鳥籠姫 2
自宅、に着いたら執事の結城さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、喜雨様」
「……ただいま…戻りました」
少し嫌々ながら言ったけれど、結城さんはまるで気付いていないかのようににっこり笑って礼をすると、荷物を他の使用人に預け、私を父親がいる部屋――書斎だろう――へと連れて行く。
長年藤堂家に仕えてくれている優秀な執事の結城さんのことだ、私の感情なんて知っているはずだ。
けどそんな様子はまったく見せない。
それは……私の気持ちを理解してくれているから。
けど、そんなことおおっぴらに言葉に出来ない。
そんなことしたら、あの父親の性格を考えると何をするか分からない。
「学校は楽しいですか?」
「ええ、楽しいですよ」
毎回、私が戻ってくると結城さんは私に必ず確認してくる。
それは今の高校に入ってからずっと――既に習慣化している。
「ですがお勉強は大変でしょう? 相当な進学校と聞きますから」
確かに、私の通う盟王高校は有数の進学校として知られている。
……だからといって楽しくないわけがないし、大変だけれどそれすら楽しいときの方が多い。
「大丈夫ですよ」
結城さんに並んで歩きながら、にっこりと笑う。
「確かに大変ですけど、私が選んだ高校ですから、それも楽しいですよ」
父親の前では決して言わないことを、結城さんの前では言える。
それを聞いた結城さんは、またいつものように「そうでございますか」と言って微笑む。
そんな話をしていれば、いくら大きな屋敷だからといっても目的地に着いてしまう。
「旦那様、お嬢様がお戻りになられました」
「――――入りなさい」
部屋の中から声がして、結城さんが開けてくれた扉を抜けて、私は部屋の中に足を踏み入れた。
「ようやく戻ったな」
遅い、と言外に言う父親がすぐに眼に入ってきた。
「すみません」
そんな父親に、私は思ってもないことを言う。
ただ嫌味をこれ以上言われたくないから、従順であるように見せているだけ。
それに、父親は多分気付いていない。
そのはず、なんだけど……。
実際のところ生きた年数や経験数が違うし、何よりあのB・B・Cのメンバーなのだ、父親は。
私みたいな子供の考えていることなんか、知っている可能性が高い。
「――――まあ、いい。来なさい」
そう言うと、父親は書斎の奥の扉――B・B・Cメンバーとの通信に使う部屋――を開いた。
何を見せられるのかと思う。
BBCメンバーのすることは、私が知っている中で一番趣味が悪い。
何より「垂金が破産した」場面を見せようとしているんだろうけれど、そうなった原因なんてきっと「賭け事」しかないと思う。
しかも、
――――――『妖怪』を使った。
垂金の妖怪コレクションは、いつも聞くだけで吐き気がしてくるほど。
本当に、『金持ちのすることは分からない』。
けど、その『金持ち』になった理由も『妖怪』を使ったから。
「この前垂金が賭けを持ちかけてきた…」
父親の言葉に、やっぱり、と思う。
「その対象は垂金の別荘に入り込んだ人間二人と闇ブローカーでね」
へえ、垂金の考えそうなこと…………
そこまで思って、ふと気付く。
「闇、ブローカー……!?」
B・B・Cと共に、聞きたくない名前を聞いた。
「そうだ。――――――お前にとっては一番聞きたくない名前だろう?」
それには黙って頷く。B・B・Cも聞きたくないけれど、とは言わない。
- 闇ブローカー
- 魔物の売買を生業とする妖怪集団
私の中ではB・B・Cと共に、最悪の連中として認識している集団。
なぜ、あんなことで生計が成り立っているのか分からない。けれど、父親のような、垂金のような人間がいる限り……決してなくなりはしない。
私の表情を見ながら、父親は笑っている。
それにムッとすることは止められなかった。
「くく……まあ、それはいいとして……」
よくない、と言いそうになって慌てて口をつぐんだ。
「これがその賭け試合だ」
そう言って、父親は目の前の画面に映像を映し出す。
いつも思うけれど、よくこんなものを私に見せるよね、この父親は。
こういうものを録画するのはB・B・Cで許可されているのだろうか。
――――――たとえ、許可されていなくても、禁止されていても私の父親は録画するだろうけれど。
そんなことを考えながら、映し出された映像を見て一瞬、私は嫌な感じを受けた。
何に、と気付く前にその感覚は消えてしまったから、理由は分からない。
気のせいかもしれない。
けれど、どうしても気にしないでいることは出来なかった。
画面には背の高い、黒いサングラスをした男とその肩に乗った小さな男。
この二人が妖怪――闇ブローカーだろう。
一方、その妖怪たちのいる部屋に向かっているだろうそれぞれ緑と青の学ランを着た……不良っぽい中学生位の男の子が二人。
それほど、この二人から霊気は感じない。
いや、確かに一般人に比べればかなりの霊気を持っていることは分かる。
けれどどう見ても闇ブローカー二人に敵うとは思えない。
人間の男の子たちは完璧に負ける。
そう思ったとき、父親が言う。
「この侵入者の餓鬼どもと闇ブローカーNo.1戸愚呂兄弟の試合で侵入者が勝つ方に――――『左京』は66兆2000億賭けた」
――――――
「え……?」
今、とても信じられない言葉が聞こえた気がする。
そう思って、その言葉の発生源に目を向けると、父親の目が笑っていた。
「侵入者の餓鬼どもに、左京は66兆2000億賭けた」
再度同じ事を言う。
けれど、それを私は素直に信じることは出来なかった。
『左京』と呼ばれた人物は、私でも分かるような『冒険』をするような人物ではなかったはずだから。確実に堅実に……どこまでも残酷に。
けれど父親が嘘をついている風ではない。
それでは、私の認識が間違っていたのだろうか?
「そして、見事に賭けに勝っていったぞ」
総額66兆2700億分。
だからこそ、垂金が破産したんだ。
その言葉にはっとした。
確かにそうだ。
垂金が破産するには、誰かが垂金との賭けに勝たなければいけないのだから。
そして、そんなことが出来るのは……。
(今のB・B・Cには……左京しかいないか)
父親が聞いたらどう思うだろう。
きっと、変に勘ぐるかもしれない。
そう思われても私はかまわないけれど……。
「さあ、賭けが始まるぞ」
その言葉に一旦思考を止めて目を上げれば、闇ブローカー二人と、中学生位の男の子二人が向かい合っていた。
– CONTINUE –