鳥籠姫 8

 翌日。
 天気は快晴。
 ――――――イヤになる程に。
 まあこの時期にどんよりした天気なんてあまりイメージできないから、この天気でも仕方ないのかもしれない。
 そんな中、


『皆様、大変長らくお待たせいたしました!! ただ今より、1回戦第1試合の選手入場です』


 実況兼審判の元気な声を、私はVIP席から聞いていた。


『暗黒武術会、開会いたします!!!』


 そう実況の妖怪が言うと、さらに観客席からの叫び声が大きくなった気がする。
 そして、そんな中でVIP席での金持ちたちの会話に気持ちが悪くなる。


 …………どうして……そう、なんだろう。


 非常に不快で、理解が出来なくて。
 でも、それでも私はここから出て行くことが出来ない。
 幸い嫌な会話をしていた連中とは席が離れていたから――私の席はVIP席の一番端――良かった様なものの……。
 内心でため息をつきながら闘技場を見ていると、第1試合の六遊怪チームと……浦飯チームが出てきた。


(…………南野君)


 どうしてこんな大会に出ているのか、まだ疑問が残る。
 これから先の試合、見たいような見たくないような、そんな気持ちがぐるぐると私の中を巡っていた。外には出さないようにしていたけれど。
 そんな私の視線の先に、南野君は緊張した様子もなくいる。
 もっとも、誰一人として緊張している出場者はいなかったけれど。
 …………寝ている子もいるし。
 その子には呆れてしまう。
 そんな感想を持っていると、各チーム代表の話し合いの結果、戦い方が決められた。
 1対1の勝った人数が多い方、と言うことだった……。無難ではあると思うけれど。


 そんなわけで始まった先鋒の試合。
 浦飯チームは桑原和真という人間。六遊怪チームは鈴駒という妖怪だった。
 最初のうちは桑原という子が殴って鈴駒という妖怪を押していた。
 それに対して、周りからは妖怪に文句が出ていたけれど、すぐに形勢が逆転した。
 それからは道具が双方から――桑原という子はちょっと違うけど――出て、それでも鈴駒のほうが押し気味のような試合展開になった。

 でも最後にはどちらも場外になってしまっていた。

 審判のカウントを取る声が響く。
 けれど、鈴駒のほうはすぐに立ち上がる。
 そしてその後桑原という子も立ち上がろうとする……けど、鈴駒のヨーヨーに阻まれ、10カウント負け。
 文句を言っていたけれど、命があっただけ良かったと思う……。





「おやおや、死にませんでしたな」
「ま、そう簡単に死なれても楽しくありませんから」
「それもそうですな」





 VIP席の会話は聞かなかったことにしたい。


 ――――――無理だけど。










『次鋒、前へ!!』

 その言葉に、南野君が出て行く。
 相手の方も出てきたけれど……力の差がありすぎる。
 これなら大丈夫かなと、安心できた。
 それより、ここでようやく南野君が『蔵馬』という名前であることが分かった。
 それじゃあ、もう一人の妖怪が『飛影』か……。
 ようやく疑問だったことのひとつが解決した。
 それにほっとしている間にも、試合は進んでいく。
 これならすぐに終わる。南野君は、怪我をせずにすむ。死ぬことなんて……。
 そう安心したとき――――――。



「ぇ……」



 急に南野君の動きが鈍った。それに私は無意識に小さな声を出して、慌てて口をつぐむ。
 その間に呂屠と言う妖怪の鎌が南野君を傷つけていた。
(…………)
 膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。
 偶然見えた呂屠の口。
 ちょうど、『母親の命はあずかってる』とかたどったのが見えた。

 南野君が、ただ攻撃を受けるだけの理由が分かった。


(なんで……こんなこと…………)


 妖怪に正々堂々と言う言葉はないだろうと言うのは分かっているけれど。
 だからと言って……


 母親を人質に取るなんて。


 ――――――酷すぎる。


 そう思っても、これは暗黒武術会。
 南野君はゲストチームのメンバー。
 何をしても許されるんだ、相手チームは。
 考えれば考えるほど酷い。
 これ以上見ていると、周りに震えているのがばれてしまう。
 そうならない様、私はさらに握っている手に力を入れる。これ以上力を入れたら確実に血が出る。そういうところまで……。

「…………!?」

 突然呂屠が動きを止めた。
 流れからすると、南野君が何か仕掛けたようだけれど……ここからじゃ、何があったか分からない。
 けれど、次の瞬間。


「うぎゃあ――っ」


 そんな叫び声をあげた呂屠の体からは、何かの植物が噴出してきた。
(うわっ……)
 かなり残酷な様子なのに、そこから咲いた花は結構綺麗だった。
 そして続いた南野君の勝利だと言う審判の声にほっとした。
 …………さっきまで、南野君が傷付けられているのを見て握っていた手も、今は力が抜けている。
 そんなことを考えていて、ふとどうして植物が生えてきたのか疑問に思ったけれど、すぐに南野君のせいだと気付く。と言うより、気付かない方がおかしかったのだけれど。
(と言うことは、南野君って植物を使うの?)
 目の前の光景を考えると、そうとしか考えられない。
 でも、どういう使い方をするのか。
 その辺りのことにまったく明るくない私には、不思議で仕方がない。
(まあ、これから見ることになるんだろうから、今知らなくても良いか)
 遅かれ早かれ、知ることになるのは間違いないだろうと思う。
 ここで、一度も戦わずに済むなんてこと、ありえないから。
 さっきまでとはまったく違う心境で、そんなことを考えた私。
 南野君が無事に――怪我はしたけど――勝ったことで、まともに試合が見れるようになったみたいだった。


