1. 静かなる時
「お、陛下に見惚れてたやつがいる」
城の一角にある練兵場でひとり剣を振っていたエドワードに声がかけられた。
「止めてください、ヒューズ大将」
ニヤニヤしながら近づいてくるヒューズにエドワードは情けない顔で恐らく聞き入れてはもらえないであろう願いを一応口にした。
情けない顔をしながら情けないことを言いながらもエドワードはきっちり上官に敬礼をした。
何せ相手はアメストリス王国近衛軍大将……近衛軍の司令官の地位にいる人間だ。
しかも近衛軍はどこよりも女王のそばに付いてその身を守るのが使命だ。
自然、どこの司令官よりも地位は高くなる。
そして片や近衛軍に所属しているとは言ってもつい最近配属された一介の兵士に過ぎない。
それほど差のある人間に対して、敬わなければ不敬罪に問われてしまうだろう。
……もっとも、エドワードの性格を考えればたとえ女王の前だとしても尊敬していなければ――敬うべき人間でないと判断すれば、敬意など髪の毛の先ほども見せなかっただろう。
エドワードはヒューズは敬う対象として、この短い間に判断したようだ。
そして、ヒューズはヒューズでエドワードの性格を短い間に理解したようだ。
――とは言ってもエドワードのことは彼が近衛軍に配属される前から調べていたので知っていた。
性格だけではない。その出身から生い立ち、思想まで全て。
でなければ、いくら優秀なものであろうとも近衛軍は別だ。女王の一番近くにいる兵士なのだから。
優秀と言うだけで受け入れることなど出来るはずもない。
だが、やはり直に接さなければ分からないこともあるわけで。
最終的にヒューズはエドワードを信用するに値する人間だと判断した。
「にしてもおまえ近衛軍の中だけじゃなく、あらゆるところで噂になってるぞ。――女王陛下に見惚れて頭を下げるのを忘れたやつだって」
片手でエドワードの敬礼を解かせたヒューズはそう言って、軍部内で食えない表情といわれるニヤニヤした顔をしながら言った。
「……カンベンしてください……」
ヒューズの言葉にエドワードはガックリと肩を落とした。
もうここへ配属されてから何度目だろう。
あらゆる階級の人間に言われ続けていて、さらに司令官にも言われてしまいエドワードは少々疲れ顔だ。
「まあ、いいじゃねえか。陛下の顔をまともに見てもそれなりに大丈夫だったんだ。他のヤツならそうはいかねえぞ。慣れてねえと気絶するのは日常茶飯事だった」
何より陛下が気にしてねえんだ。おまえが気にすることはねえよ。
そう言って、ヒューズはエドワードの方をバシッと叩く。
それでもエドワードはこぶしを握って反論した。
「そう言うわけにはいきませんよ!!」
がばっと顔を上げたエドワードの勢いにヒューズは飲まれそうになる。
が、何とか立て直しながら、エドワードの言葉を聞く。
「きちんと礼も出来なかったんですよ!! あまりにも陛下に対して失礼じゃないですか!! 陛下はお優しいから許してくださっただけです……」
それなのにオレは……陛下のお役に立てるのかって考えると……自信が…………。
勢いよく言ったのは最初のほうだけで、エドワードの語尾はだんだん沈んで行った。
それは見ていて面白いものがあるけれど……。
こめかみをかきながら聞いていたヒューズはエドワードの言葉が収まったのを見計らって尋ねた。
「おめえ、陛下のこと尊敬しているか?」
………………
「……はぁ?」
いきなりの予想もしなかった言葉にエドワードはぽかんと口を開けてヒューズを見た。
………………。
改めて見たヒューズの目は真剣そのもので、そんな彼の目を見ていてやっと聞かれた内容が入ってきたのかエドワードはこちらも真剣な表情で言い切った。
「当たり前じゃないですか。でなければ陛下の下で陛下に仕えることはありません」
そのきっぱりとした言葉と、何より迷いの無い表情にヒューズはエドワードが初めて見る類の表情を見せた。
それは使える者と言うよりももっと親しい人を慕う人間を見つけたことに対して満足しているような、しかしどこか複雑そうな……そんな表情とでも言うだろうか。
それを見たエドワードは少し引っかかりながらも上官の表情に何かしらの安心を得た。
それから。
少々エドワードとヒューズは手合わせをした。
近衛軍の大将へと上り詰めたヒューズと、若いながらもその強さ、素質を見込まれたエドワードの手合わせは激しいものがあったが、二人それぞれ満足して手合わせを終えた。
エドワードはヒューズの強さにまだまだ修行が足りないと感じ、ヒューズはエドワードの素質に舌を巻き。
それぞれ心に決めた。
――それぞれの思いを。
そして二人そろって練兵場を出る時になって、ふとエドワードは思ったことを口にした。
「そう言えばヒューズ大将……」
「うん?」
「先ほどの陛下の顔をまともに拝見して気絶するのは日常茶飯事だったとおっしゃってましたよね」
「ああ、言ったな」
エドワードが何を言いたいのかが良く分からないヒューズは、顔に疑問符を浮かべながらエドワードの言葉を待つ。
「大将は日常茶飯事だと言われましたがどれほど近衛軍に在籍されているんですか?」
日常茶飯事だと言うと言う事は、それだけ女王のそばに仕えているということだ。
しかし、エドワードよりも十歳以上年上ではあってもそれほど軍の中で年を取っているというわけではない。
むしろ、その年齢を考えれば年齢不相応の高い地位にいるといっても過言ではないはずだ。
それを考えれば、一体いくつのときからここにいるのかと思ったエドワードの言葉も不思議ではないだろう。
「あー。どうだろうな……そんなに長くもないと思うが……」
「そうなんですか!?」
「ああ、……それがどうかしたのか?」
今度は反対にヒューズが聞けば、エドワードは少し困ったような表情をして自分の疑問のわけを言った。
「それにしては陛下のことを良くご存知のようだったので……」
その言葉に、ヒューズは少し驚いたように瞬きをして言った。
「なんだ、おまえ知らなかったのか」
「……何をですか?」
「俺と女王陛下は幼馴染なんだよ」
…………………………………………
「え、ええええ!!!!!!!!!!!!!!!???????????」
エドワードにとって、それはあまりの衝撃だったのか。
そんな叫び声を上げ固まってしまった。
そしてその声は夕日を浴びた城中に響いた。
もちろん、その時自室で休んでいた女王の耳にもその叫び声はしっかりと届いていた。
– CONTINUE –