Happy Ending
ようやくセフィーロから旗艦NSXが戻ってきた。
もちろん搭乗員も――――最高司令官のイーグルを除いて。
そのことを知ったときの親友の表情を、私は忘れることが出来ない。
「クローディア……」
「大丈夫よ……リーラ」
そう言った彼女の泣きそうな表情の、どこが大丈夫なのか。
◇◆◇
「ジェオ」
「おう、リーラ」
久しぶり。
ようやく軍の廊下でジェオと顔を合わせることが出来た。
――――さすがにここがどこだか分かっているのか、いつもなら抱きついてくるジェオが片手を上げて挨拶だけする。それでも嬉しそうだというのは表情から見て取れる。……それはオートザムに戻ってくることが出来たからか、それとも私と会えたからか。それは分からないけれど、後者であれば良いと思う辺り私も相当いっている。
「本当に久しぶり。――――――無事に戻ってきてくれてよかった」
「ああ……」
周りには何人かの軍人がいる。それでも私達の関係を知っているから視線を向けはするものの、何も言わずに通り過ぎてくれる。
そんな様子が視界の中に入ってくる。まあ、これはジェオたちがセフィーロに行く以前からのことだから、気にすることもない。
そんなことより今はジェオに聞きたいことがある。
聞かなければいけないことが――――――。
「ジェオ、時間はある?」
そう聞けば、浮かべていた笑みを引っ込め、ジェオは真剣な表情になる。私がそう言うことが分かっていたかのように……。
「今すぐは無理だな。……今日仕事が終わってからなら」
「定時?」
「ああ」
「そう。私も定時で上がるから、いつもの場所で会いましょう」
「分かった」
そう言えば、私もジェオも呼ばれて別方向に歩き出す。
けれど数歩歩いたところでジェオが私を呼んだ。
「リーラ」
「? 何?」
振り返って言えば、ジェオは複雑な表情をしながら言った。
「ごめんな」
「…………」
初めは何のことか分からなかった。
けれどすぐに何のことを言っているのか分かった。分かったからこそ私はキッパリと言う。
「それは私に言うことじゃないわよ、ジェオ」
「…………そうだな」
そう、納得したように頷くと今度こそジェオは背を向けて歩き出した。
「遅くなった」
いつもの場所で、いつもの飲み物を飲みながら待っていると慌てた様子でジェオが駆け込んできた。
「そんなに慌てなくても……」
「……もう定時から大分過ぎてるだろ」
「そうだけど、別に遅れたからってどうってことはないのに」
「いや、まあそうだけどな……」
頭をかきながら私の隣に座ったジェオ。片手に持ったカップの中身を飲む。それを見ながら私は本題に入るタイミングを探していた。
「で、なんとなく分かるけど、用件は何だ?」
回りくどいことは苦手なジェオのことだから、こう来るだろうなとは思っていた。
実際にその通りになって、ありがたいと言えばありがたい。
私も回りくどいことは苦手だもの……。
「イーグルのことよ」
私が言えば、ジェオはため息をついた。
「どうして彼を連れて帰ってこなかったの?」
私も軍人とはいえ、情報はなかなか入ってこない。それは私の立場がそれだけの情報を仕入れることが出来ないと言うことがひとつ。そして何よりNSXの受けた指令が……機密事項に触れる部分が多々あったこと。それは搭乗員にも及んでいるから私にはどうしようもなかった。
それでも知らなきゃいけないことがあって。
私がジェオに聞こうとしていることを、一番知りたいと思っている人物は軍に簡単に出入りできる立場にはない。
だから私が代わりに聞かなきゃいけない。
何より、私だってイーグルの幼馴染なんだから。
私の真剣な表情に、ジェオは何を思ったのだろう。
私が誰のためにこんなことを言っているのかは理解しているはず。
そして、その誰か――――私の親友であるクローディアが今どんな思いでいるのかも……。
「そのうち発表されると思うけどな」
そう前置きをしてジェオは話し出す。
