鳥籠姫 14

『決勝は2日後の正午ちょうどに開始します』


 実況の言葉を聞いてから、私は席を立った。
 けれど……


『喜雨、お前は試合を見ていろ』


 そう言って、私よりも先に父親は部屋を出て行った。
 私が言おうとした言葉は何も言わせなかった。
 さっき目の前で起こったことに動揺するのは分かるけれど、次の試合を見ないでいるようなものなのだろうか。
 私だったらともかく。
 そんなことを思って私も部屋を出ようかとも思ったけれど、なんとなく席を立つことが出来なかった。
 別に見なくても父親に嫌味を言われると言うことはないだろうとは思うけれど……。
 理由なんて分からないけれど、私は部屋に残った。


 そして、次の試合。
 感想――――――最悪。
 妖怪だなと、私の中の妖怪のイメージそのままのことを戸愚呂チームの三人はしていた。
 あとは、相手チームが彼らとの実力の差がありすぎただけという気もしてくる。


「まあ、いいや……」


 今から出て行っても、他のVIP席で見ている金持ち連中と会うこともないだろうと思って部屋を出る。
 案の定もうほとんど残っている観戦者はいなかった。
 ほっと安心して会場を後にする。
 今誰かに会いたい気分じゃない。
 それが知っているもの知らないものに関係なく。
 だからかもしれない。父親が出て行った後に私も部屋を後にしなかったのは。
 VIP席ならば、呼ばない限り誰も入ってこないし……。





「…………何!?」

 と、会場を出て少ししたとき。
 急に大きな……妖気が辺りに流れてきた。
 その方向を向けば、そこにはただ森が広がっているだけのはずの方向。
「何なの……これ…………」
 少なくとも、こんな禍々しい……とでも言うのだろうか。こんな妖気はここに来て初めて感じた。
 南野君の妖狐の姿を見た時とはまた違った嫌な汗が出てくる。
「…………っ」
 息を呑んで、これ以上ここにはいれなくて、私はその場から急いで離れる。
 それでも、ホテルまでの道を走っていても感じる妖気。


 だんだん、恐ろしくなる。
 こんなにホテルまでの道は長かっただろうか。
 そんなことを思ってしまうほどに。


 ようやくホテルに着いて部屋に入ると、息が上がっていた。


「はあ、はあ。はあ…………」


 胸に手を当てて息を整えようと必死になるけれど、なかなか収まってくれない。
 それに……心臓の鼓動まで大きい。
「っ……」
 ずるずると扉に寄りかかりながらその場にうずくまる。
 もう既にあの妖気は感じられない。
 けれど、それでも収まらない。
「なんで……」


 おさまって。

 もう、大丈夫なんだから。


 そう思いながら、私は落ち着くまでただただそのまま――――――。










「――――――電話?」

 どれだけ時間がたったのか分からないけれど、電話の鳴る音に気付いた。
 顔を上げると電話が鳴っていることを知らせるランプが光っている。
 取らないでいると……それでも切れずに鳴っている。
「はい…………」
 ゆっくりと電話に近付いて出た。
『喜雨』
「何……?」
『……今すぐに私の部屋に来なさい』
「――――――――――――――――分かった」
 いつもと違う私の雰囲気に気付いたのか、父親は少し間を置いたけれど、すぐに本題を言った。
 この時間になんだと思ったけれど、嫌だと言っても結局行かなければいけなくなることに変わりはない。
 一体何の用だと思いながら、部屋を出た。

 もう、さっきの妖気を感じる前と同じくらいには落ち着いていたから、今父親に会っても大丈夫だろうと判断したからでもあるんだけれど。
 そうでなければ、一応私の父親で、結構私の状態が分かる父親に会えるはずもない。
 何を言われるか分かったものじゃないから……。



 コンコン


 ノックをすると中から返事があって、少し経ってから扉が開いた。
「入りなさい」
 顔を出した父親は、そう言う。
「……」
 何も言わずに入った部屋は、私の泊まっている部屋と大して変わらない華美な部屋。
 まあ、大体VIP席に座っている人間はこういう部屋に泊まっているのだけれど。
 ただ、ソファーの前のテーブルの上には書類が積まれている。
 こんなところで仕事もないだろうに――――まあ、父親の正確な仕事を私は知らないけれど――――何をしているのだろうか。
 その側には電話まで置かれている。
 私が何を見ているか気付いたのか、父親は微かに笑っていた。
 ――――――何がおかしいのか分からない。
 けど、何か用があって呼び出したんだからと父親を見るとその表情を引っ込め、真面目な顔をして言う。


