鳥籠姫 18

 決勝戦前日――――もうすぐ日付は変わるだろうという時間だけれど。
 その時間に私は元々私が泊まっていたホテルの部屋がある階に一人でいた。
 浦飯チームの関係者――――女の人たちのことだけど――――は既に眠っている。明日は早いからとか、応援中に眠くなったらいけないからとか。そんな理由だったと思う。
 私としてはありがたかったけれど。

 これで確認作業が出来る。




「とは言うものの…………誰かに見られたらまずいんだよね……この姿だし」
 独り言を言いながら、私は片手を頭の上に持っていく。
 そこには狐の耳――――――ちなみに人間の耳はありません。私の本性は人間である父さんよりも妖狐であるお母さんの方に近いから。
 そんな状況で、金持ちの人間に見つかりでもしたら……悲惨な目に合うのは分かっている。
 ここに来るような金持ちが考えることなんて大体同じ。
 ――――――それは避けなければいけない。
 私はまだ死にたくないし――――何より、今は私がここでいなくなったら心配する人たちがいる。
 それは短い時間一緒にいただけでも分かった。彼女たちなら……心配するだろうなと、そう思ってくれる彼女たちが少し羨ましい。信じられない部分もあるけれど。
 そしてきっと南野君も――――同じ種族だからじゃない、約束したから。
 ちゃんと話をするって。
 言わなきゃいけないことは沢山ある。迷惑をかけたと言うこともあるし、何より話さなきゃいけない気がしている。
 だからこんなところで人間につかまるわけにはいかない。


「捕まっちゃいけないんだけど……やけに静か」


 意気込んでいるのは良いんだけれど、この時間にしては本当に静かだった。
 浦飯チームの女性たちのように、明日のために早く寝ようなんて考える人間はいないと思うんだけど。
 それにしては静か過ぎる。
 もちろん防音もしっかりしているからだろうけれど、気配までない。
「今日どこかで何かあったっけ?」
 ありえないけど。
 そんな風に思ってしまうほど、静かで人の気配がない。
「やりやすくて良いけどね……」
 そう呟くと私は元々の私の部屋の鍵を開けた。


 室内は当たり前だけど真っ暗。
 電気をつけず、暗いまま私は荷物をまとめる。普段ならここまで真っ暗だったら私でも見えないんだけど……今の姿ならそれも苦じゃない。
 それは便利なんだけど、人間社会で生きていくことが出来ないから複雑。
 そんな思いを抱きながら手はすばやく動かしていく。元々そんなに荷物は持って来ていなかったし、散らかしてもいなかったからすぐに準備は終わった。
 もうこの部屋には戻ってくるつもりはない。そんな必要もないだろうし、それを許しはしないだろう……浦飯チームの女性陣は。
 そして利用の代金は――確か既に父さんが払っているはず。――――カードだったら払えるかどうか分からないけれど。でもまあ、ダメなら後で連絡来るだろうから心配は要らない。
 そんな風に考えの途中で改めて思った辛い現実を今は考えないようにして、納得した振りをした。
 この部屋でするべきことを終え、次――――父さんの泊まっていた部屋へ向かおうとした。

「――――――何の用?」

 今更のように気付いて舌打ちしたくなる。
 どうしてここまで気付かなかったのか…………ただの人間である左京相手に。
 ――――――私も力があるわけじゃないけど。
 そんな風に思っている私に笑いかけながら左京は口を開いた。


「――――無事だったみたいだね」


 蔵馬君に教えた甲斐があったよ。


 その言葉に、南野君は教えてくれなかったけど、私が浦飯チームの女性陣のところにいた理由が分かった。
 南野君が私のところへ行くように、左京が仕組んだんだ。
 そのおかげで私は浦飯チームの女性たちのところにいられるんだけど……だからといって感謝する謂れもない。


 そんなこと――――――父さんの死の原因に対して思いたくもない。


「不思議ではないかね――――――こんなにも静かなことが」
「…………」
「――――――私の計画は最終段階に入った。後は、戸愚呂チームが優勝するのみ」
 無言の私を無視して――――一見前後関係のないようなことを言った。けど、そんなこと左京に限ってはありえない。
 私に言うくらいだから……関係があるはず。けど、分からない。
「邪魔な芽は早めに摘むのが一番いい」


 どんなものであってもね。


「――――――――――――まさか!!!」


 最後のヒントとでも言うかのような言葉に、私は間を置きながらも気付いた。
「……恐らく、君が考えているとおりだよ」
「なんてことを…………」

 計画のために邪魔だからと人の命を奪うなんて。

 そう続けようとした。
 けれど、目の前にいるのは左京だと言うことを考えれば不思議じゃない。
 何があっても一般人が納得できるようなところに左京も……私もいる。
 そして同じような理由で父さんも殺された。
 妙に納得できてしまう。
 これが少なくとも浦飯チームのあの中学生二人なら、どんな理由であろうとも納得しなかっただろうな。


「それがこの世界の常識。この世界に暮らしながら、理解出来ないわけじゃないだろう?」


 私の反応を楽しむかのような声音。そして表情。
 理解出来るから、嫌だなんて言っても笑うだけだろう。
 無言の私に対して左京は笑いながら続けた。
「君は今の時点で片付ける必要はない――――――が、今後次第では分からないがね」
「今後なんて、明日しかないわ。明日、すべて終わる――――――」


 浦飯チームが勝って、終わるの。


 ようやくきっぱりと言った私に左京は少し驚いた表情を見せた。けれど、すぐに含みを持った笑みを浮かべる。その表情から何を考えているかなんて一目瞭然だ。
「勝つのは我々だよ。そして、私の長年の夢がかなう――――――」
「夢……?」
「それは君には教えないよ――――――」

