鳥籠姫 5
大切な、楽しくて幸せな時間はあっという間に過ぎていってしまうもの。
それを最近、私は再確認させられてしまった。
「やっぱり、南野君ってすごいよね……」
ため息をつきそうな声で横にいるクラスメイトは言った。
「……そうだね」
もしかしたら『興味がない』と言う風に聞こえるかもしれない声で私は返した。そんなつもりはもちろんないのだけれど。
でも、クラスメイトはまったく気にしていないようで、ただ廊下に張り出された学年テストの結果を見ている。
張り出された分全部を見ているのではなくて、一番になった生徒の名前を見ている、が正しい。
もちろんその『一番』はクラスメイトの南野秀一君なわけで……。
(これで何連続一番なんだろう……)
表面には出さずに私は心の中でため息をつく。
ただ、すごいとしか言いようがない。
「藤堂さんも、毎回すごいよね」
「え?」
「だって、いつも二十番以内に入ってるじゃない」
「そう……だけど……南野君はいつも一番だし……比べ物にならないよ」
そういう目の前のクラスメイトは……何番なんだろう? 張り出される中にはいないような……。
でも盟王高校は進学校だから、それほど悪いわけではないんだろうけれど。
「そうだけど! 張り出される中に入らない私にとってはすごいの!!」
「…………」
そう言われて、どう返せば良いんだろう……。
だから、少し困ったような表情をするしかない。
けれど、それ以上言う気はなかったようで、クラスメイトは私の腕を引っ張って教室へと戻った。
「それにしても、なんとか学年末テスト乗り越えられてよかった~。あとは春休みが来るのを待つだけだよ!!」
「そうだね……」
「楽しみ~。遊べなかった分、遊ぶんだ~」
楽しそうに言うクラスメイトに対し、私はその言葉で憂鬱になってしまった。
(そうか……もうすぐ一年が終わるんだ)
そして春休みが来る。
あの、暗黒武術会が開かれる日が……。
「藤堂さんは、どうするの?」
「え……?」
尋ねられて、そんな声を出すとクラスメイトは少し膨れて「聞いてなかったの~?」と言う。
「春休み、どっか行くの?」
「え……そうだね……予定はまだないかな? 多分、出かけるとは思うんだけど」
嘘をついた。
でも、『妖怪同士が戦うところを見に行く裏社会のイベント』などと言えるわけもないし、他の言い訳なんて思いつくわけない、私が。
だからそう言ったんだけど、それでも別に不思議に思わなかったみたいだ。
「そうなんだ~」
これでどこかに行こうと言われないのは、きっと彼女は予定がびっしり詰まっているんだろう。……まあ、私もそうなんだけれど。
暗黒武術会の開催期間はは短いようで、春休みの期間を考えると長い。
よくそんな期間に大会を運営するよねと、呆れると言うかなんと言うか。
内心そんなことを考えている私に、クラスメイトは春休みに楽しみにしていることを次々と話してくれる。
そんな彼女を羨ましく思う。でも、楽しみにしていることを私に話してくれるのも嬉しい。
私には、経験で出来ないことだから……。
テストって進学校であっても嫌われるけれど、私はそうでもない。
逆に、あった方が嬉しい。
それは成績云々とはまったく関係なくて、ただ普通の生活が出来ているんだと思えるから。
私でも普通のヒトとしての生活が出来るんだって思えるから。
…………いつから私はこんな考え方をするようになったんだろう。
その考え方も、春休みに入れば出来なくなる。
暗黒武術会がその大きな理由で。
多分今回も無事に帰ってくるんだろうな。そして、前回優勝チームがまた優勝して、ゲストがまた――――――。
「藤堂さん!!」
「え?」
思考の途中で声をかけられ、はっとして呼んだクラスメイトを見る。
「どうしたの? 何か気になることでもあるの?」
そんな風に心配そうに聞いてくるクラスメイトに、私は慌てて首を振る。
「ううん。そんなんじゃないの。ちょっと、ぼーっとしちゃって……」
「そう? もし体調悪いんだったら我慢しちゃダメだよ」
藤堂さん、そう言うこと我慢して言いそうにないから。
「え? ……そんな風に見える?」
さらりと言われたことに私は驚いてそう尋ねると、うん、ときっぱりした返事が返ってきた。
「そう……かな?」
「そうよ。藤堂さん、いつも私と話してても一瞬別のところに思考持って行ってるときがあるし。あんまり自分のこと話さないじゃない」
「…………」
「別にそれがダメだってわけじゃないけどさ。友達が悩んでたりしたら、話聞くだけでも聞いておきたいじゃない。何か良い案が浮かぶかもしれないでしょ」
クラスメイトの『友達』と言う言葉に途惑ってしまう。
そう、思っててくれたんだって。
――――嬉しかった。
だから私は小さな声で何とか言った。
「そうだね」
と。
その言葉にクラスメイトはにっこりと笑って教室へと戻る。
教室に着いて席に着きながら、クラスメイトは教室を見回す。
「そう言えば、もうすぐこのクラスともお別れか……」
「そうだね」
「そんなに仲良いわけじゃないけどさ、一年も一緒にいて、いざばらばらになると何か寂しい」
「…………うん」
同じことを考えてるんだと分かって、ちょっと嬉しい。
私も同じように教室を見回す。
皆それぞれ個性的だけど、決してまとまりのないクラスではない。
それはまとめ役の学級委員が南野君のおかげでもあるかもしれない。
けど、それだけじゃなくて――――皆、このクラスが嫌いじゃなかったんじゃないかって、思う。
目の前のクラスメイトが言う通り、とても仲が良いわけじゃなかったけれど、仲が悪いなんて事は絶対になくて。
このクラスの一員でいるのもあと少しか、とちょっと残念だった。
もちろん、それだけが残念な理由ではないけれど。
やっぱり一番は、南野君とクラスが分かれてしまう可能性があるということ……。
そう言えば、その南野君は最近やけに早く帰ってしまう。
もちろん、用事もないのに学校に残ったりする人ではないのだけれど。
それでも部活には所属しているし――暇そうな生物部だけど――部活も一応テスト期間は過ぎたからある。
なのに部活には出ていないようなんだよね。
まあ、部活に出なくてもそんなに厳しくはないから良いんだろうけど……それでも南野君らしくない気がする。
何かあったのかな……?
もしかしたら、もう一緒のクラスになることもないかもしれないから、長く同じ所にいたいんだけどな……。
– CONTINUE –