鳥籠姫 3

『………あいつが最後の敵か』
『ちィィ。後ろのTVじゃヒマな金持ちどもが見物してやがるぜ』


 声が小さすぎて、マイクで声を拾っているのだろうけどよく聞こえない。それでも唇を読むことは出来た。
 こういう時、一般女子高生にはない特技は役に立つ。
 読めたのは『ようやく』といった感じと『嫌悪』の言葉だった。
 ……茶髪のリーゼントの子の言葉に激しく同意。
 本当に、ヒマな金持ちと言うのは……。
 そんなことを思いながら画面を見ていると、男の子たちが会話をしているのが目に入った。


『けっ、やっぱり妖気はほとんど感じねェな。楽勝だぜ』


 茶髪の子が言う。
 ……確かに妖気はほとんど感じられない、でも本当はそうではないんだけれど……やっぱり、人間だからそれだけの力しか持っていないのだろう。目の前の闇ブローカーの『力』を感じることが出来ないのは。
 これで、どうやって今まで勝ってきたのか不思議に思ってしまう。
 そんなに雑魚しかいなかったのか、あの闇ブローカーの部下は……。


『いや…違う!!』


 ため息をつこうとして、黒髪の子の言葉に止めた。


『なんだかよくわからねェが、奴はすげえ強い気がしてなんねェ。うまく言えねェが…肌にピリピリ感じるんだ』


(へえ……)
 黒髪の子の言葉に、感心した。
(結構強いのかもしれない、あの子)
 今はそれほど強い霊気を持っているようには感じられないから、今後『強くなる可能性がある』と言い換えなきゃいけないけれど…。
 結局、今はあの闇ブローカーの相手ではないだろう。
 父親の言葉は本当なのか、疑問だ。そう結論付けて見ていると、闇ブローカーの小さい方が自身の関節をはずしながら変形していく。
(武態……)
 自分でもなんでこんな言葉を知っているのか、嫌になりながら画面を見ていた。
 人間の男の子たちは驚いているようだ。
 それはそうだろう、いくら強くてもこの二人が武態を見たことがあるとはとても思えない。
 それに……武態で気にしなければいけないのは、『何に』武態するかじゃない。


 『それを使う者の能力』だ。


 それを……彼らの前に立つ闇ブローカーも言っている。
 微かに、声が聞こえる。
 ――――――もう少し、この映像を撮ったカメラの性能をよくした方がいいんじゃないの?お金は腐るほど持っているんだから。



『なにィ!? 肩に乗ってたヤローが………!!』

『みるみる変形していきやがる!!』

 さっきよりも大きな声が聞こえた。
 それだけ驚いているんだろう。そして彼らの疑問に答えるように、闇ブローカーの大きい方が説明をしている。
 そしてその説明が終わったのと同じ頃、武態も済んだようだ。
 さらに次の瞬間、ブローカーの筋肉が成長(?)して、妖気が上がった――――――。


(すごい……)


 一気に上がった妖気に、さっきまで普通に立っていた少年二人が押されている。
 それほど、彼らにとってブローカーの妖気は強大なのだろう。
 私もこの妖気の差には少し、驚いた。
 そうこうしている間に闇ブローカーは攻撃を始めている。
 ハイスピードの攻撃に、少年たちは避けるのが精一杯のようだ。
(これでホントに…?)
 目の前で流れる映像に、やっぱり父親の言ったことは嘘なんじゃないかと…そんな風に思ってしまう。
 でもこれは、誰でもそう思うんじゃないだろうか…?
 そんなことを考えていることが分かったのか、父親は私を振り返って言った。
「これからが楽しいんだぞ」
 見なさい。
 その言葉に再び画面に目を向ければ、少年二人がぼろぼろになっていた。
(…………)
 父親の『楽しい』はこの二人の少年のこんな姿じゃないの?
 ここまで力の差があって、どうして勝つことが出来るんだろう。
 さっきから同じ事を何度も考えてしまう。
 それくらいのことが映像には映っているし――――――


『ふはは、左京さん。最後の賭けはわしの勝ちのようですな!!』


 その声が耳に届いた瞬間、私は眉間に皺を寄せていた。
 それに父親は「くくく…」と笑った。
 ただ何かを言う気配はなかったから、少し睨んでおくだけにした。
 それよりも垂金の声に嫌悪を抱いてしまう。


(やっぱり、垂金も嫌いだ……)


 そして、こんな光景を平気な顔で見れるどころか、賭けの対象に出来る人間も――――。


『よく見ろ!!』


 と、今までとは違う垂金の言葉使い――というよりも、BBCメンバーではない対象に言う言葉が聞こえた。


『お前を助けようとした愚かな人間の最後を!!』


(…………)


『あの時のようにな!!』


「……っつ!!!」
「喜雨、どうした?」
 急に息を飲んだ私に、父親は不思議そうに尋ねてきた。
「……何でもない」
「そうか」
 大してそのことに興味もなく、ただ聞いただけだったんだろう。父親はそれ以上言うことはなく、再び映像に目を向けた。
 でも私は、垂金の言葉に驚いてしまって、そんな父親の反応にほっとした。
 そして、垂金の言葉を反芻する。
 分かったのは、少年二人が垂金の屋敷に来た理由。
(誰かが、少年二人が助けに来なければいけない誰かが垂金に捕まっている……)
 それは大体予想がつく。
 別に、それは驚くようなことでもない。


 ――――――氷泪石。


 垂金が、それを使って金儲けをしていることは知っている。
 そしてそれが出来るのは「氷女」を捕まえているから。
 それをかわいそうとは思うけれど、私にはどうすることも出来ない。
(でも、垂金相手にどうにかしようとした人間がいる)
 それには驚いた。
 少年二人にももちろん驚いたけれど、彼らとは別に、同じようなことをしようとした人間がいることに。


(どうして、出来るわけもないことをするの……?)


