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 セントラルより、イーストよりも東。
 その小さな村にある唯一小さな駅にオレ、エドワード・エルリックは降り立った。
 その姿はこの村ではそう見かけるものでもないであろう青い軍服だったからか、駅に着いた途端に数人の視線を感じる。
 まあ、小さな田舎のことだからそうそう不快なものではない。
 ただ珍しいものを見たという感情だからだ。きっと。
 これが、軍を嫌っているところだとこうはいかない。
 あからさまに嫌悪や恨みの感情をぶつけてくるからだ。
 
 
 まあ、それは良いとして。
 なぜそんな田舎に東方司令部の実質的司令官であるオレが一人で来たかと言えば、優秀な錬金術師をスカウトするためだった。
 
 
 噂はかなり前からまことしやかに囁かれていた。
 “四大元素の一つを操る錬金術師がいる”
 四大元素は全ての基本だ。
 それは錬金術においても変わらない。
 しかし、それを自由に操ることが出来るかどうかは別問題だ。
 全ての基本であるがゆえに、それら自身は実に奥が深い。
 それを完璧に操れる者を見たことは、長年錬金術師として過ごしてきてただの一度も無い。
 
 
 しかし、その噂はかなり広範囲に広がっていた。
 一般の、錬金術を理解していないものの間では話の一つの種として。
 そして錬金術師の間では………信じられないことだとして。
 
 
 そしてそれがあまりにも大きくなり、セントラルにいる大総統の知ることとなった。
 
 
 そしてすぐにオレに命令が下された。
 『優秀な錬金術師を国家錬金術師としてスカウトすること』
 それがオレの今回の任務だ。
 
 
 
 
「これ以上増やしてどうするんだ………」
 誰も聞いていないのは分かっているから、誰かいるときには決して言えないことも口に出来た。
「大総統も何を考えているんだか……」
 そこにあるのは大総統に対する疑問。
 確かに今は近隣諸国と良い関係を保っているとは決して言いがたい。
 いつ何時戦争が起こり、国家錬金術師が必要になるとも限らない。
 ………だが、だからと言って内戦の記憶も薄れる前に錬金術師が必要になるのか分からない。
 いつ戦争が起こるか分からないが、だからと言ってこんなことをしていて民間人が良い顔をするとは思えない。
 
 
「まあ、軍事国家だから…………言いたいことも言えないかもな」
 本当に言いたいことは口には出さずにそう呟く。
 そして副官が持ってきた、これからスカウトしに行かなければならない錬金術師の資料に目を通す。
 
 
 
「ロイ・マスタング………」
 
 
 
 しかし、資料といってもこの錬金術師について書かれていることはかなり少ない。
 まあ、一人の一般人のことを書いただけだからそんなもんかもしれない。
 しかし、この資料だけではどうしてあれだけ噂になったのかが分からない。
 噂になるにはそれだけ何か功績なり業績なりを立てていると思ったからだ。
 だがこの資料にはそんなことは一つも載っていない。
 名前と性別、住んでいるところ………他はそう重要ではないものばかりだ。
「わかんねえな………」
 どうしてオレのところにこれが回ってきたんだ?
 こんなところに来れるほど暇じゃねえんだけど………。
 司令部に残してきた部下たちは、オレがいない間のフォローに忙しいだろう。
 オレが帰るのに時間がかかったら、その部下たちは残業を強いられるかもしれない。
「それはさすがになあ」
 どの道オレだって司令部に戻れば仕事が待っているんだ。
 出来ることなら残業なんてしたくない。
 
「それにはさっさと済ませろってコトか………」
 
 改めてそう思うと、村はずれの丘の上に建つ目的の人物が住む家へと向かった。
 
 
 
「変な男じゃなきゃいいけど………」
 
 
 
 
 
 
 
 丘へ続く道を登って行くと、遠目にも一軒のこじんまりとした家が建っているのが確認できた。
 その家の前で一人の………少女だろうか、それほど年は取っていないだろう女の子がいる。
 
 
「ロイ・マスタングは一人暮らしだったはずだけど………」
 
 
 確かに資料にはそう書かれていた。
 また、そいつの家の周りには他に家はないということも。
 周囲との交流を避けているような、嫌っているようなその状況に、気難しそうな…もしくは変わった人間との印象を受けてしまう。
 しかし、その男の家の前には少女がいる。
 村の少女だろう………何か手伝いに来るなりしているのだろうか?
 それならば、彼女を通して会うことも可能だろう。
 そう考えるとオレは改めて歩を進めた。
 
 
 近くまで行くと、その少女は顔を上げてオレを見た。
 
 
「ここにロイ・マスタングが住んでいると聞いたんだが、呼んで貰えないか?」
 
 
 そう言えば、少女は表情をまったく変えずオレを見つめた。
 ただ…………なんか呆れていると言うか、怪訝な様子に感じるんだけど………。
「だからロイ・マスタングを………」
「ロイ・マスタングは私の名前です」
 もう一度オレが言おうとした言葉を遮って、その少女はそう言った。
 
 
 …………………………
 
 
「はっ?」
 やっと、少女の言った言葉が頭の中に入ってきて、でもそれは考えていなかった内容だったためにそんな情けない声になってしまった。
 そんなオレを少女―――ロイ・マスタングは表情をまったく変えずに、でも雰囲気は何を言っているんだと言っていた。
「だ、だが資料には男だって………」
 そう言って手に持った資料を改めて確認する。
「間違っているだけじゃないですか? 私の名前は普通、男性につける名前ですから」
 オレの言葉をスパッと切った。
「…………誰だよこんな大事なこと間違えたの
 ボソッと呟いたオレを、実はオレの目的の人物だった女―――というか少女であるロイ・マスタングは作業の手を止めて見た。
「それで、軍人さんが私に何の用でしょう?」
 何か軍にお世話にならなければいけないことをしましたか?
 何だか少しとげが無くもないような気がしたが、それを無視してオレは当初の目的を果たすべく少女に話し始めた。
 
