3. 背負わされたもの
それは、他愛もない会話から知った。
オレが近衛軍に配属されて数ヶ月。
やっと周囲に溶け込むことが出来るようになった。
今でこそ同じ近衛軍の兵士から話しかけてくれ、一緒に食事をと誘ってもらえるようになったけれど、初めのうちは話かけてくれるのはヒューズ大将だけだった。
それはそうだろう。
オレだって、もしオレみたいな非礼なやつが来たら同じように声をかけようとは思わない。
それでも何とかそんなオレがヒューズ大将に声をかけてもらえたのは、女王陛下のおかげだった。
女王陛下だけ、オレを責めなかったし、それを大将が受け入れてくださったから。
それがあったから、オレが近衛軍に入ってから少し経って、今度はハボック中将から声をかけてもらえるようになった。
初めは緊張したけれど、それでも大将も中将もいい人だったから、地位の違いさえ頭に入れておけば良かった。
それからさらにたって、ブレタ中将や、ファルマン大佐、そしてフュリー准佐。
みな、若いながらも高い地位と近衛軍所属から分かるように、相当能力があるのが分かる。
ただ、ヒューズ大将やハボック中将は実戦向きだと判断できるけれど、他の三人はそうとは見えなかった。
だから聞いてみれば、実戦が得意と言うだけで選ばれているわけではないとハボック中将に笑われた。
それは女王陛下を守るのはそれだけでは足りないと言うこと。
その時はそれをそんなもんなのかと流しただけだった。
それからすぐに他の人からも声をかけてもらえるようになって、会話をしていたら初めはオレを睨んでいた人からもすぐにそんな事をされることはなくなった。
それを見た大将からは笑って頭を叩かれて……喜ばれた。
「よかったな。陛下が助けられたかいがあったもんだ」
そうも言われた。
そんなことがあったから、忘れていたんだ。
まだ若い、でも優秀ないろいろな能力を持った人間が女王陛下のすぐ側にいる訳を考えることを。
幼馴染のヒューズ大将。
まとめ役としても、戦力としても一番のハボック中将。
戦略家のブレタ中将。
知識力が抜群のファルマン大佐。
そして通信に関しては右に出るものがいないフュリー准佐。
なぜこれほどの人たちが女王陛下の周りに必要なのか。
考えればすぐに分かることだったのに、オレはその考えることも忘れてしまっていた。
「そういやあ、エルリックがここに来てからもう数ヵ月経つんだよなあ……」
なぜかいつもの光景になってしまった近衛軍の上官たちに混じってオレはいた。
そしてそんな中、ヒューズ大将が言った。
「はい。そうですけど……」
何が言いたいのか分からず、それでもこの場にいれば知らなかったことを知ることが出来るからいつも誘われれば参加していた。
そう、オレが近衛軍に慣れるよう、上官たちは気を使ってくれているのだ。
「なら、そろそろいい頃だろう。……どうせ知らないだろうしな」
「そうっすね」
ヒューズ大将の言葉に、ハボック中将が代表で同意した。
他の三人も頷いて答える。
それに疑問符を浮かべたオレに、大将は面と向かって言った。
「エルリック、おまえはどこまで陛下のことを知っている?」
そう聞かれて、ただ素直に答えるだけだった。
「どこまでって……大将たちが教えてくださったことくらいです。後は国で噂されているくらいですか」
それを聞いて、大将はふむと言って、驚くことを言った。
「じゃあ、陛下が女王に即位する数年前まで次代女王候補に名前すら挙がっていなかったのは?」
「……え?」
そう言われ、そんな反応しか出来なかった。
「それって……どういう…………」
「そのままの意味だ」
「でも、陛下は先代ブラッドレイ王のご長女でしょう?」
そう言って周りを見渡せば、みな嘘を言っているようではなかった。
「なぜですか……」
「まあ、簡単に言えばご生母の身分が先代のおきさきの中で一番低かったことだな」
……簡単に言うけれど、それはかなり影響することだと思った。
