鳥籠姫 7

 開会式、説明会と殺し合いに向けて進んでいく。
 ただ、ゲストは今日の夕方、船で首縊島へ来ることになっている。
 もちろんゲストだからゲストの扱いで。船上で『予選会』と銘打って戦力を測られる。
 私はと言えば、開会式なんて本戦すら見たくないのに見たいわけがない。
 でも本戦を見なければ父親がうるさいし、本戦を見るためには開会式から見なければ、人間は観戦することが出来ない。
 まあ、暇人たちにはそんな面倒なことも関係ないんだろうな……。
 会場に並ぶ出場者を見ながらそんなことを思った。
 その中に、あの三人の人間を見つけることが出来た。出場者名簿を見て、三人がDr.イチガキチームのメンバーだということも分かった。
(それにしても……やっぱり出場者だったんだ……。ゲスト以外で人間が出るなんて、信じられない)
 でも、本当のことで。
 金持ちの人間の考えることも分からないけれど、イチガキという妖怪の考えることも分からない。





 そんなことがあった日の夜。
 華やかなホテルのロビーには、これまた華やかに着飾った人間が多数集まって会話を楽しんでいた。でも、その中身を知っている私には醜悪なものにしか見えない。
 そして、この場に集まっている人間の目的は大会前夜の会話を楽しむことじゃなくて……そろそろ来るはずのゲストの顔を見るのが本当の目的だ。
 かく言う私もそうなんだけど。
 ゲストの顔は基本的に公表されない。それは当日のお楽しみ、と言う意味もあるだろうけれど、実際はゲスト自身でエントリーするわけではないからだと思う。写真を入手するなんて造作もないだろうけれど、どちらかと言うとそれすらも楽しみの一つにしてしまうほど、娯楽に飢えているんだと思う。
 そんなことを考えながら、私はロビーの端のソファにひとりで座っていた。受付カウンターに背を向けて。元々、向こうから私の座っている位置は見ることが出来ない。
 なぜこの場所を選んだのかと言えば、わずらわしいからだ。金持ちどもの視線が。
 私くらいの若さでここにいるのは珍しい。しかもそれなりに着飾っているのは……。ちなみに今の私は普段着ないようなレースのついたドレス。もちろん無理やり着せられた。まあ、それほど嫌いじゃないタイプだったから良かったけれど。
 でも周りの雰囲気はあまり良い感じはしなくて、機嫌が少し悪い。
 まあ、周りに分かるほどではないけれど……。




「え……?」




 入り口から、何人かが入ってきたのを感じると同時に、馴染んだ気配を感じ取った。
(なんで……?)
「あれが今回のいけにえゲストよ…」
「可哀相にまだボウヤじゃないか…」
 そんな金持ちの会話が耳に入ってきたけれど、それを気にすることなく私は振り返った。
「あ……」


(南野君!!)


 “ゲスト”たちの後姿の中に一人、知っている人の姿を見つけて、叫びそうになったけれど、何とか抑えて心の中だけに留める。
 ――――――私の目に飛び込んできたのは、クラスメイトの南野秀一君。
 ……普段から妖気が感じられたから、妖怪だと……お母様は人間だったから、半妖怪だとは知っていたけれど……。
(どうして!?)
 なぜ、こんなところにいるのか。
(闇社会の人間に目を付けられたの!?)
 それしかここにいる理由はないのだけれど、何かそんなことになる行動をしたのだろうか?
 分からない、けど、確かに彼が暗黒武術会のゲストの一人なんだと……それだけは分かった。
(それじゃあ……南野君って、蔵馬か飛影ってこと? って、何で二つも名前があるの?)
 ひとつ無理やりにも納得すると、次はどうでも良いようなことが気になって来る。
 ―――― 私にとってはどうでも良いことじゃない……けど。
 そんなことを思っていると、南野君たちはホテルマンに案内されて部屋へと向かっていった。




 完全に彼らが部屋へと向かったことが確認されると、ロビーにいた人間はもう用はないと言わんばかりに一人、また一人といなくなった。
(本当にこれだけのためだったんだ……)
 改めてソファーに座りなおして、私は内心ため息をついた。
 ……ある意味、素直。
 そんな感想を持った。


「喜雨」


「…………なに?」
 気付いてはいたけれど、無視していたら声をかけられてしまい、不機嫌に返事をしながら振り返った。
「どうだった? ゲストは」
「…………さあ?」
 そんな私を無視して、聞いてきた父親に私はそっけなく返す。
 それに怒るわけでもなく、不機嫌になるでもなく、父親は「そうか」と言っただけだった。
 ――――――こう言うところが、私が父親を理解できないところだ。
 文句ひとつでも言えば良いのに。けれど、決して何も言わない。
 何も―――――。
「喜雨、明日は早い。もう、部屋に戻りなさい」
「――――――分かった」
 元々、そのつもりだった。
 ただ、エレベーターで他の客と一緒になりたくなかっただけ。
 だから、ここは素直に聞いておくことにする。もう、ほとんど人は残っていないから。
 そして返事をした私は一人、エレベーターに乗って部屋へと戻った。





