偽りの事実
囚われた彼女を助けるために、彼女を支持する者たちが動いていることを彼女自身知っていた。
むしろそれが当然と、そんな風に考えてさえいた。
ラクス・クラインが牢を出るにはどうすればいいか。
アスラン・ザラはこちら側の人間であると認めさせればいい。
もしそれが出来ないならば、無理やりにでも『一緒にあるべきである』と、市民に思わせればいい。
ラクスとアスランは“対の遺伝子”を持っている。
これは出生率の低下が問題となっているプラントでは重要な意味を持つ。
たとえ、ラクスが囚われようとも。
支持者とはまた違った考えで、ラクスはアスランが助けてくれると考えていたが、出てくる言葉は同じだった。
優しいアスランならば。
そんな言葉が付随していた。
こんなことを考えるラクスは、“自身の罪”を――――チャスカ・ザラに指摘されたにもかかわらず、理解していなかった。
理解しようともしていなかった。
だからこそ、この日までラクスは支持者に依頼された弁護士――もちろんクライン派――に伝えられるまま、開放されることを今か今かと待ち続けていた。
当然そこに、アスランの意思は考えていない。
◇◆◇
「なんですって……」
差し入れに、と弁護士が戸惑った表情で差し出した新聞記事。
その一面に大きな文字で載っている記事に目を通し、ラクスはショックで言葉が出なかった。
ただ黙ったまま目を見開いて……そして穴が開くのではないかというほどに新聞を見て、記事を、そこに書かれている“事実”を――――いいや、ラクスが長年疑わなかった“事実”を否定する“こと”を理解しようとした。
けれどすぐには頭に入ってこない。
長年信じてきていたことが否定される。それはこんなにも受け入れられないことだったのかと、頭の隅で思いながら、それでもラクスは必死になった。
そうしてようやく内容だけを理解するに至り、出てきた言葉はかすれ、震えていた。
「どういうことです……」
「それは現在調査中です。しかし、このようなことをこのタイミングで出してくるとは……ラクス様にすべての罪を着せるつもりなのです」
ようやく反応を返したラクスが、その表情で『嘘だ』と言っている。それに自信を得た弁護人は、不満を吐露するように言い募る。
「これはおそらくザラ派の仕業です。そうに違いない。やつら、ラクス様を陥れるためにこんな嘘を市民に広めようとしているにちがいない!」
そして「ご安心ください」と続ける。
「我々はきっとこの嘘を証明して見せます。そしてザラ派が市民に対し行ったことを示し、ラクス様が正しく、ラクス様こそがプラント最高評議会議長にふさわしいことを証明して見せます」
ですからラクス様。ラクス様は心安らかにお待ちください。我々が必ずや、世界を正して見せましょう――ラクス様のなさったように。
最初の戸惑った表情はどこへ行ったのか。
明るく言いきった弁護人に、ラクスはただ頷いただけだった。
その意味を理解しないまま……ただ、自分の殻に閉じこもってしまったラクスにとっても、彼らにとっても更なるダメージしか与えないことを行うことを、許してしまった。
◇◆◇
最高評議会の発表により、“対の遺伝子”とされた現ザフト特務隊FATHアスラン・ザラ(21)とラクス・クライン元最高評議会議長(22)の間では、婚姻統制の定めた子をなせる“確率”がないことがわかった。発表は最高評議会とタッド・エルスマン医学博士(元最高評議会議員)、DNA解析の権威であるマーク・スミス博士の連名により行われた。評議会では何故“対の遺伝子”ではない二人が対の遺伝子として判定され、婚約に至ったのか、経緯を現在調査中である。
独房の中で改めて記事を読み、出てきた名前にラクスは絶望を覚えていた。
記事の中でDNA解析の権威とされた人物の名を、ラクスは知らなかった。しかし、タッド・エルスマンの名は良く知っている。
アスラン・ザラのアカデミーの同期であり、同僚であり、現在副官を示す黒の軍服をまとった人物の父。
元最高評議会議員であり、ザラ派であったものの戦時中に中立へ転換した人物。それでも戦後は責任を取らされ、議会を追われた人物が、医療界では絶大な信頼を得ていることをラクスは父に教えられて知っている。
医療界の票を取り込みたいのならば、彼なくしては無理だと言っていたのを覚えている。
軍事関連ではその過去から話を鵜呑みにする市民はいないだろう。
しかし、そんな過去があってもなお医療の分野では信じられている。
また、その点に関しては現在も研究を続け、プラントのため、コーディネーターのために奔走する彼の言葉は、市民に受け入れられている。
医療関連では、彼を疑うなんてことをする市民はいないだろう。
そしてDNA解析の権威は、そんな彼の論を本当に専門家の立場から証明したにすぎない。
どこにも隙はない。そう言っているとしかラクスには思えなかった。
事実、そうなのだがラクスは“真実”を受け入れることが出来ない。
(何故、このようなことを。このようなことをすれば、みなこれが“真実”だと思ってしまう!!!)
嘘なのに。
嘘をついて、わたくしを貶めようとしている!!
あくまでラクスは記事を“嘘”だとしていた。
何故そこまで信じられるのか――――渡された新聞が、クライン派にもザラ派にも属さない会社のものであること、その新聞社は決して政府の言いなりになって記事を掲載するところではないことを、ラクスは失念していた。
そしてクライン派の起こした『政府の発表は真実なのか。捏造ではないのか』と言う抗議に対し、政府はアスラン・ザラとラクス・クラインの遺伝子を第三者機関に改めて解析依頼を決定した。そのためには二人の了承が必要であるとやってきた政府関係者にの差し出した書類に、ラクスは深く考えることもなくサインをしてしまった。
こんなことで偽証をした場合、自分の名声は地に落ちるとタッド・エルスマン、マーク・スミスともに考えたことに思い至らないまま。
それを考えれば、決して“嘘”などではありえないことを理解しないまま。
何より、現在の最高評議会議員、そしてザフトで力を持つ者――イザーク・ジュール、エリザベス・ライトナー、アスラン・ザラ、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィ、ラスティ・マッケンジー……そしてチャスカ・ザラが、“ラクス・クラインを陥れるため”だけに彼らに偽証を強要する人物であるかどうか。そんなことを思いつきもしないまま。
そんな愚行を犯した。
(わたくしは……わたくしはアスランとの対の遺伝子を持つラクス・クラインですわ!!)
ラクスは何故このことが発表されたのかを知らなかった。
議会が、ザフトが何を考えてこれを発表したのかを知らないまま、ただ“嘘”だけは許せないと……“この嘘”だけは許せないと言う想いで、サインをしてしまった。
結果、プラントの第三者機関はもとより、地球の中立国においても問題となっていたコーディネーター出生率低下を解決しようとする機関までも使って解析し、
『アスラン・ザラとラクス・クラインに子供の出来る可能性は低い』
と言う結果が全ての機関から出てしまい、ただクライン派はラクス・クラインを解放するため“だけ”に、市民の信頼する評議会、博士たちに対して文句をつけたと言われ、批判されることとなる。
更に政府の調査の結果、アスランとラクスが“対の遺伝子”であると発表された原因が、シーゲル・クラインの指示であったことが、公にされる。
それを知った市民は怒り、悲しみ――――そして“クライン”への批判が高まる頃になってようやく、ラクスは“真実”を受け入れざるを得なくなっていた。
– END –