10. Necropolis
微妙なバランスで保っていた瓦礫が、たまに崩れる音がする。
風などの空気の流れのせいだろうか。
「あの……中佐?」
エドワードの後ろについていきながら、ロイは先ほどから戸惑った表情を隠さない。
以前であればどんなことが起こっても、表情の変化は望めなかったのに。
(変わったよなあ……)
しみじみと思いながらエドワードは振り返った。
「なに?」
「一体ここに何があるんですか?」
「まーまー。着いてからのお楽しみ」
何度目かの同じ会話。
飽きもせずに繰り返されるエドワードの言葉に、ロイは戸惑う以外の反応が出来なかった。
今、エドワードたちがいるのは何十年も前に見捨てられた街。
人口は結構あったとロイは聞き及んでいるが、捨てられた理由は知らない。
争いか、疫病か。
そんなところだろうと予想はするものの、何故か資料が残っていなくて事実がどうあったのか――――ロイの目の前を歩いているエドワードも知らないだろう。きっと。
けれどどうしてこんなところに来ているのか……無理やり引っ張られて来たロイとしては、ただ首を傾げるだけだ。
「ほら、ロイ。ここだ」
「え……?」
エドワードの背中だけを見て歩いていたので、急に立ち止まったエドワードに慌てて立ち止まり、エドワードの横から顔を出して前を見る。
「…………あの、ここ……」
「見て分かるだろう? 教会だよ」
「…………」
確かに見れば分かる。
壊れかけの建物の屋根には十字架が立っているのだから。
「分かりますけど。……そうじゃなくて、どうして教会に?」
わざわざ時間をかけて、忙しい中来る理由が見つけられない。
「言っただろ。見せたいものがあるんだって」
そう言われて司令部から連れ出されたのは確かで。
教会にあるものといえば予想がつかなくもない。
けれど……捨てられた街にある教会に、見るものはあるのだろうか。
そんなことを考えていたロイの思考は、エドワードに続いて教会内部に入った時に止まった。
「――――――――――――」
「すごいだろう?」
息をすることも忘れていたロイは、そんなエドワードの言葉にはっとした。
それほど、目の前に広がる教会内部の構造に意識を奪われていた。
外観はイーストシティなる教会と変わらないように思える。
けれど……内部はまったく違っていた。
「ロイってこういうのも好きだろ?」
「はい……」
好きです……けど……。
うまく言葉に出来ないようで、いつもならはっきり言うロイとは思えないくらいあいまいな言葉だ。
「結構昔に建てられたらしくってな。たまたま見つけた本に載ってたんだよ。……それ以外の文献には載ってなかったから、ロイは知らないだろうと思ってさ」
知ってたか?
ロイの表情から知らないことは明白なのに、それでもエドワードは聞いてくる。
「知りませんでした」
言いながらも、ロイはエドワードを置いてさらに奥へと歩いていく。
細かな細工。滅多に見ることの出来ないステンドグラス。
すべてが完全に調和していた。
見るものすべてを引き付けるほどに――――――。
「もういいのか?」
静かな時間を終えてエドワードの元へ戻ったロイにエドワードは尋ねた。
「はい、ありがとうございました」
つれてきていただいて。
頭を下げたロイに、手を振りながら笑う。
「いいって」
「でも……どうして急に?」
嬉しいですけど。
エドワードの忙しさを理解しているロイは、エドワードが無理に時間を作ってロイをここまで連れて来たことを知っている。
そのことを言ったロイに、エドワードは頬をかきながら……
「誕生日だから」
「……はっ?」
「え、今日ロイの誕生日だろ?」
違ったかと慌ててロイの顔を見るエドワード。
「……………………あ」
その様子にふと考えたロイは、十分な間のあと今更思い出したように声を上げる。
「忘れてたのか」
「…………はい」
恥ずかしそうな表情を浮かべるロイ。
しかし何年もそういうことに縁のない生活を送っていたのだから、仕方がないのかもしれない。
「まあ……ロイらしいからいいけど」
そう考えたエドワードは、肩をすくめた。
「じゃ、街に戻って食事にでも行こうか」
それとも観劇がいいか?
ロイの腕を引きながら歩き出したエドワードに、ロイは慌てる。
「え、あの!」
戸惑うロイにもエドワードは構うことはない。
「中尉には許可を取ったから気にするな」
先回りして言ったエドワードに、その計画的さを感じたロイ。
「……中佐」
「うん?」
「計画的ですね」
「中尉たちも喜んで協力してくれたからな」
舞台裏をばらされて、ロイは戸惑いつつ……嬉しさをかみ締めていた。
– END –
お題配布元:追憶の苑