鳥籠姫 15

「よかったんですか? 殺してしまって」


 戸愚呂は傍らに立つ左京に問う。
 声からは何を考えているかまったく分からない。
 そんな戸愚呂に左京は微かに笑う。
「構わん。藤堂にもう用はない」
 真っ赤に自身の血で染まった藤堂。
 左京の藤堂を見下ろす目は冷たい。
「それで……この娘は?」
 藤堂の傍らに倒れている喜雨を見下ろして戸愚呂は言う。
 視線の先の喜雨は――――微かに息をしていた。
 本当に微かに、だが。どうかするとすぐにそれは止まってしまいそうに弱々しい。
 そしてその首には絞められた跡。
 そんな喜雨は――――――


「確かに……微かに妖気は感じていましたがね、まさかこれが本当の姿だとは――――――」


 そう言った戸愚呂は喜雨の首を絞めているうちに彼女自身に現れたものに少し驚いていた。
 気を失う寸前、喜雨自身は気付いていないだろうが、喜雨の体に現れた変化。


「この娘の母親は――――――妖狐だったそうだからね」


 そう言って左京も喜雨を見下ろす。
 二人の視線の先の喜雨には――――髪の色と同じく真っ黒な獣の耳と尾があった。
「妖狐――――ですか」
「そう、浦飯チームの蔵馬と同じだ」
「…………偶然とはあるもんですねぇ」
「ああ」
 微かに左京は笑う。
 戸愚呂は驚いたようなことを言いつつ、表情に変化はない。
 何の感情もない。
 そんな言葉が合うような様子だった。








 蔵馬はホテルから少し離れた場所にいた。
 鈴木から貰った“前世の実”を前にしている。
 一見それを使うか悩んでいるように見えて、心は既に決まっている。

 ――――――これを使うしか、鴉に勝つことなど出来ないのだから。

 ただ、なぜか今すぐに試すことをためらっている。
 蔵馬自身にもその理由は分からないが……。


「ああ、ここにいたのか」


「――――――左京」
 急に声をかけられ振り返ると、そこには左京が立っていた。
 側には誰もいない。
 しかしどこからか見ているのだろう、妖気は微かに感じられる。
「戸愚呂チームのオーナーがオレに何のようだ」
 なぜこの場に左京がいるのか分からず、警戒心もあらわに蔵馬は言った。
 それに微かに笑って、左京は蔵馬の問いには答えずに言う。


「――――――藤堂喜雨」


「…………」
「知っているだろう? 今から行ってみるといい。面白いものが見れる」
 そして部屋番号だけを言うと、左京は蔵馬に背を向けた。
 そのまま歩き出した左京に向かって蔵馬は尋ねた。
「……なぜ、オレに言う」
「クラスメイトだろう……。それに――――――いや、これは直接見たほうが面白い」
 肩越しに言い、今度こそ左京は去って行った。

「――――――」

 何のために左京があんなことを言ったのか分からない。
 蔵馬と喜雨がクラスメイトだと言うことは簡単に調べがつくだろうから、それを左京が知っていたとしても不思議には思わない。
 ただ、何のために――――――それだけが蔵馬の中で不思議に思うことだった。
 左京は行けば分かると言っていた。
 しかし、いくらクラスメイトでも――――いくら喜雨が妖怪であってもVIP席に座っていた者の元に、簡単には行けない。
 純粋に戦いを楽しむ場所だから、それほど心配はないのかもしれない。
 だが――――――それでも何があるか分からない。
 もしもがあるかもしれない。


 そんなことを内心で考えはしたが、蔵馬はその場を離れる。
 向かったのはホテル――――――その、左京が蔵馬に言った部屋。





「――――――――――――」
 その光景を見たとき、蔵馬は絶句してその場に立ち竦んだ。
 部屋のあるところに血にまみれた人間の男の死体。
 そしてその側には気を失ったクラスメイト。
 しかしその姿はいつも学校で見るものとは違って、黒い獣耳と尾が生えた姿。
「そんなまさか……」
 その状況に目を見張りながら、蔵馬は喜雨に近付いた。
 近付いて喜雨の首に絞められた跡があるのに気付く。
 それに眉をしかめながらも喜雨が息をしているのを確認した。


「これが左京の言っていたことか?」


 そうとしか考えられないけれど、そう言わずにはいられない状況だった。


「まさか……喜雨さんが妖狐だったなんて……」


 今の喜雨の持つ耳と尾は間違いなく狐の耳と尾。
 それは昔、蔵馬も持っていたものだ。
 ただ、その色はまったく違うが……。
 そんなことを思いながら周りの様子を伺うと、ふと気付いた。
 喜雨から感じる妖気以外のもの……少しの霊気。
 そして側の死体に微かに、ほんの微かに残った“気”が似ている。
「と言うことは……親子か?」
 前々から喜雨からは妖気と霊気の二つを感じていたから、両親の一方が妖怪でもう一方が人間だと言うことは分かっていた。
 しかし今回、どうやら人間だったのは父親のほうだと分かった。
 そして同時になぜその父親はここで死んでいるのかと思う。
 喜雨にはほとんど血がついていない。
 そしてわざわざ左京が蔵馬に会いに来たところを見ると、左京が関係しているのは明らか。
 直接手を下したのは……戸愚呂チームの誰か。
 死体の状態を見ると、恐らくではあるが戸愚呂(弟)だろう。
 そんなことを考えながら、これからどうしようかと思う。
 喜雨をこのままにはしておけないとは思う。
 いくら喜雨がここにいる理由が分からない状況とは言え、放っておくことは出来なかった。


 クラスメイトだから。


 そんな理由が通じるかは分からないが。蔵馬はそんなことを思いながらこれからどうすべきか考えた。
 この部屋は誰の部屋かがまず分からない。
 それに父子ならば同じ部屋に泊まっている可能性が高い。
 だとすると喜雨の泊まっている部屋はこの部屋だと言うことになって、さすがにそれは躊躇する。
 死体がある部屋のベッドルームに運ぶわけにもいかないし、何よりこの死体を放っておくことはできない。
 だからと言って蔵馬の泊まっている部屋に連れて行くことも躊躇われる。
 さすがに幻海が――――――恐らく亡くなった今、男ばかりの部屋に連れて行くことなど出来るはずもない。
 するとぼたんたちの部屋と言うことになるが……説明が難しいし、何よりこんな時間に押しかけるわけにもいかないだろう。
 そうなると……。


 ここまで来ると、後はひとつしかない。


 考えがまとまると、蔵馬は喜雨を抱え上げて部屋を出た。



 向かったのはコエンマの部屋。
 喜雨の倒れていた部屋に残された死体のことも考えると、コエンマに任せることがいいように思えた。





 そこからさらに移動して、結局ぼたんたちの部屋の戸を叩くことになる。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子