鳥籠姫 6
(相変わらずね……)
首縊島へ向かう船の中。私の視線の先には今大会出場選手――もちろん全て妖怪――が甲板でそれぞれ好きなように過ごしていた。その光景は……なんと言うか、お金で闇社会に生きる人間に魂を売った妖怪という、とても綺麗なものには見えなかった。
――――そんな妖怪たちを見下ろしている私も同類だけど。
大会の観戦者である人間も同じ船に乗っている。もちろん参加者である妖怪の立入禁止エリアに乗っているけれど。私もそのエリアに乗せられている。いつも思うけれど、本当にここは参加者のいるエリアとは比べ物にならないほど華美だった。船自体、豪華客船と言ってもいいほどで、もう少し大きければ確実にそう呼ばれていたと思う。――なぜ短い時間しか乗らないのに、わざわざこんな船を用意するのか……不思議で仕方がない。
ただ、今大会のゲストである浦飯幽助たちは乗船していない。
彼らの扱いは本当にある意味ゲストで、トーナメントに参加する前に“予選会”に参加させられることになっている。それは私が今乗っている船とは比べ物にならないくらい小さな闘技場つきの船で行われるらしい。もちろん予選会なんていうからには、相手がいるわけで。チンピラ妖怪が参加すると聞いた。まあ、そいつらに負けることはないと思うけれど……。
(結局、ゲストは浦飯幽助と桑原和真の顔しか分からなかったし……)
彼らの大会出場が決定してから二ヶ月ほど。時間は十分にあったのに、この二人以外の顔は分からずじまい。しかも蔵馬と飛影以外の一人――つまり最後のゲストは名前すら分からないのが現状。当日のお楽しみ、とでも言うかのように父親は私に教えなかった。最も、父親自身、知らないだけなのかもしれない。
結構、その辺りはどうでも良いと考える人間だから。
(……暇)
あくびが出そうになるけれど、何とか我慢する。
首縊島まで時間がかかるわけではないけれど、それでもここに娯楽はない。ま、これから『娯楽』が待っているんだからそんなもの必要ないのかもしれない。
それに……私の娯楽と闇社会で生きる人間の娯楽は違うものだし。
「――――え?」
そんなことを考えていると、ふと下の方――大会出場者のいるエリア――からありえない気配を感じて、私はそっちに目を向ける。
「なんで…………こんなところに人間がいるのよ」
呟きながら、見下ろした先には人間がいた。
大会出場者に混じって、三人のそこそこ霊力を持った人間が白衣を着た妖怪と共にいる……。
ただ、その目は生気がまったく感じられない。しかもその三人の雰囲気から、正常な思考を持ってここにいるわけではないように感じられた。
そして――――三人の人間のうち一人の背中には何かが付いていた。“こぶ”のようなもの。それから枝分かれしたものが彼の体に繋がっている。
(なに、あれ……)
元々人間があんなもの持っているはずがない。そうなると考えられることは……。
「――――操られている?」
疑問系で言ったけれど、私自身、間違っているとは思わなかった。それどころか、確信に近いと内心思っていた。
(でも、どうして? あれだけの霊力があれば、そう簡単に操られることなんてないでしょう?)
そう思ったのは、どう見ても科学者風の白衣を着た妖怪が、彼ら三人より強いとは思えなかったから。それほど妖力があるとは思えない。
彼らなら、簡単にあの妖怪を倒せるはず。
それなのに彼らはあの妖怪に逆らわない…………。
何故と、ただそれだけを思っていると、見下ろした先の三人の人間と一匹の妖怪はどこかへ――今私のいるところからは見えないところへと移動して行った。
(あの妖怪……なんて言うんだっけ)
この船の出場者エリアにいるのだから、今大会の出場者もしくはその関係者と思って良いはず。
出場十六チームのうち、この船に乗っている十五チームの名前とその姿は既に観戦者に知らされているし、私も資料として一部持っている。まだ見てはいないけれど。
(それに載ってるよね)
少なくとも、あの三人の人間は。
そう考えると、急に出場者名簿が見たくなってしまった。今まで見たくもなかったと言うのに。
どうしても見たくて……でも名簿からどうして彼らが今大会に出場することになったかなんて分かる訳もないけれど。それでも――――――。
「っつ……!!!!」
そんなことを思って、私にあてがわれた客室へと戻ろうと、見ていた方向から背を向けようとする直前。急に背中が冷えた。
そして続いて聞こえてきた声に、私はその場に立ち尽くしてしまう。
「おや……藤堂さんのところの娘さん。確か……喜雨さんだったか」
「――――――左京さん」
ゆっくりと振り返り、そこにいたのはB・B・Cメンバーの一人で、左京と言うメンバー中で一番若い男。そして――――――
「っ……」
その背後に、ボディーガードのように立つ大きな男。
(なんで、あいつがここに……!!!!)
私の目の前には、数ヶ月前に垂金の別荘で今大会のゲスト二人と戦って敗れたはずの男。
ゲストの浦飯幽助、桑原和真に倒されたはずの男。
(生きて、いたの……)
そう思ったことに加え、私はその男から感じる妖気にさらに汗が出て来た。ここまで、強かったの?