「喜雨、これから私が言うところへ行くんだ」



「――――――は?」



 何が言いたいのか。
 はっきり言わないから分からない私は、そんな声を出す私の様子を気にせずに父親はさらに言う。

「これから浦飯チームの蔵馬と言う妖怪のところへ――――――」




「失礼しますよ」




 父親の言葉を遮って、私の背後から声がかけられた。
 だから父親の言うことを完全に理解しないまま、私ははっとして振り返った。


「――――――左京さん」


 私は言ったけれど、その声はかすれていた。
 その後ろには……戸愚呂(弟)がいたから。
 そこから感じる妖気で分かった。
 今日感じた禍々しい妖気は彼のものだということに――――――。
 それが分かると私は無意識に少し後ずさりをした。
 それとは反対に、父親は私の前に出て、私を自分の背後に隠すような行動を取る。

 ――――――まるで私を彼らから守るかの様に。

 そんな父親の行動に混乱する私をよそに、父親は左京と戸愚呂に向かって言う。
「何の用ですか、左京さん。こんな時間に、しかも勝手に入ってくるとは」
 不機嫌な父親の言葉に、左京は低く笑う。
「そう、焦ることはないでしょう――――――既にあなたの考えていることは分かっているんだからね」
「なに?」
 私には分からない、でも父親のしようとしていることを理解している声に私は眉を寄せる。
 ただ、父親は私に背中を向けているからその表情は分からない。
 でも左京には見えているから……微かに笑っている。
 戸愚呂はサングラスをかけていてその表情ははっきりとは分からない。


 なんとなく……嫌な感じはするけれど。



「ここでは……気をつけていても情報は漏れるものですよ」



「なんだと?」
 さらりと言われたことに、父親は言う。
 その声音は何か気付いたような……少し焦った声をしていた。
「私は前回大会の優勝チームのオーナーですよ。……今大会の主催会場の決定権は私にある。ならば盗聴器などつけるのは簡単なこと」
「…………」
「もちろん、貴方たちが観戦していた部屋にもね。それどころか――――――この部屋にも」
「――――――っ」
 左京の言葉に、父親はぎゅっと手を握る。
 表情は見えないけれど、でもその内心は多分私にも分かる。
 私も――――きっと似たようなものだから。


 左京は私たちの試合観戦時の会話を全部知っている。


 浦飯チームと裏御伽チームの試合で妖狐を見たときの私たちの反応も。


 私が、南野君とクラスメイトだと言うことも――――――。


 考えれば分かることだった。
 選手たちや他の観客の部屋に盗聴器なんてつけないだろうけれど、ただ、私たちの部屋には――――――。
 それをするだけの価値が、私たちにはあるかもしれないとは昔から父親は言っていた。
 左京の他にはそんなこと思いつく人間はそういないだろう。
 けど、勘の鋭い左京なら……。
 お金をかけてでも――それ位するのに大して困りはしないだろうから――それなりの成果はあるだろう。


「何が目的だ」


 まっすぐに左京の方を見ながら父親は言う。
 それにもただ左京は笑うだけ。
 それに対し戸愚呂は一歩、前へ出てきた。
 私はそれを見て、無意識に一歩後ろにさがる。
「…………」
 だからと言って逃げる場所があるわけでもない。
 そんな私を見ながら左京は言う。




「そう、恐れることはない。――――――貴方たちには……特に藤堂さんはこれ以上私の計画を邪魔されるわけにはいかないのでね」




 言いたいことがわからない。
 けれど、そんな言葉だけで当の父親は意味が分かったんだろう。
 私を振り返りながら、叫んだ――――――


「喜雨、逃げっ…………!!!!」










「――――――ぇ?」










 私が見たのは、今までに見たことがない父親の表情。
 私のことを、心配した――――――。


 でもすぐにそれは視界から消えた。


 見下ろせば、そこには血にまみれた父親。
 いや――――――


「父、さん…………?」


 何も考えずに、声が出た。
 何が起こっているのか理解が出来ない。
 ただ床に血が広がっていく様が目に入る。
 そして見下ろした父さんの体からは生きているときには必ず感じる“気”がまったく感じられない。
 こんな状態にあるのは、死んだものだけ。


 そう、死んだものだけだから――――――


「なん……」


 なんで。
 そう言おうとした。
 けれど――――――



「ぅぐっ!!!!」



 急に息が出来なくなった。
 見れば戸愚呂が片手で私の首を持ち上げている。
 それだけしか分からない。
 何でこんな状況なのか分からない。
 何でこんなことをするのかが分からない。
 ただ、苦しい。


 苦しい、苦しい――――――




 私の意識はそこで途切れた。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子