 単純。


 自分でそう思う。
 ゲストチームが負けるのは……人間が殺されるのは見たくない。
 けど、それより何より南野君が無事であって欲しいと、そう思ってしまう。





 そうこうしているうちにも、試合は進んでいく。
 次の中堅は両方とも炎を扱う妖怪同士。
 ただ、飛影と言う妖怪は真っ黒な炎を使った。
(……魔界の炎?)
 よくは知らないし、見たことすらない。だから正確には分からないけれど、でもあの禍々しさはそうとしか思えない。


 そして次の試合。
 その前に色々トラブルがあったみたいだけれど、誰一人として気にしてはいないようだった。
 まあ……うん。あんな反応だったらそうかもしれない。
 あくまで、予想だけれど。
 六遊怪チームの二人が補欠に殺されて、その補欠が代わりに次の試合に出る。
 そしてゲストチームは浦飯幽助と言う人間。
 ……二ヶ月くらい前に映像で見たときよりも、数段強くなっているのが分かる。
 それでも……


 相手は酔っ払い。


 や、関係ないけれど。
 何か嫌な感じがする。
 でも、その嫌な感じがする妖怪は今までの六遊怪の中で、一番大丈夫そう……。
 この場合『嫌な感じ』ではないんだろうけれど……他に、言いようが……。
 そう思っていると、その妖怪――酎――と浦飯幽助の変なやり取りの後に、試合が始まる。


(今までで、一番楽しそう)


 殺し合いが楽しそうなんて思えないけれど、今見ている試合はただの『殺し合い』ではなくて、戦いたいから戦う、そんな試合に見えた。
 だからかもしれないけれど、二人がナイフを突き刺したその前に片足を置いての殴り合いも、別に目をそむけたくなったりはしなかった。
 それでも浦飯チームが負けるとどんなことになるか大体のところ予想できたから、そんなことにはなってほしくないとは思ったけれど。










 結局、第一試合は浦飯チームが勝った。
 あの後、両者が頭突きで勝負を決めようとして――――浦飯幽助が勝った。
 それは良いのだけれど、その後の観客の妖怪たちの罵声には呆れた。
 あれだけ応援しておいて……。
 まあ、それは人間にも決してないとは言いきれないところだから、何とも言えないけれど。
 それでも浦飯幽助の怒鳴り声と、そのあと見せた浦飯チームの雰囲気には驚いた。
 敵として生命を懸けて戦っていたのに、終わった後にはそれまでの事なんか気にせずにあんな雰囲気を出せる。
 簡単には出来ないことだと、そう思った。
 それをまだ中学生くらいの人間がしたことに驚いてしまう。










「喜雨」
「……何?」

 あれから、今日の試合は終わった。
 何でゲストチームが出る試合だけなんだろうと思ったけれど、まあ……運営側の利益云々のためだろう。
 すぐにホテルに戻って、部屋でくつろいでいると父親が来た。
 何を言われるのか構えていると、思ってもみないことを言われる。

「あの蔵馬と言う妖怪、知っているのか?」


「え?」

 どきりとした。
 何とかそれがばれないように平静を装って言う。
「――――何のこと?」
「あの妖怪が怪我をした時、お前は平静を装ってはいたが、動揺していただろう?」
「…………」
「それに、昨晩のホテルのロビーでゲストたちがやってきたときにも驚いていただろう?」


 その時には何に驚いているか分からなかったが、今日の試合で分かったぞ。


 そう言う父親を私は睨んで言う。
「分かっていたの?」
「もちろんだ」
「っ……」
 ある意味一番知られたくない人間だった、父親は。
 もしばれれば、どうなってしまうか……。


「それで、奴とはどういう関係だ」
「別に」
、素直に言っておいたほうが良いと思うぞ。奴がどうなっても良いなら別だが」

「止めて!! 彼には手を出さないで!」

「――――――」
 父親の言葉に、私は真っ青になった。
 父親は闇社会の人間だ。
 どんなことをするか、分かったものじゃない。
 簡単に言われた言葉でもそれを軽く見てはいけない。
 南野君が、今日の試合で母親を人質に取られていたことを考えればなおさら。
 彼が傷付くところは見たくない。
 そう思うと、私は叫んでいた。
 それを父親は静かに見ていて、沈黙した後に言う。
「それなら、なおさら言っておいた方が良いぞ」
「っ……ただのクラスメイトよ」
「高校のか?」
「そう」
「…………なるほど」
 そういうことか。
 そう言うと、父親は何か考えている風だった。
 けれど私は、父親が南野君に何かしないか不安で仕方がない。
「彼との関係を言ったんだから、彼には手を出さないで」
「……ああ」
「約束してよ」
 ――――――
 ふ……。
 私の言葉に、父親は笑うと「もちろんだ」と言った。
 それだけでは決して安心は出来ないけれど、それでも気休めくらいにはなる。


「ただし――――」


 内心で、少し安心した私に父親はそんなことを言って、私を構えさせる。
「奴と知り合いだと言うことは、決して他の者に知られないようにしろ」

 もしばれれば、どんなことになるか……。

「分かってる……」

 だから父親にも知られないようにしていた。
 闇社会の人間は何を思いつくか分からない。
 だからこそ、父親にすらばれないようにしていたんだ。その努力は結局、私自身のせいで無駄になったけれど。
 それでもまだ何を考えるか分からない人間は大勢いる。
 そいつらにまで、知られるわけにはいかない。


 ――――――絶対に。


 そんな決心をした私を父親は目を細めて見てから、それだけが用事だと言って、部屋から出て行った。





 残された私はというと、これからどうすれば良いのか、どうすれば南野君との繋がりがばれないで済むか悩み始める。





 隠し通すことには自信があったのに、父親のおかげでもろくも崩れ去ってしまった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子