2. 26:噂

「あ~平和だな~」
「オレに喧嘩を売ってるのか? ハボック」
「いえいえ、滅相もない。……ただここのところ騒ぎが起きてなくて良かった……ってだけっすよ」
 ぷか~っと、タバコの煙を吐き出して、ハボックは机の上に大量の書類が積みあがった中、それらを捌いている上司を見ながら言った。
「オレの一日不在で溜まった書類を片付けられるから、か?」
「そうっス」
「…………好きで行ったんじゃないんだぞ」
 俺の言葉に中佐は反論したけれど、それに対して言い返せない程俺の持ってる情報が少ないわけじゃない。
「でも、戻ってきた時の中佐、嬉しそうでしたよ?」
 周りは皆言ってますよ、いい人材を見つけることが出来たんじゃないかって。
 きっと中佐はそいつをこき使うことが出来ると踏んでんじゃないかってのもありましたね。
 そう言って中佐を見れば、複雑な表情をしていた。
「………どうかしたんっすか?」
「いや………なんでもねえケド」
「そうっすかー?」
 タバコをくわえなおしつつそう聞けば、またいつもの表情に戻っていた。
 こんな風に表情を元に戻すのが早いと何も言えなくなるし、色んなことを気付きにくくさせる。
 あまり歓迎しないんだが、中佐程の若さで国家錬金術師の資格とこの地位じゃ、仕方がないことかもしれない。
 
 
 
 
「で、ホントのところはどうだったんですか?」
「何がだ」
 そろそろ終わりが見えてきた頃になって、改めて聞く。
 中佐の頭の回転の速さであれば、俺の聞きたいことなんて分かっているだろうに、そんな風にとぼける。
「この間スカウトに行った国家錬金術師候補ですよ。………どんなヤツだったんですか?」
 結構すごいってのは噂で聞きましたけどね。
 実際のところ、俺錬金術わかんないんでどうだったのかな~と。
 頭をかきつつ聞けば、最後の書類にサインをし終わった中佐はため息を一つこぼして言った。
「どうって言ってもな………直接会ったほうがよく分かるだろ」
「そりゃそうでしょうけどね………。見た感じですよ」
「見た感じ……ねえ…………」
 どう、と言われてもなあ………。
 珍しく中佐は歯切れが悪い。
 なんと言えばいいのかわからない、と言うよりも…………。
「何隠してるんっすか」
 そう、何か隠している。
 結構いいところを突いていたようで、中佐は苦笑いをした。
 もちろんそれだけでごまかされてなんてやらない。
 なおも逃がさないぞと思って中佐を見ていたら、中佐からはただ、会えば分かる、とそれだけしか言わなかった。
 ここまで来ると、もう中佐は何が何でも話さないのは経験上分かっている。
 伊達に何年も中佐の部下をしているわけじゃない。
 仕方なく諦めて、その国家錬金術師候補に会える日を楽しみに待つことにした。
 それほど待つこともないだろうと、中佐の言葉から推測しながら。
 
 
 
 
 
「エルリック中佐」
 それから少しして、所用で出ていたホークアイ中尉が戻ってきた。
 ただ、珍しく中佐の名前を呼びながら入ってきたな~と不思議に思いながらもう一人の上司に眼をやると、これまた珍しく………というより初めて彼女の戸惑った表情を見た。
 それは中佐も同じだったようで、怪訝な表情をしていた。
 
「どうかしたのか?」
 
 そう問えば、中尉は一瞬詰まった後、ようやく用件を伝えた。
 
「中佐にお客様です」
 
 …………客?
 また中央のお偉いさんが激励に来たのか?
 と一瞬思ったけれど、それなら中尉があんな表情をするはずがない。
 あれはどちらかと言うと、思っても見なかった人間、もしくは考えもしなかった人間が来たと言う感じだ。
 …………そんな人間、いるのか?
 
 
 少し考えてはいたけれど、中佐には心当たりがあったのか、ここへ通すように言った。
 …………名前を聞かずにいいのだろうかと思ったけれど、中尉にとっても思いがけないことだったようで言うのを忘れている。
 それならば仕方がないだろうと思って、もうすぐ客が来るからここにだらだらいるわけにもいかないと、少し書類を整理して、中佐のサインが書かれたものだけを手にとって執務室を出た。
 すると、ちょうど中尉が戻ってくるところだった。
 折角だから中尉が予想していなかった中佐の客の顔を見ようと、横に避けながら中尉の後ろを見ると…………
 
 思いっきり眼が点になった。
 
 それは部屋にいた他のやつも同じだったようで、皆固まっていて少しも動かない。
 ただ、視線だけを中尉の後ろにいる少女―――そう、まだ十代半ばほどの少女を追っている。
 それに気付いているのかいないのか分からないけれど、少女は臆することなく中佐の執務室に入っていった。
 ただ、真っ直ぐ前だけを見て。
 それはどこか中佐に通じるものがあった。
 俺らはそれをただ見ているだけだった。
 