 そこはかなり豪華な部屋で――まあ、このホテル自体が豪華なんだけど――一人で泊まるには大きすぎるんだけど、だからと言って父親と同じ部屋なんて嫌だから、何も言わないでこの部屋に泊まっている。
 ゲストもこういう部屋に――少しランクは下がるだろうけれど――泊まっているだろう。
 シャワーを浴びて、明日の準備をした私は布団の中にもぐりこんだ。

 けど、そう簡単に寝れるわけがない。

 さっき感じた妖気のせい。
 南野君がこんなところに……ゲストとして来たことに、少なからずショックを受けてしまった。
 こんなところに来ることはないと思うのに。
 ――――――そこまで考えて、彼と共にいたほかのゲストのことを思い出す。


 人間が三人と妖怪が二人。


 自分のことは言えないけれど、それほど力を持っているようには思えないチームだった。実際はどうか分からないけれど。
 でも、さっき感じた力が彼らの全てだとすれば、この大会で生き残れる可能性は低い。
 それなりのところまで――――決勝までいけたとしても、確実にそこで負けてしまう。
 この予想は、間違ってはいないという自信があった。
 けど……。
 そこまで考えて、私は寝返りを打った。
 この二ヶ月、ずっと考えてきたことだ。
 どうしてこんなことを思うのか分からない。
 それでも南野君が今大会のゲストの一人だと知ってから、その想いがさらに強くなる。
 そうして、私はため息をついた。
 今夜は、そう簡単に眠れそうにない。
 眠るのを諦めるべきか、それとも布団の中に横になってはいるべきか。



 今大会のゲストには、死んで欲しくない。



 そんな思いを抱きながら、私は眠れるように布団を頭までかぶった。










 喜雨が眠りにつこうと頑張っていた頃。
 404号室では同じように暗黒武術会のゲストたちが、眠りにつこうとしていた。
 とは言うものの、元々一人――浦飯幽助はホテルへ来る前から眠っていた。そして桑原和真、飛影も既に眠っている。
 覆面も、覆面をとることもせずに恐らく眠っているだろう。
 そして――――――ただ一人、蔵馬だけが布団に横になっただけで、眠ってはいなかった。
 蔵馬が眠っていないのには――いや、眠れないのには訳があった。
 元々他人が同じ部屋にいる場合、熟睡できない性質(たち)である。それに加え、このホテルに入ってすぐに感じた気配のせいだった。
(なぜ、藤堂さんがこんなところに……?)
 そう、喜雨が蔵馬――と言うより南野秀一の気配にすぐに気が付いたように、蔵馬もまた、自分たちを“ゲスト”として興味深げに伺ってくる人間たちの中から、ひとつだけ見知った気配を感じたのだった。そしてそれが誰のものであるかも一瞬のうちに理解した。

 ――――――南野秀一のクラスメイトである藤堂喜雨である、と。

 そして、喜雨の方も蔵馬に気付いたのが、その気の揺れで分かった。彼女の方も途惑っているようだった。
 そこまで思い返し、蔵馬は先ほどからずっと気になっていた――眠れない、一番の原因――ことを改めて思い返す。


 そう、なぜ『藤堂喜雨』が首縊島(ここ)にいるのかと言うこと。


 しかも、いた場所からしてこのホテルに泊まっている大半の『人間』と同じ目的である可能性が非常に高い。
 いや、それしか考えられなかった。
 それでもしかし、と蔵馬は思う。
 自分の知っている藤堂喜雨、そんなことをするだろうか、と。
 そして、あっさり否定してしまう。
 蔵馬は詳しく喜雨のことを知っているわけではもちろんない。
 挨拶や、必要最小限以外の会話があるわけではないし、ただのクラスメイトと言うのが一番ぴったり来る。そんな関係だ。
 それでもこんなところ――妖怪が殺しあう大会――を好んで見に来るほど、趣味が悪いとは思えない。
 それに何よりここには闇社会に関わる人間か、その人間に雇われた妖怪たちしか来ないはず。
 人間界で普通の高校生として暮らしている喜雨が、なぜこんなところにいるのか――来ることができたのか、蔵馬には分からなかった。


 ――――――まさか、喜雨の父親がその闇社会に住む人間だとは、さすがの蔵馬でも考えが及ばなかった。


 自身の疑問に答えることなど結局出来ずに、蔵馬は一度それを考えることを止めた。
 何より明日は第一試合から出なければならない。
 少々寝ずとも大丈夫だとは思うが、慢心してはいけない。どんな奴と戦わなければならないか分からないからだ。
 とりあえず蔵馬は喜雨のことは考えないことにした。
 どんなに考えても、喜雨をクラスメイトと言う点でしか知らないのだから、答えが得られるはずもない。
 必要であれば、この島に来ているであろうコエンマに調べてもらうことも出来る。
 ――――――さすがに喜雨の立場が分からない以上、その知り合いである自分が動くのは、主催者側に知られるのは、どちらにとっても良いことなどないと蔵馬は考えた。



 そしてそれが本当のことになるなど、今の蔵馬は考えもしなかった。



 ただ自分の考えに納得した後、蔵馬は眠りについたのだった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子