鳥籠姫 1
私が機嫌よく帰宅してみれば、それを待っていたかのようにタイミングよく電話が鳴った。
私の一人暮らしの家に電話をかけてくれる人間は限られている。
学校関係か――けど、その学校から帰宅したばかりなんだから、それはないはず。
あと残るは……
――――――『父親』、か。
そしてディスプレイを見ると、やっぱりそこには父親の名前が出ていた。どうしてこう嫌な予感ばかり当たるのだろう。けれど、そんなことを思ってもどうすることも出来ない。出なければ、後でどんな目にあうか……。
「もしもし」
さっきまでの機嫌のよさはどこに行ったのか、私は不機嫌な声で受話器を取る。
それもこれも、この電話をかけてきた人間のせい。
「――喜雨か」
この電話を取るのは私しかいないだろうに――。小さなことにも文句を言いたくなっている状態の自分に、嫌気がさす。
「ええ、何の用?」
私の不機嫌さに気付いているはずなのに、それをまったく無視して父親は話し始めた。
私の機嫌とまるで正反対の声音で。
こんなに嬉しいことが、今までにあっただろうかと、声が言っていた。
「今日は他人の不幸(いい事)があったぞ。
――――垂金が、破産した」
それを聞いたときにまず思ったのは、「ああ、あいつが」、だった。
あの金に汚いやつがね……。
と言うより、ただそれだけのことで電話をかけてきたのか。と、そう思った。
そしてそれ以上は考えないようにする。
考える理由もない。――私と垂金との関係なんて、父親が間に入らなければ、何もないのだから……。
でも、本当は「天罰が下ったのね」などと言いたかったけれど、それならなぜ私の父親にはそれがないのか――そんなこと考えてしまえば私自身が落ち込むことになるから、あえて……考えないようにしている。
「そう……」
「なんだ、嬉しくないのか?」
他人の不幸だぞ。
そんなこと、嬉しそうに言わないでほしい。どうしてそんな考え方しか出来ないのだろう。「他人の不幸は蜜の味」なんて……どういう生き方をすれば、そんな考えが出来るんだろう。
そんなことを言うやつと血が繋がっているなんて考えただけでも気分が悪くなる。
けれど、そんなことを知られたくない。
だから勤めて無感情に言う。
「別に……興味ないわ、あんなやつのこと」
「そうか……」
くくく……、と声を立てて父親は笑う。
それも、嬉しそうに……。
何がおかしいのだろう。
私の言葉なのだろうけれど、父親が嬉しそうに言ったことに対して興味を持たなかった娘の言葉なのに……。
これだから人間は分からない。
いや、
悪趣味な『金持ち』は――――悪趣味な『時間をもてあますやつ』は分からない……。
そう思いながら心の中でため息をつく。
もうこの会話を終わりにしたい。
この会話と言うよりも、父親との会話を、だけれど。
早く、終わらせて欲しい。
――――――そう思ったのが通じたのか、電話の向こうの父親は「それではな」と言った。
ああ、やっと終わる。そう思った私に一番聞きたくなかった言葉を父親は吐いて電話を切った。
『今週末、屋敷に戻りなさい』
その一言を聞いた瞬間、力が抜けてしまった。
その言葉が、どんなに私の機嫌を悪くさせるのか。
どれだけ、私の気持ちを落ち込ませるのか。
あの父親は知らないのだろうか。
家に帰ってきたときの機嫌のよさが、嘘のようだ。
折角、今日はいいことがあったのに。こんなことなかなかあることではないのに……。
それが覆い隠されてしまうくらい、黒く塗りつぶされてしまうくらい、私の頭の中は父親の言葉が回っていて。
何でもいいから周りのものを壊したいと思ってしまう。
そんなことをすれば、父親があれこれ言ってくるからしないけれど。
――――結局のところ、私は父親から逃れることは出来ないんだ。
それでも、どうしても――――。
そう思ってしまうくらい、私の機嫌は最悪だった。
– CONTINUE –