鳥籠姫 13

 とうとう準決勝の日。
 私と父親は二人、VIP席に座って試合開始を待っている。

(…………変な感じ)

 私はリングを眺めながら、朝から感じている感覚に内心で首を傾げた。
 朝起きたときからずっと感じていて……こんなこと今までなかったから、不思議に思ってしまう。
 私はお母さんとは違ってカンは働かないほうだから、何かの予兆ではないと思うんだけど……でも、何でこんなに気になるんだろう?


『準決勝第1試合選手入場しまァーす』


 準決勝から審判が変わって別の女の子がリング上に立っている。
 その審判が言うと、扉が開いて選手が入ってきた――――――。
「あれ?」
 浦飯チームを見ると三人しかいない。


 浦飯幽助と言う子と、覆面をした人がいない。


 試合放棄はしそうにない……特に、浦飯と言う子は。
 六遊界チームの酎と言う妖怪と、魔性使いチームの陣と言う妖怪。彼らと戦ったときは楽しそうにしていたから……まあ、他には楽しんでいない試合もいくつかあったけれど。
 それでも基本的に戦うことが好きそうな子であるように感じた。
 そんな彼が来ないなんて、不思議で仕方がない。


 そんなことを思っている間にも、試合形式は決まったようだ。
 サイコロで対戦相手を決めると言う……運が決める方法。
 ――――――まあ、よくあんなもの用意しているなと思ってしまう。
 そして最初の試合。
 飛影 vs 魔金太郎。
 勝負は一瞬だった。
 …………実力が違いすぎる。
 そんな試合だった。



 第2戦はまた飛影 vs 黒桃太郎。
 第1戦よりはてこずっていた。
 何度か黒桃太郎の性質に飛影は何度かやられていた。
 それは今までの試合では見ることのなかった状態で。
 こういうこともあるんだなと……そんな少し感心したような思いだった。


『邪王炎殺剣!!』


 最後は炎の剣を出した。
 それで黒桃太郎は真っ二つ。
 飛影の勝利だった。


 ――――――けれど、飛影のほうもただではすまなくて、深い怪我を負ってしまっていた。
 しかも利き手の肩が一番ひどい。
 このままでは、これ以上の試合はしない方がいいんじゃないだろうか。


『黒桃太郎選手、戦闘不能とみなし飛影選手の勝利とします』


 その審判の言葉にまた思考に入ってしまう。



 2戦が終わっても、何だか変な感じが続く。
 どうしてか、理由の分からないものが気になっている。

 そして、その感覚がだんだん強くなっているような……そんな感じがする。

 それでもそれが何かなんてまったく分からない。
 予想も出来ない。
 だからなぜか不安だけが募っていく――――――。





『第3戦。蔵馬 vs 裏浦島選手!!』


 そして、南野君の試合。

 互いに似通った武器を使った物同士だった。
 お互いにその性質は分かっているだろうから……どういう風になるのか。
 どちらが先に仕掛けるのか。
 それが――――――
「…………っ」

『どうやら蔵馬選手、敵の奸計にはまってしまったようです!!』


 とうとう本性を現したか裏御伽T!!


 試合を見ていた私はその光景に息を呑む。
 南野君は裏浦島に……追い詰められていた。
 しかも知らないうちにリングの周りには結界が張られている。
 まあ、普通の妖怪同士の戦いだと思えば奸計はありふれたものだろうけれど。
 南野君は……優しいから。


 そんなことを考えている間、なぜか変な汗が出てくる。


 さっきまでの“変な感じ”が今度は“嫌な感じ”――――でも、なぜかそれを望んでいるような、そんなわけの分からないものに変化していた。
 一体何があると言うのか。
 私のカンは当たらない。
 じゃあ、これは何だろう。

(――――――本能?)

 そう思った瞬間、裏浦島が持っていた箱の蓋を開けた。


『てめェは胎児にまで戻してやるぜ!! グチャミソにつぶしくさってくれるァ――――!!』


 結界の中が真っ白な煙で覆われていく。
 中では何が起こっているのかまったく分からない状況に、観戦している妖怪たちからは文句が出ていた。
 でも私はそんなの気にしてはいられない。
(……妖気が)


 南野君の妖気がだんだんと弱くなっていくから。


 力を使い切っているとか、そんな感じじゃない。
 だんだん、昔の妖気量になっている――――つまり時間が逆行していると言った方がぴったりだろう。


 そして、そんな中で南野君の妖気が――――――消えた。


「うそ……」
 完全に消えたと言うことはつまり……死んだと、言うことになる。
 でなければ、完全に消えるなんてこと、ありえない…………。
 と、


 ドクッ!!


「っつ!!」
 急に心臓が大きく鼓動した。
 驚いて、私は胸元を掴む。
 けれどそれでも収まらない。
 ――――――いや、収まらないどころかどんどんそれは強くなる。
 それと同時に変な汗も大量にかきだして。
「っう……」
 上半身を前に倒してしまう。
 そんな私の様子にようやく父親は気付いたようだ。
「喜雨、どうした!?」
 父親は私を支える。
 けれど私はそんな父親の方は見ずに、ただリングを見ていた。
 そこからはさっきまでまったく感じなかった大きな妖気が……多分、今大会出場者の中でもこれほどの妖気を持っている妖怪はそんなにいないだろう、そんな大きなものが感じられる。

(南野……君?)

 誰のものかと言えば、彼しか考えられないのだけれど。
 それでも信じられないほど強いそれに目がそらせない。
 私の心臓も相変わらず大きく鼓動を続けている。


 どうして?

 なぜ?


 その理由も分からないまま見ているだけで。
 いい加減辛くなってきた。
 と、

「結界が……」

 裏御伽チームのひとりが刀を投げつけると、その結果いはいとも簡単に破れた。
 そしてだんだんと煙がなくなっていき、そこに妖怪の姿が――――――


「え?」


 胸を押さえていた手を下ろしてしまう。まだ、鼓動は収まらないのに。
 それでもそうしてしまうような光景がそこにはあった。
 少なくとも、私はそうしてしまう。


「う、うそ……」


「喜雨?」


 呆然と見る私を、父親は不審に思ったようで、私の視線の先を見た。


「なん……だと」


 そして私と同じように、信じられないものを見たという声を出す。
 いや……その表情も信じられないと言う顔をしている。
 そう、そこには本当に私たちにとって信じられないものがいた。
 どうしてそこにいるんだろうというものが――――――


「なぜ……だ。なぜ――――――」


「どうして――――――妖狐が……」


 父親の呟きに続き、私が呟く。
 驚いた声で。
 信じられないものを見たときの声で。
 声が、震える。


 二人とも思いは一緒だった。


 なぜ目の前にあの妖怪がいるんだろう。


 ――――――背の高い銀髪の、妖狐が。


「あ……」
 すると、さらに信じられないことにその姿が変わっていく。
 だんだんと。
 だんだんと、赤い髪を持った妖怪に。
 私の良く知った妖怪に。


 南野君に――――――。


「うそ……南野君が……」
「あいつが、妖狐だと言うのか」
 私たちは目の前の出来事を素直に受け入れることが出来ないでいる。
 ただ、なぜだと、どうしてだと、そんなことばかり。
 でも目の前で起こっていることは間違えようがない。
 私は心臓の鼓動が別の意味で強くなった。


 南野君の正体が、妖狐、だったと言うことで――――――。


 試合はまだまだ続く。
 けれど、私たちはまだリング上に見た妖狐の姿を――――南野君を見ていた。





 準決勝第1試合。
 勝者、浦飯チーム。

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子