 しかも、異種族である妖怪のために。
 少年二人は垂金のところに闇ブローカーがいることを知らなかったんだろうけれど、だからと言って決して警備が薄いわけではないのは分かっていたはず。それは『あの時』に氷女を助けようとした人間だって分かっていたはずだ。


(それなのに、なぜ……?)


 分からないことばかり。
 垂金や父親のように、他人の不幸を見て楽しむような人間もいると思ったら、少年たちのように妖怪を助けようとする人間もいる。


(分からない……)


 そんなことを思いながら、私は流れる映像を見続ける。


『本当に人間かよ………』


『人間のやることなのかよ!!』


 茶髪の少年の霊力が上がっていく。
 その事と、言葉に目を見張った。


『どけ…。オレがぶっ殺してーのはあんたじゃねェ。後ろのうす汚ねェ腐れ外道だ』


 垂金のことを言っているのは一目瞭然。
 でもなぜそんなことを言ったのか、理由が分からない。
(どうして垂金のしてきたことを知っているの?)
 理由は分からないけれど、どうやってか知った垂金の行為が、茶髪の少年のあの言葉の理由。
(確かに、倒すべきなのは闇ブローカーじゃなくて垂金なんだろうけれど……)
 そんなことをすれば……と、理性が働く。理性――と言っていいのか分からないけれど。


 少し、素直に怒りをあらわにする少年が羨ましかった。


 でも、そう簡単に闇ブローカーを倒すことなんて出来ない。
 しかも、垂金に――依頼人に『とどめをさせ』と言われたんだから、そのつもりで行くだろう相手に……。
 と、この二人の少年の悲惨な姿を見なければいけないと言うことに思い当たって、どうやってそれを避けようかと、どうすれば最後まで見ないでいいようにするにはどうすればいいのか悩み始めたとき。


(??????)


 少年たちが何か会話をしていた。
 ただ声が小さかったことと、映像の角度のせいで何を言っているのか分からない。
 何かをしようとしていることは分かった。
 けれど、それは――――――。


『うおおォ』


 玉砕覚悟。
 まさにそう言い表せる行動を、茶髪の少年は起こしていた。
 闇ブローカーに向かって、霊気で作った剣を向けて走りだす。
(無理よ!!)
 そんなこと思ったって……たとえ言ったとしても今流れている映像は録画なんだから届くわけがない。
 けど――――――


 ドウ


 !!!!!!!!!!!!!


 大きな音がしたかと思うと、茶髪の少年がすごい速さで闇ブローカの元へ飛んで行った。
 そう、飛んで行ったという表現がぴったりの映像が流れた。


『やつの霊気の砲を全身で受けて、ロケット噴射みたいに加速をつけたのか…』


 やる   ねェ


 そう言うと、闇ブローカーは倒れた。
 信じられなかった。けれど、それは現実で。人間の少年二人が闇ブローカーに勝った映像が流れていた。


『ゲームオーバー……………私の勝ちだね。全部で66兆2700億。………金は今月中に全額用意しておいてくれよ』


 プツ…


 左京のその言葉で、映像は切れた。
 それでも私は信じられないものを見た影響で、まだ画面を見たまま……。


「どうだったね、喜雨」


 そんな、父親の言葉にはっとして見る。
「私の言った通りだったろう?」
 嬉しそうに言う父親に、私はただ頷くだけ。
 そんな私の反応に、笑うと父親は立ち上がった。
「左京はどうして今回勝てるという情報を持っていたと思うか?」
 部屋を出る父親の後に付いて歩いていると、そう聞かれた。
「……さあ、分からないわ」
「だろうな」
 私の言葉にそう反応した父親に、それじゃあ聞かないでよと思う。
「若いからと言って侮れないな、左京は」
「それはそうでしょう……BBCメンバーなんだから」
「それもそうだ」


「それにしても……」


 そう言って、言葉を区切った私に、父親は振り返った。


「きっと、彼らはこれからもっと強くなると思う……」


 確約は出来ないけれど。


「……我々、裏社会を生きるものの脅威になる程に……か?」


「恐らく……」


「そうか」


 ――――――


「では、次回の暗黒武術会のゲストは、奴らだな」


 その言葉に、はっとして父親を見た。
 すると、父親はにやりと笑って歩いていった……私を残して。
 その後を私は追うことが出来ず、ただそれを見ているだけで……。


 きっと、私が言わなくても彼らは暗黒武術会のゲストになっただろう。
 遅かれ早かれ、あの二人は――――――。


 でも、父親にそう思わせたのは私で。


「言わなければよかった」


 私はそう、ぽつりと呟いた。


 だって……




 彼らはきっと、殺される。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子