鳥籠姫 17
南野君が部屋を出て行くと、扉の向こうから話し声が微かに聞こえた。
防音が行き届いている部屋だからはっきりと声は聞こえないけれど、一言二言話した後に南野君は出て行ったみたいだ。
その後すぐに、私のいる部屋に繋がる扉がノックされた。
「はい」
なんとなくその理由に思い当たりながら返事をすると、さっき見た人間じゃないけれど妖怪でもない水色の髪をした子が顔を覗かせる。
「ちょっといいかい?」
「――――ええ、どうぞ」
そんな私の言葉を合図に部屋に入ってきた。
興味津々だと表情が言っている。
それは分からなくもない。
南野君と話していたんだし、何より泣いてしまったし。
そんなことを考えながら見ていると、水色の髪の子だけじゃなく他にも……一度、闘技場の外で見たひとたち全員が部屋に入ってきた。
――――――なんで、全員?
話を聞くだけなら一人が聞いて、後で全員に話せばいいのに……まあ、手間はかかるけど。
でも一見して、手間を省くためじゃなくて単に好奇心の方が強い気がする。
そして、全員が部屋に入り終わった。
「名前、聞いていいかい?」
蔵馬は教えてくれなくてさあ。
水色の髪の子は、笑いながらそう言った。
けど私は一瞬『蔵馬』って誰だっけ? と思ってしまった。
すぐに南野君のことだと気付いたけれど。
……と言うより、目の前にいるひとたちは南野君のことを『蔵馬』で認識しているんだと分かった。――――――少し、悔しい。
「あ、ダメかい?」
「――――え?」
思考の中に入っていて、聞かれたことに答えるのをすっかり忘れていた。
「……ああ。いえ、そう言うわけではないんですけど」
そこまで言って、一拍置いてから私は再び口を開いた。
「私は藤堂喜雨、といいます」
そう言えば、水色の髪の子は小さく「藤堂喜雨ちゃんね」と言って、
「あたいはぼたんだよ」
そう自分の名前を言った。
――――――それから。
その場は自己紹介大会に突入してしまった。
それで分かったことは、人間が雪村螢子ちゃん、桑原静流さん。そして浦飯温子さん。
妖怪が雪菜さん。
で、良く分からないのがぼたんさん。
さすがに『良く分からない』とは言わなかった。
雪菜さんの場合は自分から『妖怪』だと言ったけど。
「喜雨ちゃんは妖怪……かい?」
少し疑問に思いつつも見た目で言ってみた、と言う感じでぼたんさんは聞いてきた。
それには「ああ、分かるのかな」とは思ったけれど。
勝手に推測されるのも、思い込まれるのも困るから素直に答えておいた。
「半分は。――――母が妖怪で、父が人間なんです」
「……人間と妖怪のハーフっているんですね」
少し感心したように螢子ちゃんが呟いた。
――――――ええ、いますよ。力を持たない馬鹿が多いですけれど。
内心でそう思いながら私は微かに頷いた。
それにはじめて知った、と言う感想を漏らすひとたち。
その様子になんとなく、本心を言っていない自分が嫌に思えてくる。
「では、蔵馬さんとはどういういったお知り合いですか?」
「――――――――――――はい?」
会話を進めていく中で、ぽつりと雪菜さんが言った言葉に長い間を置いてしまった。
「忘れていたよ!! 蔵馬、それすら言っていかなかったんだよ」
実際のところどうなんだと、そんな風に聞いてきたぼたんさんの後ろでは、静流さんがにっこり笑って、
「彼氏?」
「違います!!」
何を言うんだと、静流さんの言葉に即答で否定した私をびっくりしたように他の人たちは見ていた。
――――――いや、温子さんも静流さんと同じような表情をしているけれど……。
その表情を見て……頭が痛くなった。
でもきちんと言わないと事実とは異なった認識をさせてしまう。
……南野君に迷惑かけるわけには行かないじゃない。
「南野君とは高校のクラスメイトです」
「「「「南野君?」」」」
私の言葉に、私が思っていたこととはまったく違う反応が返ってきた。
雪菜さんは無言だったけれど、それでも首を傾げていた。
それに対して私も首を傾げたけれど、そう言えばさっき私自身が考えたことじゃないか。
「あ、そう言えば南野っていうのは蔵馬の人間名だね」
確か南野秀一だったかなあ?
私が言うより前にぼたんさんが先に言っていたけれど。
それに私も頷いて、そうだと他の人に伝える。
私とぼたんさん以外は「そうなんだ」と言った風だ。
「どこの高校なんですか?」
「盟王高校――――――」
「おやまあ、頭良いんだねえ」
うちの幽助にも少し分けてもらいたいね。
螢子ちゃんの質問に私が答え終わらないうちに温子さんが感心したように言う。
言い方によっては嫌味になりそうな言葉だったけれど……温子さんが言うとそんなことはまったくなかった。
そう言えば、名前と自己紹介から分かったことだけれど、温子さんは浦飯幽助の母親なんだよね。
そして静流さんが桑原和真の姉……。
それを少し羨ましく思っている私がいた。
私にはもう、血の繋がったひとはいないから。
ふと、無言になった私に気付いたのか、どこか途惑ったような雰囲気が部屋に満ちた。
南野君が言ったわけじゃないのは分かっていたから――――というより南野君も知らないはずだし――――でも、どこかカンのいい人たちだったのかもしれない。
まだ休んでいて良いといわれたけれど、さすがにこれ以上寝ている気にはなれなかった。
気が引けた、と言うのもあるけれど。
何よりこれ以上眠れる気がしなかった。
――――――理由は『寝すぎ』。
睡魔なんてはるか彼方に行ってしまっていたから。
そして。
結局私はそのままぼたんさんたちの部屋に居座ってしまった。
まあ、彼女たちが放してくれず、ずっとしゃべっていたのが一番の理由。
ここまでおしゃべりしたことはないから、楽しかったけど。
– CONTINUE –