鳥籠姫 10
新たに組み合わせが決定し、配布された試合表を私は手にしている。
「さすが……ゲスト」
もちろんこの場合、良い意味ではない。
ゲストチームは今回、勝ち進んでいけば一番多くの試合をすることになる。
……まあ、この傾向は今回だけに限ったことではないだろうけれど。
VIP席の椅子に座って、そんなことを考える。
今日の第一試合は浦飯チーム vs Dr.イチガキチーム。
その選手たちがリングに上がっているけれど……
(南野君たちは……?)
どちらも二人足りない――Dr.イチガキチームは四人いたけれど、イチガキは補欠だから換算しない。
どうしたのだろう……。
何か、あったんだろうか?
そんな疑問が浮かんだけれど、理由なんてまったく分からない。考えても、そうそう簡単に分かるわけもない。
南野君だったら、それほど心配ないだろうと思って私は試合観戦に集中することにした。
南野君や飛影と言う妖怪よりも心配なのは、浦飯、桑原という人間二人。
彼らは南野君たちよりも力の使い方が下手だから。
始まった試合は三対三。
チームプレイが要求される方法だけれど、どう見たってDr.イチガキチームの三人の方に分がある。
さっきイチガキが言っていたことを考えれば、コンビネーションも操られての結果なんだろう。
本当に、“機械”と言ってもいいかもしれない。
それに対して、浦飯チームはどうしても上手く相手と戦うことが出来ないでいる。
対戦相手が操られた人間と言うことで、攻撃が出来ないのがひとつ。
そして相手の攻撃に簡単にやられているから、もしかしたら相手の霊気自体が見えていないのかも……そうなると、ますます勝てる確率が低くなってしまう。
大丈夫なんだろうか。
ゲストが負けてしまったら、その後はどのチームが負けるよりも悲惨なことが待っているのに。
それより何より――――イチガキのしたことが、簡単になかったことにされてしまう。
『な、なんと今度は空からDr.イチガキチームのメンバーがふってきました。そのままフェンスに激突――――!!』
!!!!
びっくりしていると、観客席のところからまた大きな音が起こった。
その方角を見ると……なんだか大きなロボットが――――――。
(あ、南野君だ……)
きっと、ガラスの向こう側はピリピリした空気が流れているんだろうけれど、南野君が無事に会場に着たことの影響か、私はのんきなものだ。
イチガキに操られている人間三人と、まだ決着が付いていないのにもかかわらず。
それを思い出して、南野君の言っている言葉を理解するように見ると――――――
(――――――最悪)
三人の師匠の病気を治すのを条件に“実験体”にするなんて。
しかもその師匠の病気自体、イチガキが仕組んだことだったなんて。
妖怪に言うことじゃないのかもしれないけれど、それでも…………言いたい。
「下種」
「どうした、喜雨?」
「…………別に」
そう言えば、父親も一緒だったんだと思い出した。
別に隣の椅子に座っているわけではないから、気にも留めていなかった。
そんな私を父親は妙な笑みを浮かべて見ている。
…………こういう時は、無視するだけ。
そうすれば、父親は諦めて試合観戦に集中する。
結局。
試合自体は浦飯チームの勝利で終わった。
途中、桑原という子がイチガキチーム三人からの攻撃をわざと受けて重傷をおってしまったけれど。
さすがにこれには閉口してしまう。
いくら彼らに目を覚ましてほしいとしても……何を考えているんだと思わずにはいられない。
それが、彼の性格だとしても――――――。
でもまあ、結果的にそれが全ての理由ではないにしても、三人は正気に戻ったから良いのかもしれない。彼らの師匠も無事だったようだ。
結果論、ではあるけれど。
『皆さんお静かにお願いします。ではこれより2回戦を行います!!』
「えっ?」
『2回戦。浦飯チーム vs 魔性使いチーム』
「連戦!?」
「……何を驚いているんだ、喜雨。ゲストチームなのだから、当たり前だろう?」
その言葉に父親を振り返れば、呆れたような表情をして座っている。
「…………」
「どんな立場であろうと、ゲストと言うだけで特別扱い。……それはお前も理解していると思っていたが?」
「……分かってる」
言われなくても知っている。
けれど南野君がゲストチームにいることを知ってから、私はそのことばかりが頭にあって、他の事柄が抜けてしまっている。
(まずい……)
それは絶対にあってはならないこと。
いくら南野君がいるとしても…………いや、余計、常に頭の中になければならないことだ。
審判の言葉で乱れた気持ちを落ち着ける。
この状態がいつまで続くかわからないけれど、それでも今は……。
「さすがだな、喜雨。もう落ち着いたか」
「別に、それほど感情が乱れたわけでもないから」
「そうか…………」
低く、笑って父親は面白そうにリングを見る。
私はそれを無視して、同じように目を向ける。
ちょうど、魔性使いチームが入ってきたところだった。
これで終わりかと思ったゲスト扱い。
でも、そう考えた私は結構甘かったことが分かった。
この試合、運営本部の“メディカル・チェック”と言う名の隔離。
飛影と言う妖怪と覆面をした女性がその対象になってしまった。
「どこまでも……ゲスト――――――」
「――――――あれは豚尻が仕組んだらしいがな」
「え……?」
誰に聞かせるわけでもなく小さく呟いた言葉を父親はちゃんと聞き取っていた。
私に言った言葉は、呆れる様なことだった。
――――――豚尻って言えば……。
「豚尻って……魔性使いチームのオーナー……」
「そうだ……勝つためならあいつは何でもするぞ」
「…………」
そうでしょうねとは言わなかったけれど、言わなくても私の表情から分かったみたいだった。
面白そうに笑みを浮かべている。
そんなのを目にすると、ため息が出てしまう。
豚尻はB・B・Cのメンバーではないけれど、闇社会の人間。
あまり良い噂を聞かない。――――まあ、闇社会に生きる人間に良い噂も何もあったものではないけれど。
それに、性格も……ね。
そんなことを考えながら眉間に皺を寄せる私に対し、父親は涼しい表情をしている。
これが普通だと理解している。
どうせ父親にとっては他人事。そんな反応も、決してここでは変なものではない。
私の反応の方が変わっているんだ。
――――――いや、でも私にとっても他人事になる。目の前で起こっていることは。
ただ、クラスメイトの南野君が参加していると言うだけ。
それだけ。
それに歯がゆい思いをしながらも、何も出来ない私の視線の先では南野君の試合が始まろうとしていた。
– CONTINUE –