そんな私の反応がよっぽどおかしかったのか、左京は微かに笑いながら言う。
「そこまで怯えなくても良いだろう? 何も君を相手に何かしようとは思ってはいないよ」
「…………」
「それに……君が“あれ”を見たとしても、私の目的に支障はない」
「っ…………目的?」
“あれ”と言われて、すぐに何のことか分かった。やっぱり気付いていたかと思いつつ、最後の言葉が気になる。それについて尋ねた私に、ただ左京は笑っているだけだった。
それに嫌な感じがした。でも、それより後ろの男が気になってしまう。
これ以上ここに、この二人の前にいてはいけないような気がして。
でも、動けない。
どうすることも出来ない。
……いやな感じがする。ここを動いちゃいけないような――――。
「君はどう思う?」
「……何のことですか?」
唐突に聞かれ、一瞬何のことか分からなかった。
でも、聞き返しながらふと思い出した。
今大会のゲストを決めたのは目の前の左京と言う男だったと言うことを。
「今回のゲストを見た、感想は?」
「…………別に」
私が何を言っても何にもならないことは分かっていたから、それだけを言った。それに左京自身、別に私の意見が本当に聞きたかったわけではないだろう。
そんな私の反応に、左京は気分を悪くすることはなかった。けれど何を考えているか分からない表情で私を見ていた。
(気分が悪い……)
目の前にいる男の妖気にあてられたのか。
急に気分が悪くなってきてしまった。
この場から離れたいのに、足が動かない。
その時――――――
「喜雨」
「………………父さん」
名前を呼ばれ、その方向へ目を向けるとそこには私の父親が立っていた。
……普段は「父さん」なんて呼ばないのだけれど、外ではそう呼ぶようにしている。今はまともな状態ではないのだけれど、それでも何とか言えた。
そんな私を見た父親は眉を寄せた。
ああ、また嫌味を言われる。
そんなことを思っていると、父親が私にとって意外なことを言った。
「喜雨、部屋に戻りなさい」
「え……?」
「ここにお前がいても邪魔なだけだ」
「……分かった」
さらりと言われたことに少し頭にきながらも、ここを離れる口実が出来た。それが父親からもたらされたものなのがちょっと嫌だったけれど。ここから離れられるのであればそれも良いと無理やり自分で納得させて、左京と妖怪の男の横を通ってその場から離れる。
今回はなぜか、すんなり足が動いたことには驚いたけれど。その理由を考えている暇なんてなかった。
ただ、この場を離れたい、それだけだったから。
だから気付かなかった。
いつもの私であれば、私がこの場を離れた後の残った三人の様子を影から見るくらいのことはしたはず。
けれどそれを私はしなかった。
だから知ることはなかった。
この後の、三人の会話の内容を。
「そんなに、娘が大事かい?」
喜雨の姿と気配が完全になくなった後。
娘の後姿を見送っていた藤堂に、左京はそんな風に尋ねた。
「……なぜ、答えなければならない」
「くくくく……」
表情を硬くして言った藤堂に対し、左京は低く笑う。その目は楽しそうだった。
「闇社会に生きる人間が、身内を大事にするなんてね……考えられないな。しかも……あんな手段で手に入れたものに生ませた子を」
「…………」
左京の言葉に、藤堂は無表情で返した。娘――喜雨の生まれを知っている言葉に驚きはしたけれど、左京が知っている可能性を考えなかったわけではない。知っていてもおかしくはない。それだけの情報網を目の前の、自分よりもよっぽど若い男は持っている。
そんなことを考えていた藤堂を見ながらさらに笑みを深くして、左京はさらりと、藤堂にとって重大なことを言う。
「娘が今回の暗黒武術会で……揉め事に巻き込まれなければ良いがな」
「――――――なんだと?」
その瞬間、藤堂の表情が今まで以上にこわばった。
それを確認し、左京は吸っていたタバコをその場に落とすと、にやりと笑って言う。
「大会を楽しみにしておくんだね」
それだけ言うと、藤堂に背を向け、その場を後にする。
「あんたの娘……気をつけていたほうが良いんじゃないかねえ……」
守りたいのであれば。
それまで、一言も話さなかった妖怪の男――戸愚呂はそう言うと、左京の後に続いて藤堂から離れて行った。
表情はサングラスに隠れて分からなかったが、藤堂はその言葉だけで顔が真っ青になりそうになる。
さすがにここで表情を変えることは後々困ることになるのが目に見えていたから、我慢したが。それはただの癖に過ぎない。表情を変えて良いのであれば、それこそ娘が見たことがないほどに焦った表情をしていただろう。
それほどまでのことを、左京と戸愚呂は言った。
前回優勝チームのオーナーである左京と、その優勝チームの大将である戸愚呂。
この二人の言ったことが、どれほどのものであるか。藤堂は理解していた。
そして、その言葉に嘘はないだろう事も。
だからこそ。
自分の今回の行動が、どんなことになるのか。
理解せざるをえなかった。
船内放送が、船が首縊島に到着する旨を知らせるまで、藤堂はその場を離れることを忘れていた。
– CONTINUE –