暖かな日に

「あれ……?」


 陰陽寮から帰ってきた昌浩は、久しぶりに見るその姿に小さく声を漏らした。


「浩子……来てたんだ」
 小さく、邪魔をしないように従妹の名前を呼んだ。
 すると名前を呼ばれたのが聞こえたのだろう、浩子と呼ばれた少女はゆっくり振り返り、にっこりと微笑んだ。
「昌浩兄様……お帰りなさい」
「ただいま」
 浩子は昌浩を「兄様」と呼ぶ。
 初めて昌浩を「兄」と呼んだのが浩子だった。
 そんな浩子が昌浩は好きだ。


 ――――――もちろん従妹としてだけれど。


 まあ、昌浩が可愛がらなくとも、周りの親類縁者が放っておかないだろうけれど。


 そんな浩子の側に腰を下ろし、改めて彼女を見る。
 …………正確にはその横を。
 昌浩の視線に気付いたのだろう、浩子は首をかしげながら聞いた。
「昌浩兄様?」
「浩子…………どうしたの」


 それ。


 と言っていいものかは不明だ。
 しかしそう言いたい昌浩の心境も分からないではない。


 浩子の左右には玄武と太陰が浩子に寄りかかって眠っていたのだから。
 しかも、かなり気持ち良さそうに。


「…………」
「昌浩兄様?」
 再度、浩子は昌浩を呼ぶ。
 それでも無言の昌浩の考えていることがようやく分かったのか、浩子は苦笑しながら言う。
「気付いたら、二人ともこうで……」
 少し困ったように見えるけれど、昌浩には決して浩子が困っているわけではないように思えた。

 昔からそうだった。

 浩子は玄武や太陰のすることに、怒ることも、困ったような表情をすることもなかった。
 実年齢はともかく外見年齢は幼い神将二人を、浩子が大好きなことを昌浩は知っている。
 そんな浩子だから、安倍本邸に来たときはほとんど二人と一緒だったようだ。


 …………「ようだ」というのは昌浩が見鬼を封じられていてそのことを知らなかったからである。
 ちなみに浩子は見鬼の才は昌浩ほどではないにしても、安倍一族の中では強い。
 でなければ、この状況はありえないのだから当然だ。


「――――玄武と太陰って、浩子がいるとこうだよね」
 一応、昌浩の傍らには物の怪がいるのだが……それでもいつもとは違って太陰は逃げるどころか目を覚まさない。
 玄武も――――――外見どおり、幼い表情で眠っている。
 面白いものを見たような、それでも今ここで二人が目を覚ましたらどうなるんだろうとすこし怖い興味を抱きながら、昌浩は


「まあ、浩子がいいなら良いけど」


 その言葉に、浩子はにっこりと笑顔を見せた。


「もちろん」


 その言葉に、傍らで聞いていた物の怪もまあいいかと思ってしまう。
 穏形している六合もまたしかり。




 三人が内心でため息をついていることなど知らない玄武と太陰は、静かに寝息を立てていた。

– END –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子