イーグルの病気の詳しい部分。
そのために永遠に覚めない眠りにつくはずだったこと。
けれど、セフィーロの魔法騎士達のおかげで失いそうになった命を助けられたこと。
それでも眠ってしまっているけれど……でもそれは『永遠』ではないと言うこと。いつか病気が治ったときにまた目を覚ますだろうということ。
「でもそれじゃあオートザムに戻らなかった理由にはならないわ」
「ここじゃあ何でも精神をエネルギーに変えている。それじゃあイーグルの病気は完治しないだろ」
セフィーロの自然の中で……ゆっくりした時間の中で療養させることが、今は一番だと思う。
そう言ったジェオの表情は希望に満ちていた。
それが何よりのイーグルのためだと言っていた。
そりゃあね、セフィーロの様子はイーグルから聞いていた。
その自然の豊かさ、美しさ。
それが人ひとりの力で保たれていると言う現実にはなんとなく怖くなったけれど。
オートザムとは違う、何の不安もなく幸せに生きることが出来る場所。
イーグルはセフィーロに行ってみたいとクローディアに話したと聞いた。それが現実になったとき、イーグルの願いが叶ったことを喜ぶよりも先にクローディアはその後のことを心配していた。
「クローディアは、イーグルの病気を知らなかったのよ」
ぽつりと私は呟く。
「それを知ったのはジェオたちが帰ってきてから。その間、毎日クローディアはイーグルが無事に帰ってくることを祈っていたわ。けど、帰ってきたNSXにイーグルは乗っていなかった……その時のクローディアの表情、初めて見たわ。きっとイーグルも見た事ないでしょうね。どんな理由であれ、クローディアにとってはイーグルが帰ってこなかったことに傷付いている」
「それが、イーグルのためでもか?」
「何も知らされていないでしょう? なぜ、イーグルが帰ってこなかったのか。ただ、療養とだけ……。療養はオートザムでも出来ると、そう考えてしまっても仕方がないでしょう?」
「…………クローディアは何て?」
ジェオの質問に私は首を振った。
「何も」
「――――何も?」
「何も言わない。悲しいとも、寂しいとも。……心配だとも。何も言ってくれないから心配なのよ」
言いながら、私は俯いてしまう。自分でも、ああ、クローディアに何も言ってもらえないことが悲しいんだなと思った。それはジェオにも分かったみたいだった。大きな手で私の頭に手をのせた。慰めてくれてるんだろう。ジェオは、こんな人だから……。
「私がクローディアの立場だったら……そう考えると何も言えなくなっちゃった。クローディアの気持ちを考えると……今の状況には納得がいかない」
「確かに、クローディアの立場だったらな……」
納得したような表情でジェオはそんな風に言った。
「もう少し、クローディアには待ってもらうことになるけど……そんなに長い間じゃない」
今はまだ……。
ジェオがイーグルのことを話したのは、私が軍人だからだろう。
けれどクローディアは軍人じゃない。
きっとそこが一番の障害。
なにかと問題があるのは分かっていた。
今の私にはどうしようもないことが悔しい。
けれど、私はそれを望んでしまった。こんな立場でいることをよしとしてしまった……。
「いつ、イーグルが帰ってこれるかどうかは分からない。けど、必ず帰ってくる。――――クローディアが待っているんだからな」
「――――そうでなければ私はイーグルを怨むわよ」
ジェオの顔をまっすぐ見ながら、私は言い切った。
まだ、クローディアの笑顔は見れない。そんな立場に私たちは立っているから。
それでもいつか……いつかイーグルは帰ってくる。そうすればクローディアの笑顔が見れるだろう。
――――と、その時の私は思っていた。
まさかその前にあんな行動をクローディアがとるなんて思ってもみなかった。
けれど、そのほうがクローディアらしいと思った。
– END –
タイトル:Cocco「Happy Ending」