鳥籠姫 4
「おはよう、藤堂さん」
朝、学校の下駄箱で後ろから声をかけられた。
「おはよう、南野君」
振り返ってみれば――声で既に分かっていたけれど――、学校一の秀才で同じクラスの南野秀一君が立っていた。
昨日までは最悪だったのに、今日は朝から運がいい。
朝から彼に会えて、声までかけてもらえるんだから。
…………これが、いつまで続くか不安ではあるけれど。
「藤堂さん、どうかした?」
「え?」
「少し疲れているみたいだけど」
「そ、そうかなあ……?」
自分の考えに少し落ち込んだ私に、すかさず彼は聞いてきた。そんなに簡単に気付かれるほどの表情の変化はなかったはずなのに。
でも彼と一緒にいるとき、よくこんなことがある。
南野君は、周りの人の小さな変化も見逃すことはない。
そんな南野君は不思議な感じがする。
よく、高校生らしからぬ落ち着きがあるし、何より――――
「もうすぐ一年も終わるから、あと少し頑張らないとね」
「そうだね……」
小さく笑って、そんなことを言う彼に、私ははたと気付いた。
忘れていた。
もうすぐ一年生も終わり。
と言うことはクラス替えもあるわけで。
南野君とクラスが分かれちゃう可能性があるじゃない……。
「藤堂さん」
「えっ?」
再び落ち込んでいたところで南野君に声をかけられ、ぱっと顔を上げると、南野君は少し心配そうな表情をしていた。
「やっぱり疲れているんじゃない?」
「だ、大丈夫! ちょっと昨日出かけてたから疲れが取れてないのかも」
「そう?」
……やっぱり南野君は鋭い。
それもそうだろうな、と思う。
理由ははっきりしている。けど、それを確かめることはしない。
そんなことをしてもどうにもならないし、それよりも私にとって最悪のことになりかねない。
もし、そんなことになったら……南野君だってただじゃすまない。
あの父親が、そんなおいしいネタ放っておくはずがないもの。
だから、聞かない。言わない。
当の南野君も何か感じているだろうけれど、聞いてこないし。
ここは触れないでおくのがお互いにベターでしょう。
そんなことを考えていた私に対し、南野君は完全に納得してはいないようだけど、これ以上聞いても私が答えないと考えたのか――実際そうだけど――それ以上は聞かずに、私たちは並んで教室に向かった。
ちょうど、一番生徒が登校してくる時間と重なったのか、廊下もそれに並ぶ教室もざわついている。
そんな中で、やっぱり南野君に挨拶をしてくる人は多い。
…………主に女の子なんだけれど。
それくらい、人気があるのだ。彼は。
それもそうだよね……でもこの中で何人が彼の本当の姿を知っているのだろうと考えると、少しほっとする。――――優越感、かもしれない。
そんな自分が嫌だけど。
でも、だからと言って私も彼の本当の姿なんて知らない。
そのほんの一部分しか分からない。
昨日、自宅に着いてからまた狙ったかのように父親から電話があった。
曰く、
「彼らが今度の暗黒武術会のゲストに決まった」
と言う。
あまりに早い動きにあっけにとられている私に、笑って父親は「左京が先に動いていた」と続けて。
ああ、考えることは誰しも一緒なんだなと、そんな風に思った。
ただ、暗黒武術会はひとチーム五人に補欠が一人と決まっている。
彼らの他に誰がチームに入るんだと、そんな人間がいるのかと思っていたら……
「妖怪?」
『そうだ』
今度の大会のゲストに、妖怪が含まれると言う。
『飛影と蔵馬、とか言う妖怪らしい。あの二人と関わりがあるそうだ』
「そう……」
それは……かわいそうに。
どういう関わりがあるのかはわからないけれど、暗黒武術会に出場しなければいけなくなるような関わりあいを持ってしまって……。
出場を辞退すれば、刺客を差し向けられてしまう。
その飛影と蔵馬と言う妖怪に、選択肢はない。
まあ、あの中学生二人にもないんだけれど。
「もう一人はどうなっているの?」
あの中学生二人と妖怪二人。あと一人、出場するにはメンバーが足りない。
『それは決まっていない』
「は?」
『ゲストが選ぶそうだ』
「……ふーん」
どっちにしても、かわいそう。
そうとしか思えなかった。
結局のところ、裏社会の人間を敵に回すと破滅するのは人間も妖怪も変わらないと、授業を聞きながら思う。
こんなこと考えている私を、クラスの皆はどう思うんだろう。
考えもしないだろうし、知ったらきっと私は避けられるんだろうな。
平和だ、と思う。
テストの点数に、順位に一喜一憂したり。恋人が出来たと喜び、恋人と別れたと悲しんで。
時間がないと慌てて、この科目が嫌いと愚痴を言って。
親と喧嘩しただの、恋人と喧嘩しただの。
小さな、小さなこと。
でもそれで喜び悲しめるんだから、羨ましいとも思う。
南野君にしても、隠し事は結構大きいことだと思うけど、それでも今のところ問題なく過ごすことができているようだ。
でも。
どうしようもないところまで来てしまったものもいる。
命の心配をしなくちゃいけないところまで。
あの二人の中学生も、飛影と蔵馬と言う妖怪も。まだ名前の分からないもう一人の暗黒武術会のゲストも。
そして、きっと私も。
もう、抜け出せないところまできてしまっている。
願わくば、それでもそれなりの平穏を手に出来るように……。
– CONTINUE –