いつものこと
「マネージャー!」
「何ですかー!?」
晴れた日。
男テニのコートから私を呼ぶ声が上がった。
呼んだのは副部長の大石先輩。
呼ばれたのはマネージャーの私、近衛彰子。
「救急箱を持ってきてくれ!!」
「はい!!」
理由は単純。けが人発生。
運動部で、しかも全国区の部員がいる青春学園中等部の男子テニス部では、部活中に怪我をする人が出る機会が多い。
そんな部のマネージャーをしている私はよく呼ばれる。
…………救急箱を取りに行く役目として。
「今日は誰~?」
怪我をする人はその日によって違う。
怪我しやすい人って言うのはいるけど、たまにそうでない人もいるし。
部室から救急箱を取ってきて、コートに戻る私はため息をついてしまう。
「また怪我人かい?」
「そうみたいです……」
途中で竜崎先生と会って、苦笑された。
「誰だい?」
「わかりません。大石先輩に言われてすぐ取りに行ったので」
「そうかい。……まったく、気をつけるように言っていたんだけどね……」
「はは……」
竜崎先生のぼやきにはさすがに返す言葉がない。
すぐに先生と一緒にコートに入れば、桃城先輩を中心にレギュラーの先輩たちがいた。
今回は桃城先輩だったようです。
「持ってきました!」
「ああ、ありがとう」
大石先輩に救急箱を渡して桃城先輩を見ると、右の手首を気にしている。
…………足の次は利き手の捻挫ですか?
私が入学する前に足を捻挫したと言うのは聞いていたけど……そして完治していることも。
それで試合できなかったのに、手首。
ランキング戦が近いのに、大丈夫なのかと不安に思ってしまう。
「大したことはないな。すぐに治る。けどまあ、今日は様子を見たほうがいいだろう」
私の上から乾先輩の声が降ってきた。
「乾先輩……いつの間に後ろに?」
内心ではびっくりなんだけどね!
でも私は乾先輩によくこうされる……身長差が三十センチあるから相当な圧迫感。
それでなくてもテニス部には(私にとって)大きいレギュラーばかりなのに…………。
「桃は今日はこれまでだな。マネージャーに手伝ってもらってストレッチな」
「…………わかりました」
私の質問はきれーに無視してくれました。
乾先輩は桃城先輩に言っているようで、実は私に言っていると見た。
それは正解だったようで、桃城先輩から文句のひとつも出ない。……少なくとも一人で大丈夫だと言いそうな先輩ではあるから、私が戻る前に遠まわしかもしれないけど言われてたんだろうな。
「わりーな、マネージャー。やることあるんだろ?」
「いいえー、大丈夫ですよ。仕事は他の一年と同じ球拾いですから」
右手首にシップを貼った桃城先輩がそんな風に言いながらコートを出て行く。私も大石先輩から救急箱を受け取りそれに続いた。
途中で生徒会の用事で遅れていた手塚先輩とすれ違った。
「桃城は捻挫でもしたのか?」
「はい。そんなに深刻なものでもないそうですけど、一応今日は様子見だそうです」
それで、これからストレッチの指示を受けました。
桃城先輩の手首に巻かれた包帯と、私が手にした救急箱に目を留めて聞かれた。
その表情はいつもの通りだったけれど、桃城先輩の表情はいくらか硬い。
私の説明に頷いたあと、
「ストレッチが終わったら桃城は校庭20周だ」
「はい!!」
と、そんな指示と言うか罰を与えて手塚先輩は行ってしまった。
「…………大丈夫ですか?」
「ま、体動かせるだけな……」
桃城先輩の表情から、手塚先輩が言ったのはどうやら“罰”のようだ。
少なくとも桃城先輩はそう思っているんだろうな。
ため息をつきながら、他の部員の邪魔にならないところに移動する。
そのまま救急箱をそばに置いて、桃城先輩のストレッチを少し手伝った。
「終わりました」
桃城先輩のストレッチが終わり、その桃城先輩が校庭を走りに行って、私は部室に救急箱を置いてコートへ戻った。
ちょうどレギュラーの先輩たちが四人コートで打っていたけど、部長である手塚先輩と、桃城先輩にストレッチの指示を出した乾先輩は側で見ていたから私は二人の側に走った。
「ああ、ごくろうさま」
乾先輩が言って、手塚先輩は頷いたのを確認した私はもう一度球拾いに戻ろうと思っったんだけど……二人の先輩にとめられてしまった。
「はい?」
なんですか、と問う。
「ランキング戦の組み合わせが決まったから、試合の順番決めと記入用の表を模造紙に作ってくれ」
「わかりました」
「模造紙は竜崎先生に頼めばくれるよ」
「はい」
そして手塚先輩からグループ分けされたランキング戦の表を受け取る。
「…………越前君も出るんですね」
その中で唯一書かれた一年生部員の名前を見つけて首をひねる。
一年生のランキング戦の参加は二学期からのはず……。
「特例、ですか?」
「そんなところだろうね。ま、数日前のあれを見せられたからね」
「ああ……」
組み合わせを決めた手塚先輩は無言のまま、乾先輩が私の疑問に答えてくれた。
肯定はしていないけれど、否定もしていないから乾先輩の言ったとおりなんだろうなと思う。
あの時は少しの間コートには誰もいなくて……球拾いの仕事がなくなった私は戸惑ったんだよね。
幸い少しして手塚先輩が来たからちょっとコートに入れてもらって、先輩のラケットを借りてラリーをさせてもらったんだけど。
…………まあ、手を抜いてもらったのは丸分かりの状態だったけど。
「それじゃあ、作って来ます」
そう言ってから竜崎先生のところへ走った私の後ろでは、乾先輩と手塚先輩が会話を再開していた。
「まったく、お買い得だったね」
「…………マネージャーか?」
「そう」
誰がと言わない乾に手塚は反応が遅れたが、それほど考える必要もなく答えを出した。
「女子マネージャーはどうかと思ってたんだけどね、よかったよ、ミーハー気分での希望じゃなくて」
乾の言うとおり、男子テニス部の女子からの人気はすごい。
少なくともその半分を担っているのは乾の目の前にいる手塚なのだが、他にも不二に菊丸……と、ファンクラブができるほどだ。
本人たちにはまったく興味のないことなのだが、そのためにマネージャーにと志望するものがいるのも事実。
けれどそんな側にいたい等の理由でマネージャーになられても、長続きするとは思えない。なにせ男子テニス部のマネージャーは仕事量が半端ないだろうから。
今までマネージャーがいなかったので分からなかったことだが、今回彰子が入って仕事を教えている大石がぼやいていた。
ついでに心配もしていたのだが……。曰く、「近衛さんは倒れないかな」と。
それほどまでに多いマネージャーの仕事。
そのため手の空いているものは手伝うようにと決めたのだが、今のところ彰子が倒れるようなことには至っていない。
かなり手際よく片付けられていく仕事に、レギュラーを筆頭に、二、三年は感心していたのだった。
しかもミーハーな理由での入部ではないと言うのもポイントが高かった。
「それでもこれから仕事は増えるだろう」
「まあね。大会も近いことだしね。……何かあったらフォローはするように徹底しておくよ」
「ああ」
そんな会話をしつつも、二人の視線はコート上のレギュラーに向けられていた。
– END –
お題配布元:鷹見印御題配布所