オレは身分は嫌いだけれど、近衛軍に入ってからは身分が高い出の人でも気さくに話しかけてくれ、身分を感じさせない人ばかりだったから頭から抜けていた。
けれど近衛軍が異例なだけで、普通は影響が少なからずある。
それが王族ともなればかなりのものだろう。
だから、大将の言われたことには納得がいく。
でもまだ疑問はあるわけで――。
「ではどうして陛下が即位されたのですか?」
そう聞けば、大将は苦笑しながら答えた。
「それはブラッドレイ前王が、陛下を指名したからだ。「次代女王はロイだ」ってな」
あ、ロイってのは陛下の名前だ。
「知っています………。しかし、なぜ先代はそう言われたのですか? 争いが起こりそうな気がしますが……」
そう言うと、みな苦虫を噛み潰したようななんともいえない表情をした。
「――――――ま、陛下が一番女王としてふさわしかったからだろうよ」
実際、他の異母妹君たちは陛下の足元にも及ばなかったしな。
その能力も、カリスマ性も。
そう言い切って、大将はコーヒーを飲んで一息つくと、これからが本番だと言うような表情をした。
そしてそれは周りの空気をいっぺんに変えた。
オレは居住まいを正すと、真っすぐに大将を見る。
それを確認して、大将は再び口を開いた。
「異母妹君たちの野心は陛下よりも――まあ、陛下がないだけなんだが――かなりあってな。先代の言葉を受け入れなかった」
そして、それがどんなことを引き起こしたか――おまえなら分かるだろう、エルリック。
「まさか……」
なぜそんな考えが出てくるのかが分からなかった。
女王陛下が女王陛下であるのは当たり前であると思っていた。
これ以上の人はいないだろうと思えるくらいに。
それなのに――――――。
「そのまさかだよ。……陛下は先代の次代女王発表があってから、異母妹君たちからの暗殺の危険にさらされ始めた」
ま、それは俺等が守り抜いたけれどな。
さらりと言われたが、余計にショックだった。
母親が違うとはいえ、血の繋がった妹たちから命を狙われたのだから……。
しかし、今は陛下が女王だ。
だから今は大丈夫なんだろう……一瞬そう思ったけれど、それなら大将たちがここまで真剣に話すわけがない。
せいぜい、あの時は大変だったという思い出話になるはずだ。
だから……
「まさか……今も…………」
「ああ、今もそのお命を狙われている」
「そんな!!!!」
あんまりなことに声を上げたオレをブレタ中将とファルマン大佐に背中を叩かれ、落ち着くように言われた。
それにはっとして、居住まいを正す。
それを見た大将に
「仕方がねえよ。知らなかったやつにはショックだろう。でもな、これが陛下の現実なんだ。……無事に即位されたとはいえ、まだ異母妹君たちは王宮にいるし、陛下が即位されたのでさえ、先代が亡くなられたから急遽、だ。完全に問題を片付けるまで終わらなかったんだよ」
「だからな、近衛軍に入ったエルリックにも分かっててほしいんだよ」
大将の言葉に続けて、ハボック中将が言った。
「まあ、若干不安はあるんだけどな……」
「不安、ですか?」
ヒューズ大将の言葉に首をかしげた。
「そりゃそうだろう?おまえ、近衛軍はおろか軍にすら入ったばかりなんだからな」
「そう、ですね……」
分かっていたことだけれど、言われると少なからずショックだ。
オレはまだ手柄を何も立てていない。
陛下の命にかかることだ、信用されていなくても仕方がないだろう。
だけれど、それならなぜ……。
「それならなぜ、オレに……?」
「うん?ああ、それは近衛軍所属としては知ってて当たり前だろう?」
さらりと大将に言われ、それもそうだなと思ったけれど、少し引っかかった。
そう思いながら大将を見ると、苦笑していた。
「???? ……あの……」
「いや、まあそれは建前だ」
おまえにも陛下を守ってもらいたいんだよ、俺等と同じようにな
「?近衛軍の人間は、陛下を守るためにいるのでしょう?」
大将のその言葉は少し変ではありませんか?
