鳥籠姫 12
今日の準々決勝は終わった。
準決勝は明後日で、どう考えても南野君たちは連戦の必要はなかったのだけれど……まあ、それはゲストだから……。
使いたくないけれど、これしか理由はない。
「…………疲れた」
部屋に戻り、今はお風呂に入っている。
湯船にゆっくりつかると、そんな言葉が私の口から漏れた。
別に何かしたわけでもないのに。
ただ、試合観戦をしただけなのに…………この疲れは何なんだろう。
考えられるのは精神的なものしかない。
あの、なんともいえない状況がプレッシャーになったのかもしれない。
まああれで何も感じないのは本当に闇社会に染まっている人間だけだろう。
そんなことを考えながら、その場で伸びをする。
精神的なプレッシャーが体にも影響を及ぼしているのか単に運動不足なだけか、ところどころに小さな痛みを感じてしまう。
大したこともないから気にもしないけれど。
「はあ……」
お風呂から上がって、部屋へと戻るとそのままベッドへ倒れこんだ。
それからごろごろと……理由もなくベッドの上で動き回る。
理由なんてホントになくて、ただ、なんとなく……。
そのなんとなくも時間が過ぎれば飽きてきて、今度はベッドの真ん中で仰向けに横になった。
「…………」
することもなくなって思うのはやっぱり今日の試合。
そして南野君のこと。
試合中にあれだけぼろぼろにされてたけれど、それでも試合終了後には浦飯幽助と言う子に支えられて、自分の足で会場を出て行っていた。だからそれほど心配しなくてもいいだろう。
――――――南野君は、妖怪なんだから。
あまり心配しても逆に失礼だろうな。
そんなことを思っているとふと、思い出したくないことを思い出してしまった。
南野君たちの試合が終わったあと、次の試合まで時間があった。
その時に試合中の自分の行動について父親に何か言われるんじゃないか、そんなことを思って一旦VIPルームを出た。
そして会場の外を歩いていて見た光景。
――――――南野君たちが、女の子や女性たちといるところ。
三人は人間で、一人は妖怪。
もう一人は……よく分からない。
感じたのは霊気だけだから、妖怪じゃないのははっきりしているけれど。でも、人間じゃない気がする。
そうすると考えられることは――――――。
と、そこまで考えたら少し胸が痛んだ。
青い髪の女の子が人間じゃなくて……妖怪でもなく別のものだと言うことにじゃない。
あそこにいた女の子たち……ちらりと見ただけだけど、それでも分かることはある。
はっきり決まったわけではないけれど――――――もしかしたら。
なんて。
南野君の近くに一緒にいる子はいなかったから、そんなことはないのかもしれない。
想像でしかないけれど。
――――――そう、私の願望でしかない。
本当のところは分からない。
私はその後すぐにその場を離れたから、南野君がホテルへと戻るところまでは見ていない。
だからその時どんなやり取りが彼らの間で行われたのか知らない。
そんなあいまいなことで判断なんて出来るはずもない。
でも、そう判断してしまいたい自分がいる。
そんな自分が大嫌いだけど。
きっとこんな自分性格は直らない。
南野君のことが好きじゃなくなるまで。
『…………喜雨』
誰かが、私の名前を呼んだ。
『喜雨。……………………喜雨』
誰だろう。どこかで聞いたことある気がするんだけど。
――――――誰、だっただろうか。
『――――――喜雨』
優しい声。
優しい、女のひとの――――――。
『喜雨』
「おかあ……さん」
ようやく声のした方向が分かってそっちを向くと、そこには私のお母さん。
どうして気付かなかったんだろう。
忘れちゃいけないひとなのに。
忘れたくない声なのに。
『喜雨』
「お母さん……どうして」
そんなことを言いながら、ああこれは夢だと思った。
だってもう二度と会えるひとじゃないから。
――――――お母さんは、死んでしまっているから。
もう何度も何度も考えたことをまた考えている私に、お母さんは昔と変わらない笑顔を見せる。
…………お母さんの笑顔を覚えていたことに、私はほっとした。
笑顔まで忘れてしまうわけにはいかない。
『喜雨…………』
私の名前を呼びながら、お母さんは私に両手を伸ばして頬に触れる。
暖かいその感触にほうっと息を吐くと、お母さんは笑った。
そして私に顔を近づけると小さな、本当に微かな声で言う。
『喜雨―――――― 』
「お母さん?」
あまりにも小さくて、こんなに至近距離なのに聞こえない。
お母さんの目を見ていたから、唇を読むことも出来なかった。
ぱちっと音がしたかもしれないなと思いながら目を開ける。
そして目に入ってきたのは真っ白な天井。
――――――私が宿泊している首縊島のホテルの天井だ。
「……夢…………」
内心、ああやっぱりねと思っていたけれど、それでも少し残念に思う。
夢でもいいからもう少しお母さんと一緒にいたかった。
あれからもう……十年くらい経つのか。
「……それにしても、お母さんの夢なんて何年ぶりだろう」
しかもお母さんとの思い出じゃない夢なんて見た記憶がない。
そんな思い出だってあまり残ってはいないけど。
病弱だったお母さんとどこかに出かけたとか言う思い出はない。
本を読んでもらったとか、お母さんの子供の頃の話を聞いたとか、そう言うのばかり。
それでも幸せだった。
もう、二度と叶わないことだからなおさら。
そんなことを考えながら時計を見ると、お風呂から上がってそれほど時間は経っていなかった。
ベッドでごろごろしている間にうとうとしていただけのようだ。
これ以上ベッドにいたらそのうち寝てしまって、真夜中に起きる羽目になりそうだったから私はベッドから抜け出した。
夕飯も食べなくちゃいけない。
それも父親と。
折角お母さんの夢を見れたのに、なんで今度は父親会わなければいけないのか。
そんなことを思いながら私は身支度をする。
そう言えば、お母さんはなんと言ったんだろう。
それが分かればよかったのかもしれない。
けど、もうどうしようもない。もう分からない。
もし、お母さんが生きていたら……どうなっていただろう。
そんな考えても仕方がないことを思ってしまう。
「…………喜雨」
窓の外を見ながら、藤堂は娘の名を呟く。
思い返すのは今日の浦飯チーム対魔性使いチーム戦での娘の反応。
あの時の喜雨の姿は、嫌でも喜雨の気持ちが分かると言うもの。
――――――分からなければおかしいだろう。
「――――――私に、何が出来るだろうな」
娘の、喜雨の気持ちを考えると――――――。
呟いた言葉に込めたもの。
けれどそれが喜雨自身に伝わることは決してないだろうと藤堂は思っている。
それだけのことを喜雨に、そして彼女の母親に対して自分はしてきたのだから。
喜雨は自身のことはまだしも藤堂が自分の母親にしたことを許しはしないだろう。
それが結局のところ、自身の存在の有無に関わることになろうと。
「――――――私は、どうすればいいんだろうな」
喜雨に言った時間が近付いていることに藤堂は気付き、それ以上考える暇はなかった。
すぐに喜雨は不機嫌な顔で自分の前に現れるだろう。
自業自得のこととはいえ、それが何よりも辛かった。
――――――喜雨の母親が死んだ時と同じくらいに。
– CONTINUE –