Vive memor mei.
「どこに行くのよ?」
恩赦を受けてから一月。騒がしかった周囲が落ち着いてきたころを見計らって、イザークとディアッカはルイーズ様の許可を取ってから私――アジュール・ゼイレンを外へと連れ出した。
「だいぶ落ち着いてきたとは言っても、まだこっちを窺っているマスコミはいるでしょう?」
「大丈夫。対策はちゃんと打ってるって」
「おまえは気にせずについてくればいいんだ」
私の心配をよそに、二人はエレカの運転席と助手席で聞く耳を持たない。
「……どこに行くかくらい、教えてくれてもいいじゃない」
「行けばわかる」
せめてそれくらい教えてくれてもいいだろう、と思ったことさえ助手席のイザークは答えなかった。ディアッカに視線を移しても、ただ苦笑しているだけ。――――イザークに止められでもしてるのだろう。相変わらずの関係のようだ。
だとすると、これ以上聞いたとしても答えはしないだろう。
まあ、二人とも私服で――そもそも私を迎えに来た時点で今日は休暇だと言っていたから、行く場所は軍関連以外。それだけはわかって、そして安心もした。
既に私は恩赦を受けて、政府と軍からの監視を解かれた。
だからどこへ出かけるのも自由だ。それでも内心、軍に関わる場所には行きたくないのが本音だ。
そして、軍も政府も私にはかかわってほしくないだろう。もうすでに私は一般人なのだから。
◇◆◇
「…………」
「ここ、来たかったんじゃねえの?」
「――――どうして……」
「“アジュール・ゼイレン”を調べればすぐにわかる。隠す必要はなかったから、何も手を加えなかったんだろう?」
二人が私を連れてきたのは、ディセンベル市にある女子寄宿学校。――――そして、ここに入学する生徒は何かしら公にはしたくない理由を持った生徒が大半だ。
望んだようなコーディネートが出来なかったという理由で親とうまくいっていない生徒などがその典型。
私のように身を守るために養女に出て、セキュリティのしっかりしたこの学校に入学したものもいるかもしれない。
「さすがに、セキュリティはしっかりしているな」
「だなー。…………ブルーコスモスに“狙われやすい”親を持つ令嬢が多く入るだけはある」
「それが“売り”だもの――――私もそれで入学したようなものだし」
「それでもお前は“守りすぎ”たんじゃないか?」
養女に出たことを指摘したイザークは、入り口で身分証明書と許可証を見せている。
ディアッカに至っては自分の分と、私の分の許可証まで見せていた。
「私の場合は名前による影響が大きすぎたのよ――――“ザラ”では、狙ってくださいと言わんばかりじゃない」
だから月に疎開していた母たちも、母の旧姓を名乗っていたのよ。
「ふーん」
本来ならば、私が案内をしなければいけないんだろう。けれど二人は構内地図が頭に入っているのか、どんどん先に進んでいく――――結構複雑だと思うんだけど……まあ、元赤服なんだから、これくらいはすぐに覚えることはできるかと、勝手に納得した。
ただ問題は、その行先だ。
左に各講義棟、右に寮を眺めてまっすぐ向かう先にあるのは実習棟、図書館、体育館――――
「ここだ」
スケートリンク
「行こうぜ」
立ち止まってしまった私の背を押すようにディアッカが笑顔を見せる。
イザークもどこか楽しそうだ。
「でも――――」
「お前が恩赦を受けたとメディアで流されたあと、すぐに俺のところにルイーズ様を介して連絡が来た。――――ここに連れてきてくれ、と」
「俺んとこには直接な。『引きずってでも連れてきて!』だそうだ」
誰かはわかるだろう?