そう疑問を口にすれば、大将たちは全員違うと首を横に振った。
「おまえには俺等と同じように……陛下の最も近く――それこそプライベートなところでの守りに就いてもらいたいんだ」
……………………
「え、ええ――――――」
「おい、叫ぶな!」
大きな声で叫ぼうとしたオレをブレタ中将とファルマン大佐に横から口をふさがれた。
それで何とか声は漏れなかったけれど、衝撃はかなり大きい。
でも、なんで信用されてないなんていわれたか分かった。
あれは、女王陛下の側で守ることに対して言われた言葉だったんだ。
それを考えると、今度はそのことに関して疑問が出てくる。
なぜ、軍に入って間もないオレが、そんな大切な任務に指名されるのか。
それが顔に出ていたのか、大将は笑いながら言う。
「まあ、数ヶ月のおまえの能力と、陛下を尊敬する気持ちだな、一番の理由は」
「もちろんそれだけじゃねえよ。色々あるけれど、陛下がおまえを任命式のときのあの行動を許されたってのも一つの理由かな」
続けられたハボック中将の言葉にはガックリと来る。
未だに言われ続けていることだからだ。
だけど、大将の言葉には少し気分が浮上した。
能力――自分の力が少なからず認められたってことだからだ。
「それで、陛下にも許可を貰った。侍女頭は反対したが、陛下が許された。だからおまえもこれからは陛下の側で陛下を守ってもらう」
いいな。
そういわれた言葉に、オレはすばやく答えた。
「はい!」
それを聞いて、ハボック中将はニヤニヤしながら言った。
「ま、がんばんな。分かんねえことは教えるから」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ、それと侍女頭に認めてもらえるようにな。それが今んトコのおまえの課題だ」
「侍女頭って……あの金髪の……?」
「おう、よく知ってるな」
「…………練兵場で以前にらまれました」
ガックリと肩を落としてオレは言った。
あのときの睨みは相当怖かったのが思い起こされる。
しかもその後、近衛軍の兵士たちと互角――以上にやり合ってたのを見たとき、自分の命が心配になった……。
それを言うと、ここにいる全員に笑われた。
それはそれであんまりだろう……。
「まあ、リザちゃんは陛下一番だからな。陛下に最初から非礼があったものは今でも許していないから……」
ま、がんばんな。
そんな言葉を全員からかけられてしまった。
それだけで侍女頭がどれほど厳しい人かが想像がついてしまう。
まあ、女王陛下の元に集まる人間は、そう言う人が多いって聞くし……。
その言葉でオレは無理やり納得した。
それからは細かな話を聞いた後、休憩は終わりだとの大将の言葉にみな持ち場に散った。
ただオレはこれから大将に連れられて、陛下にお会いすることになった。
今日は一応の顔合わせといったところだから大丈夫だとは大将の弁。
顔合わせって言ったって、オレは一度陛下に会っているんだけど。
まあ、少し距離はあったけど。
そして陛下の元へ向かう途中。
ヒューズ大将はオレに顔を近づけて、真面目な顔でぼそりと言った。
「もし、陛下にもしものことがあって、それが近しい者にしか出来ない犯行だったら……一番におまえが疑われることを忘れるな。そして、おまえがお守りしているときに陛下にもしものことがあったら――たとえ陛下のお命が無事でも、おまえに命はな可能性のほうが高い」
たとえ、陛下が何を言われようとも。
それがみなの前で判断を話し合えば、陛下に認めてもらうことだって出来る。
その言葉は今まで聞いたことがないほど威圧感があった。
これが、近衛軍大将の地位にいる――女王陛下が最も信頼する人なんだと理解した。
それに震えた。
それでもオレは答える。
陛下をお守りするために。
陛下が安心して執務ができるように。
陛下の御世が、続くように。
何より、自分が陛下をお守りできる喜びのために。
「分かっています。決して、陛下を危険な目に合わせることはありませんし、それを私は許しません」
私の命に代えても
– CONTINUE –