 
 少女と言うことで、少し―――というか大いに気が乗らないけれど。
 未成年に、国家錬金術師にならないかと―――人殺しにならないかと言うのだから。
 
 
 
「オレがここへ君に会いに来たのは……君を国家錬金術師にスカウトするためだ」
 
 
 
 間が空いた。
 まあ、これは今までのスカウトでも同じようなことが何度かあったから今更驚かないし、そう言うもんだと思っていた。
 だが今までと違うのは、少女が先ほどと同じように表情を変えなかった点だ。
 今までのヤツは目を丸くするなり驚いた表情をするなり、さまざまな反応を返してきた。
 しかしこの少女は今までの中で一番若いにもかかわらず、まったく反応を返してこない。
 
 ――――――――――――
 
 そしてたっぷりの間のあと、少女はやっと口を開いた。
 
 
「こちらへどうぞ………詳しいお話を聞くにはここはあまり良くないようですから」
 そう言って、オレを家の中へと案内した。
 
「おい、良いのか? オレを家の中に案内して」
「構いませんよ。住んでいるのは私一人で、このあたりに他に住んでいる人はいませんから。………調べられていたのではないのですか?」
 だからだよ。
 そうだから、成人した男が少女の独り暮らしの家に入っていいのかと聞いたんだ。
 何かあるわけではないけれど、だからと言って少女が大丈夫だとは判断すべきではない。
 ――――はずなんだけれど、構わずオレを中へと導く。
 あまりにも無防備なそれに頭が痛くなる。
 これがオレじゃなかったらどうなっていたのか。
 なんせ、少女だったロイ・マスタングはかなりの美少女だったから。
 それこそ人の多い、金持ちが他よりも多いセントラルにもここまでの子などいないだろうくらいに。
 身なりに金を使う女たちでも、自分の容姿に自信を持つ女でもこの少女には敵わないだろうな………と思えるくらいに。
 
 
 
「国家錬金術師になれば莫大な金額の研究費と、軍では少佐相当の地位、その他にも様々な特権が与えられる」
 質素な、それでも家主が少女だと分かるような内装の家に通され、紅茶を出されたがそれには手をつけずに少女が向かいの席に座ったのを確認して話し始めた。
 それを少女は静かに聞いている。
 口は決して挟まず、表情も一つも変えずに。
 何も言われないことは話しやすいが、反応が返ってこないのは話しにくい。
 そんなことを思いながらも顔には出さずに続ける。
「ただし、軍に忠誠を誓い、有事の際は真っ先に徴収されることになる。何より、錬金術よ大衆のためにあれと言われているが、それを国家のために使うことになる。だから国家錬金術師は―――」
「軍の狗と言われる」
「―――そうだ。他にもある。……テロリストに狙われやすい点だ」
「……ですが、それは軍人であっても変わらないでしょう?」
「まあ、そうだけどな………」
 正直、少女がこの話に乗り気なのに戸惑っている。
 本人がはっきり言ったわけではないが、そんな雰囲気を言葉の端々に読み取れてしまう。
 どれが少女の気に入る、欲しいものだったのか。
 ここにいる限り、そう不自由はない様に思える。
 命の危険も殆ど無いだろう。
 何より、噂になるほどの錬金術の持ち主だ。
 確認はしていないが、かなり出来る雰囲気が感じられる。
 それに少し戸惑いつつも興味を持った。
 何がそうさせるのか…………。
 
 
 
「じゃあ、この話を受けるんだな?」
「はい」
 少女が出した結論は、最初に予想した結果とはまったく違っていた。
 
 
 
「それじゃあ、一旦東方司令部へ来てくれ。それからセントラルへ行き、国家錬金術師の試験を受けてもらうことになる」
 そう言えば、最初にそのことを言ってなかったなと思ったが、仕方がないと思ってそのままにする。
「分かりました」
 そう頷いた少女を見ながら、そう言えばこの少女の収入源はあるのかと疑問に思った。
 こんな小さな村で、しかも集落とは離れている。
 交通費は大丈夫なのかと今更のように心配になってしまった。
「あー交通費は……東方司令部に来てから払うっていうので大丈夫か?」
「………払ってもらえるんですか?」
 声に驚きを乗せて言われた。
「ああ、こっちがスカウトして試験を受けてもらうんだ。セントラルまでの往復の交通費、滞在費はこちらが持つ」
「そうなんですか………はい、後で構いませんよ」
「そうか………それじゃあ、今度は東方司令部でな」
「はい」
 そう言って、オレは少女の家から出た。
 と、数歩歩き出したところで言い忘れていたことを思い出して振り返った。
 そこにはまだ少女が立っていて、まだあるのかという表情をした。
 
「オレの名前はエドワード・エルリック。東方司令部所属の中佐で―――」
 
 
 鋼の錬金術師だ。
 
 
 先の内戦での英雄の名前を言っても少女はやはり表情を変えず………そして今までオレの名を聞いたやつらのように怯えることも嫌悪することもなくて、オレはほっとしながら続けた。
 
 
「よろしくな」
 
 
「はい。よろしくお願いします」
 
 
 そう言って、少女―――ロイはペコリと頭を下げた。
 それを見た後、オレは再び背を向けた。
 ロイが顔を上げた気配を感じてその状態のまま片手を上げて手を振る。
 
 
 
 
 
 これが、オレとロイの出会いだった。

– CONTINUE –

2019年4月14日

Posted by 五嶋藤子