二人の表情は、そう言っていた。
――――もちろん、わかる。
“ルイーズ様を介して”でひとり、“ディアッカに直接”でひとり。
けれど――――もしかしたら、それ以上に……
「この時間には待っていると聞いている。何人いるかは知らないがな」
◇◆◇
扉を開ける。懐かしい音が聞こえてきた。
そして入って行って、リンクが見える位置に来た時に目に入ってきたのは懐かしい光景――――。
「――――アズ!!!」
その声に、私は背を向けて逃げ出したくなった。けれど両側のイザークとディアッカに肩を押さえられたこと、そして「逃げないで!」との声に動けなかった。
「どうして逃げるの!?」
リンクから身を乗り出しているのはマリア。
リンクの上を滑っていたほかの三人も、次々にこちらへ向かってくる。
エリザベス、リラ……そしてセレーナ。
この寄宿学校では、“親”が理由で入学してくるものが大半。“その名”のせいで、生命を狙われている生徒もいる――私のように。だから誰もファミリーネームでは呼ばない。知らないことも多い。
だから私も彼女たちの“姓”を意識したことはない。知ってはいたけど思い出しはしなかった。
けれど、
どうしてアカデミーで思い出さなかったんだろう。軍属時代も、どうして――――。
そう思ってしまうくらいには、彼女たちの姓は重かった。
マリア
エリザベス
リラ
セレーナ
マリア・エルスマン
エリザベス・ライトナー
リラ・カナーバ
セレーナ・マクスウェル
ディアッカ・エルスマンの妹
ルイーズ・ライトナー様の娘
アイリーン・カナーバ様の娘
そして……ラスティ・マッケンジーの実妹
特にセレーナには会えなかった。会えないと思っていた。だって、ラスティは…………
「私には、会えないと思った? お兄様が貴女の目の前で死んだから? ねえ、アズ、そんな風に思った?」
「セレーナ!!」
セレーナの言葉に、すぐさま声を上げたのはマリアだった。けれどすぐにそばに来たリラに止められる。「どうして止めるの!?」「これはセレーナとアズの問題よ、私たちが口を挟んでいいことじゃないわ」「…………」そんな会話がなされている間、セレーナは私をまっすぐに見ていた。
「会えるわけ……会えるわけないでしょう?」
「どうして?」
静かになった中、さらりと尋ねられて――――きっと、情けない表情になった。
「会えるわけ、ないじゃない。ラスティは私の目の前で死んでいった」
「でもそれは、任務だもの。お兄様もアズも、ザフトで……危険な任務についていた。生命を落とす可能性もあるとわかっていたでしょう?」
「それだけじゃ、ない」
セレーナの言葉にほっとした雰囲気が漂った。けれど、私が会えないと思ったのはそれだけじゃない。それだけのはずがないじゃないか。
「…………ニコルは……ニコルのことだって――――」
「――――――どうしてそれを知ってるのよ」
これにはセレーナ以外は首をかしげていた。セレーナとニコルとの間にどんな関係があるのかと言いたげだ。
確かに、これはアスランのことほど知られてはいない。
何故私がそれを知っているのかと言えば――――
「ニコルは……仲良くしてくれたから」
「――――――話すくらいに?」
「ええ…………」
「どんなふうに言ってた? ――――勝手に決められたけど、一応婚約者がいるって?」
え!?
と、みんな驚きの声を上げていた。イザークとディアッカは声は上げずに目を見張っただけだけど。
そして内容が内容だけに、全員の視線が私に集まる。ニコルがどんなふうに言っていたのか、を聴くために。
「そんなことを言うはずがないでしょう、ニコルが。――――大切な人がいるって。どう思われているかはわからないけれど、断ることはできなくて、でも断るつもりもない大切な人がいるって……それだけ聞いて、名前は知らなかったけど」
調べようと思えば、聞こうと思えばできた。そして、実際にユーリ・アマルフィ様は答えてくれた。
ニコルの婚約者の名前を聞いたとき、すぐにセレーナの顔は浮かんでこなかったけれど……ようやく気付いたのは数日後、だったけれど。
そう口にすると、セレーナはかすかな笑みを浮かべていた。
「聞いてくれれば答えたのにね」
「…………だから、会えないと思ったんじゃない。今もまだセレーナはニコルの墓参りを欠かさないって聞いて……新しい婚約者も、恋人もいないって聞いて、どうして会えると思うの?」
ニコルは私をかばって死んだのに。
私の言葉にセレーナ以外が息をのんだのがわかった。
そしてセレーナは――――――
「そんなアズだから私は会いたかった。お兄様を、ニコルを、忘れないでいてくれるアズだから」
二人のことを聞きたかったから、だから私は会いたかった。
「それにね、純粋にアズにまた会いたかった。――――死んだと思っていたアズが、生きていたと知って私たちがどれだけ嬉しかったかわかる?」
アズは、アスランが死んで悲しかったでしょうけれど……それ以外考えられなかったでしょうけれど、私たちはアズが死んだと思って悲しかったのよ。
その声に、はっとした。
セレーナだけでなく、マリアの、エリザベスの、リラの顔を見ればみんな同じことを思っていることがその表情からわかった。
「っ…………」
「いくら大切な人たちが亡くなったその場にいたからと言って、私は大切な親友を――死んだと思っていた、それでも生きていた親友に会いたくないなんて、恨むなんて、そんなこと思ったこともない」
いつの間にか目の前に来ていたセレーナ。
スケートシューズを履いているからか、少しだけ私の目線より高い位置から昔と変わらない笑顔で私を見ていた。
「生きていてくれて、ありがとう、アズ。悲しい思いもたくさんしたけれど……それでも、アズが生きていてくれてよかった」
そう言って、セレーナは私を抱きしめた。
その後、「セレーナだけずるい!!」と叫んだマリアも、何も言わないエリザベスとリラも――――その様子にイザークたちは驚いていたけれど、すぐに笑ったのが視界の端に見えた。
よかったな、と、そんな風に言っているようだった。
– CONTINUE –
タイトル訳:生きて、私を覚えていて
お題配布元:戯曲