 
 それからすぐに中尉が部屋から出てくるまで、俺らは動くことも会話をすることも出来なくて。
 ようやく中尉が出て来て、ようやく動くことが出来た。
 そうなるともう止められずに、中尉にどういうことかと聞かずにはいられなかった。
「あの子は誰なんですか、中尉」
 こういう時、尋ねるのは大体俺の役目だ。
 すると中尉はさっきと同じように戸惑った表情のまま、
 
 
「彼女は……この前中佐がスカウトに行った国家錬金術師候補よ」
 
 
 そう言ったんだ。
 
 ……………………
 
「「「「はっ?」」」」
 情けない声しか俺らからは出なかったけれど、それは仕方がないことだと思う。
 誰一人として―――ホークアイ中尉自身ですら言うことになるとは思わなかっただろう―――予想していなかった答え。
 それがあのホークアイ中尉の口から発せられたんだから…………。
 誰もそれが本当のことだとは思っちゃいなかった。
 それでも中尉は戸惑ったまま、「本当のことよ」と続けた。
「まじっスか?」
「ええ、ちゃんとロイ・マスタングだと名乗ったし、中佐も「久しぶり」と言っていたわ」
 
 ロイ・マスタング
 
 その名前は、俺らエルリック中佐の直属の部下なら知らないわけがない名前。
 国家錬金術師候補をスカウトしに行けという上からの書類を中佐に渡したのは中尉だし、そのために仕事が滞るから迷惑だとここにいる皆で話していた。
 その時その国家錬金術師候補の名前は中尉に聞いていた。
 何でこんなときにと文句たらたらで、さらに中央から聞こえてきた噂がそれに拍車をかけた。
 
 
 それは、何度となくお偉いさんが―――国家錬金術師がスカウトに行ったけれど、そのたびに追い返されていると言うもの。
 
 
 それならもう諦めろと思ったが、上は何が何でもそいつを国家錬金術師にしたいようで、ついにエルリック中佐にその話が舞い込んできたらしい。
 中佐だから大丈夫だとは思わなかった。
 それは中佐がだめなんじゃない、そこまで断っているんなら誰が行こうと同じだと思ったからだ。
 ただ、噂について中佐には話さなかった。
 ただでさえ若くして中佐の地位、しかも国家錬金術師なんてやってるんだ、上からの嫌がらせは相当多い。
 そして、中佐は面倒くさがりだ。
 そんな噂を聞けば、断るのは目に見えている。
 そうなれば上からの嫌がらせの理由を与えてしまう。
 ただでさえ多忙な中佐を、さらに忙しくなんてさせられるか。
 そんな意見の一致で俺らはその国家錬金術師候補を迷惑がりながらも何もすることが出来なかった。
 
 
 ただ、そこまで軍が手に入れたい錬金術師なら相当強い―――どの分野でも俺らじゃ相手にならないんだと思っていた。
 それが…………
 
 
「女の子かよ…………」
「驚いたな」
「驚きましたね」
「びっくりですよ」
「…………中佐は、何を考えているのかしらね」
 
 
 実際のロイ・マスタングを見た感想は皆似たようなものだった。
 中尉は少し違ったけれど。
 どういうことかと見れば中尉はなぜか少し怒っているようだった。
「あの子はどう見てもまだ成人になっていないわ」
「どう見てもそうでしょうね」
 俺が答えたのに残りも頷く。
「それなのに中佐はあの子を国家錬金術師にしようとしているのよ」
 
 
 戦争に一番最初に駆り出される――――――軍の狗に。
 
 
 その言葉に俺らは凍りついた。
 未だに安定しない外交問題…………そして内部では民族紛争。
 いつ戦争が再び起こってもおかしくない現状を思うと、あれほど民間人を―――特に若者、女子供を巻き込んでしまう戦争を嫌っている中佐が、女の子を軍の狗にするために動いているのが信じられない。
「何考えてるんですかね………中佐は」
「分からないわ…………ただ……」
「ただ?」
「あの子は自分の意思で国家錬金術師になることを決めているのは間違いないわ。…………あの目は言いくるめられてここへ来た目じゃないし、何より中佐がそんなことをするはずがないわ」
 きっぱりと言い切った中尉に、ああ、やっぱり中佐の副官はこの人だと改めて思った。
 それほどまでに中佐を信じている。
 そして、俺らも中佐を信じなければいけないと改めて思った。
 
 
 
 ただ、気になることが一つ。
 ロイ・マスタングの調査書の性別欄は男となっていたはず…………。

– CONTINUE –

2019年4月14日

Posted by 五嶋藤子