 知りたければ明日、会場に来ることだ。

「行かないわけがないでしょう?」
 踵を返した左京の背中に向かって私は言ったけれど、聞こえているかどうかは分からない。
 多分聞こえているだろうけれど、気に止めてはいないだろう。
「…………何しに来たのよ」
 残った私はそんな風に思う。
 ただ、ここが静かな理由を言いに来ただけなのか。
 たまたま私の姿を見たから来ただけなのか。
「何なの…………」
 伝えられたことがショックで、父さんの部屋へ行く気力もそがれてしまった。





 それでも行かなくちゃいけない。
 何より、父さんの遺体はどうなっているのか分からないから。
 とにかくその確認だけでもと、父さんの部屋へ来たのだけれど――――――


「ない」


 父さんの遺体はどこにもなかった。
 ただ部屋のカーペットに大量の血の跡が残っているだけ。
 ふき取った形跡はあるけれど、少し見た私ですら『大量』だったと記憶しているんだから、そんなに簡単にその跡を消せるはずもない。
「一体どこに…………っ」
 そう呟いたと同時に、部屋の入り口に気配を感じて振り返った。
 今日はどうしてこんなに気配を感じ取れないんだろう。
 振り返った先にいたのは背の高い……なぜかおしゃぶりを咥えた男の人。
 その人も、急に振り返った私に驚いた様子で立っていた。
「――――――誰?」
 人間じゃない、けれど妖怪でもない――ぼたんさんに近い気を感じながら私はその人に尋ねた。
 今度は気を抜かないように――――――。
「わ、わしはコエンマと言う。浦飯チームのオーナーだ」
「…………コエンマ?」
 何だか……変な名前。
「おぬしこそここで何をしている。ここはおぬしの――――――」
 目の前の人の名前について考えていた私に対して、コエンマと言う人が途中まで言った言葉は彼がここで何があったのか知っていることを示していた。
 一瞬疑問が湧いたけれど、浦飯チームのオーナーだと言う言葉が正しいのなら、それも可能だろう。
 けれど確証はない。だから聞いた。
「なぜそれを知っているの」
 静かな声だったと思う。冷たかったかもしれない。けど、これ以上何か突発的なことが起こっても平静でいられるのかどうか、分からない。
 そんな私の態度に途惑っているのだろうか。そう取れる表情でコエンマは答えた。
「き、昨日の晩、蔵馬が気を失ったおぬしを連れてわしの部屋に来たんだ。さすがにおぬしを男のわしの部屋に泊まらせることもできずに部下に預けたが……。ついでに、蔵馬からおぬしの父親らしき人間の死体があるからと聞いてここへ来て、死体の処理……というか回収をだな、したんだ」
 ところどころ言葉を選びながら――――――選べてないけれど――――――わけを話すコエンマ。
 その言葉から、私はさらに尋ねた。
「じゃあ、父さんの遺体は?」
「お、おぬしの意見を聞かんで悪かったとは思うが……既に火葬してある」


 ……あ、もしかしておぬしの家は土葬か?


 そんな心配を口にするコエンマに私は首を振って否定した。
「いいえ」
「そうか……」
 ほっとした表情を見せるコエンマに、内心不思議に思った。
 今時その辺りに頭が回る人なんているのか、と。

 変な人。

 まあでも、それなら父さんは心配ないわけだ。
 それならここにはもう用はない――――――。
「…………それで、おぬしはここで何をしておったんだ?」
 ため息をひとつついた私に、コエンマはまた聞く。
 ――――――そう言えば言ってなかったっけ。すっかり言った気になっていた。
「――――父の遺体を確認に……でも、火葬してもらっているなら用事は終わってる」
 そう言ってコエンマに向かって頭を下げた。
「な、なんだ?」
「――――――ありがとう」
「あ、ああ。別にそんなことは気にすることもないんじゃがな」
 ほっとした様子で言うコエンマ。
 それを目の端に入れながら、私はふと思いついたことを行動に移した。
「何をしておるんじゃ……用事はもう終わっておるのだろう」
 そんな私に呆れたようにコエンマは声をかける。
「そうなんだけど……忘れてた」
 そう言って父さんの鞄の中を探る。
 父さんも散らかすようなことはないから……それほど探すのに苦労はしない。
「おぬし……」
 呆れたような声が後ろから聞こえるけれど気にしない。
 言いたいこともなんとなく分かる。
 分かるけれど、気にしてはいられない。



「――――――――――――よし」
 そう呟いて立ち上がる。
「何を探していたんだ?」
「…………父の荷物」
「…………」
「取られたらまずいものと、見られたらまずいもの」
「…………」
「B・B・Cメンバーだから仕方ないでしょう?」
「なっ……」
「ちょっ!!!」
 大きな声で叫び声をあげそうになるコエンマの口を塞いだ。
 後から考えれば塞ぐ必要はなかったのかもしれないけれど……でもこの時間に大きな声を出されたら近所迷惑になる。
「――――――知らなかったの?」
 もごもごさせているコエンマに向かって聞く。
「し、知らんぞ!! 蔵馬からも聞いてはいない」
「まあ、南野君には言ってないけど……」


 少なくとも、こんなところに来ているんだから闇社会の人間だってことは分かるでしょう?


「それは……そうだが…………」
「私はそんな世界に生きる人間の娘――――――半分は妖怪だけど」
 肩をすくめて私は言う。
 そんな私に対して、コエンマは何も言えないようだった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子