残児の偲
「どうしてですか!!??」
玉虚宮の天井の高い廊下に私――斐蘭零の声が響いた。
「なぜ、楊ゼン師兄に会えないんですか!!??」
私に背を向け、廊下を歩く太公望師叔の背中に向かって叫ぶ。
最初は普通の大きさの声で理由を聞いていたんだけど、師叔は絶対に答えようとはしなかった。
「私は師兄の……!!!!」
「分かっておる」
「――――――――――――」
静かな声で反応が返されて、その静かさ、冷静さに驚いて口をつぐんだ。
師叔は、冷静に見えて声がとても悲しそうだった。
「おぬしが玉鼎の弟子で楊ゼンの妹弟子だということは良く分かっておる。だから楊ゼンの身を案じているのも……」
「では……」
「それでも……今は会わせることはできぬ……」
「…………それで納得できるわけがないでしょう?」
師匠が殺され、兄弟子が重症。
「私の目で確認できないなんて、納得できません!!」
いつの間にか終わっていた。
師匠が師兄を助けに行って、その間に待ってるように言われ……その通りに待っていたら師匠は帰って来なかった。
帰ってきたのは楊ゼン師兄だけで……しかも重症だなんて。
あの楊ゼン師兄が…………尊敬してやまない彼が――――――。
それでもまだいい。
帰って来てくれたから。
でも――――――師匠は?
「師匠の姿をもう見ることが出来ないんです。楊ゼン師兄は大丈夫だと、師叔の言ったことが嘘だと思っているわけではありません」
そこで私は言葉を切った。
私たちの様子を伺うように、周りには人が集まりだしている。
主に上層部…………つまり、師叔よりの人たちが。
きっと、もうすぐ止められるだろう。
そんなことを冷静に思いながら、再び口を開く。
「でも…………自分自身で確認しなければ――――――――――――不安なんです」
師兄がどこかに行ってしまいそうで……。不安なんです。
「もう、気付いたら誰かいなくなってしまうなんて……そんなこと、もう経験したくないんです」
――――――だから……
「だめだ」
私の言葉に師叔が返した言葉は同じだった。
「っ…………」
その言葉に、足から力が抜けた。
そのままその場に座り込んでしまう。
「蘭零…………」
そんな私の側に碧雲と赤雲が駆け寄ってくる。
「……大丈夫……?」
そう声をかけてくれるけれど……私は答えない。
答えずに――――――無意識に呟いていた。
「どうして…………私はただ――――――」
それ以上は言葉は続かなかった。
続けられなかった。
それ以上は、今言うことではないだろうから。
こんなところで、そんな意識が働くなんて思わなかったけれど……。
そんな私に、誰も声をかけることはなかった。
結局、師叔たちは敵地に向かっていった。
どういう結末が待っているか分からないところへ――――――
「師兄!!!」
全てが終わった後、ようやく私は楊ゼン師兄に会うことが出来た。
でもその時には崑崙十二仙のほとんどが封神されていて……私や師兄のような境遇の道士は増えた。
それだけでなく、この戦いでは多くの道士も死んだ。
それは崑崙、金鰲双方とも……。
「蘭零」
もう大丈夫だろうと思って名前を呼びながら駆け寄ってきた私に、師兄はいつもの笑みを浮かべて名前を呼んでくれた。
私は師兄が私の名前を呼んでくれる声が好きだ。
その声をまた聞くことが出来てよかったと思う。
「無事でよかった……蘭零」
「それはこっちの台詞です」
ほっとしたように言う師兄に、私は少し膨れながら言う。
すると師兄はその言葉に表情を暗くした。
「師兄?」
どうしたんですかと問えば、そのままの表情で――――――
「ごめん」
「――――――え?」
師兄の言葉に一瞬、何を言われたか分からなくて。
ようやく理解したときにはなぜ師兄が私に謝るんだと疑問に思った。
「師兄?」
何で謝るんですか?
そう聞けば、師兄は辛そうに答えた。
「師匠が封神された原因は僕にあるから…………」
「――――――――――――どうして?」
私の言葉を師兄はどうとったか分からない。
けれど、次の言葉に師兄ははっと顔を上げ、私を見た。
「師兄のせいじゃありません。――――――師兄が悪いわけじゃない……」
「蘭零……」
「悪いのは……師匠に手を下した奴。師兄は崑崙に戻ることが難しかったんだから、師兄に責任があるわけじゃない」
だから、師兄は自分を責めなくて良いんです。
むしろ責めないで下さい……。
「私は師兄が無事で嬉しいんですよ……だから、自分のせいだなんて思わないで下さい」
そう言えば、師兄は困ったように……それでも微かに笑ってくれた。
『ありがとう』
そんな言葉を私に向けながら――――――。
– END –