか、不思議でしょう?」
 ふふ、と笑ってカップに入った紅茶を一口。ミーア・キャンベルという少女は「でもね」と、私をひたと見据える。
「あたしも貴女が会ってくれるとは思ってもみなかったわ。議長たちに頼みはしたけど、会ったこともない、名前も知らないあたしなんかに、真面目な貴女が会うことを了承するなんて思ってもなかったわ」
 どうして、と首を傾げられても私には明確に答えられるものなど無い。
 無言の私に、ミーア・キャンベルは気にした様子は無かった。
「あたしはね、歌手になりたかった」
 
 歌うことが大好きだったから。
 ラクス様が、ラクス様の歌が、大好きだったから。
 あたしもラクス様のような歌手になりたかった。
 
「でも、無理だったわ。――――あたしの声が、ラクス様と同じだったから」
 
 確かに、と思う。
 プラントの“歌姫”と同じ声を持つ少女を受け入れるプロダクションがあるとは思えない。
 “歌姫”のプロデュースを行っていたプロダクションが、プラントで最も力を持つプロダクションであったからなおさら。――――にらまれれば、自身のプロダクションの存続が危うくなるのだから。
「でも、あたしはあきらめたくなかったから、いっぱいオーディションを受けたわ。結果はどれも同じだったけど……ああ、落ちた理由も同じだったわね」
 
 ラクス・クラインと同じ声だから。
 
 簡単にそれが想像できる。
 本当に、簡単に。
 そう言われ続ければ、大半は夢をあきらめるだろう。けれど、目の前の少女はあきらめなかった。
「あきらめたくなんてなかったわ。だって、本当に歌うことが大好きで、皆を元気にしたいという思いを持ってたもの。――――でも、」
 
 ラクス様があんなことをしてしまって、歌手の夢をかなえるためにオーディションを受けることも出来なくなっちゃった。
 
「恨んでいる?」
「恨む? うーん、どうかな。別に憎い、なんて思ったことは無いけどね。ラクス様がいたからこそ、私は歌手を目指したんだし」
「ラクス・クラインを、ではなくて――――」
 
「貴女を?」
 
 ただまっすぐに私を見つめる瞳。それはラクスのものとはまったく違っていた。当然だ。いくら声が同じでも、声しか同じではないのだから。
 私も、ただ彼女をまっすぐに見つめる。それしか出来ないというのもある。言い訳は言えない。言えるわけがない。
 そんな表情のない私に、彼女は変わらない笑みを浮かべる。
「どうして、貴女を恨まなくちゃいけないの?」
「…………」
「確かに貴女はラクス様の罪を暴いたけれど、それはきっかけに過ぎない。――――今、ラクス様が罰を受けている原因の罪は、貴女が暴いたことじゃないわ」
「それでも、きっかけは私だ」
「まあ、ね。きっかけは貴女。けど、それはすぐに解決したわ。実際にラクス様が手を下したわけではないし」
 他の人たちは殺人で服役しているけれど。
「だからそのことで、裁判所はラクス様を裁くわけにはいかなかったわ。――――けど、裁ける罪も犯していた」
 フリーダム、エターナルの強奪。
 守るべきプラントに、銃を向けた、その罪。
 それは、カナーバ様が彼女たちの勢力に屈しなかったために表に出た罪だ。
 そこにたくさんの力が――――私の知る、たくさんの人たちの力が協力し合ったために達成できたことを私は知っている。
 プラントの一般市民が知っているかどうかは知らない。
 けれど、そこにたくさんの思惑が錯綜したことは事実だ。
「貴女のことがきっかけになったから早く表に出てきたことかもしれないけれど、でも、いずれ出てきたかもしれない。裁判の映像を見たけど、隠し通せたとは思えないもの」
 この時の私は知らなかったけれど、あとで聞いたことによれば、裁判でラクス・クラインは呆れる証言を展開したそうだ。あの時――私の裁判の時にキラ・ヤマトがその言動で批判を買ったものに近いものを。
「だからね、貴女を恨むことなんて、あたしにはできないの」
 そういって彼女は、再び笑顔を私に向けた。

◆◆◆

「では、何故私に会いたいなどと言ったの」
「――――あたし、ラクス様の代わりをしてくれないかといわれたの、ラクス様の裁判が終わるちょっと前に。もちろん、クライン派によ」
 肩をすくめるしぐさをして、ミーア・キャンベルは話し始める。
「もちろん、断ったわ。けど、何度も頼んでくるの。そのうち見張られていることにも気付いて……助けを求めようとしたけど、通信まで盗聴されているみたいだったから出来なくて」
 明るく言ってはいるが、その当時の恐怖はどれくらいのものだろう。一般人である彼女には、私ではわからないほどのものだったに違いない。
「けど、もちろん助けてもらったのよ。そうじゃなきゃ今ここにいないもの」
「――――――」
「たまたま、たまたまね、見かけたの。――――貴女の同期であるイザークとディアッカを。イザークも、ディアッカも、最高評議会議員を務めたお母様とお父様にそっくりだったからすぐにわかったわ。そして、お二方はザラ派だったことも知ってたから……もしかしたら、助けてくれるかもしれないと、そう思ったの」
「――――いい判断ね」
「でしょう? あたしもそう思ったの!」
 うれしそうな彼女は、年相応にしか見えない。けれど、その経験は――――
「……だからね、貴女に会いたかったの。私は未遂だけど……自分とは違う人のふりをしていた貴女に」
「…………」
「もちろん、理由は違うし立場も違うけれど……貴女のほうは、私とは比べられないほど辛い経験をした上でのことなんだろうけど……どうしてかな、会いたいと思ったの」
「……会って、どうするつもりだった?」
「え、あ、ううん。ただ会いたかっただけ……」
 そういいながら、目に見えて落ち込んでいった。……それに私はため息を付くだけ。それ以外の反応のしようが無い。
 けれど、その行動がまた彼女を落ち込ませるのだ。
「まあ、私はいいのだけれどね。――――貴女が何と言ってくれても、私の行動が貴女を危険にさらしたことには変わらないと、私は考えるから」
 
 だからストレス発散にでも何でも使って。私が可能な限り。
 
 そういうと、彼女はぷっとほほを膨らませる。
「そんなことで、貴女を呼び出したりしたらイザークたちににらまれるじゃない」
「一般人の貴女にそんなことするかしら?」
 ありえない、と思っている私に対して彼女のテンションは急に上がってしまう。
「するわ! というか、あの二人、貴女を傷つけることは絶対許さないのよ」
 そうして私には考えられないことを話すのだ。
 
 貴女があたしに会うことを拒否したら、絶対に会わせないって言ってたのよ。あたしの声は、貴女を傷つけるものでしかないからって。
 
「…………」
「信じられないって顔ね。でも本当なのよ」
 憮然とした表情の私に対し、ふふ、と笑みを浮かべるミーア・キャンベル。
 愛されてるわね、という言葉は聞かなかったことにした。
 
 
 そうしなければこの場合、私の送り迎え担当の二人の顔を見ることが出来なくなる。

– END –

タイトル訳:もう一人の私
お題配布元:戯曲

2018年12月16日

Posted by 五嶋藤子