鳥籠姫 19
暗黒武術会決勝戦当日。
私は南野君と顔を合わせることもなく、浦飯チームの女性たちと共に会場へ入った。
周囲はもちろん妖怪だらけ――まあ、一見すれば狐の耳と尾を持つ私も妖怪の部類に入るのだろう。
多分静流さんのおかげ――で、結構いい席に座ることが出来た。でもきっと私が何とかすればもっと安全な席を用意することが出来たかもしれない。それでもここの方が迫力はあるとかで却下されたかもしれないけれど。
「残念なのはおばーちゃんね…」
「どーして決勝に出ないのかしらー」
――――『おばーちゃん』と言うのは多分『覆面』として出場していたヒトだろう。幻海と言う名の。
そんな温子さんたちの言葉にぼたんさんは変な反応を示して――――席を外してしまった。
――――どうかしたんですか?
多分、事情を知っているだろう静流さんにだけ聞こえるような音量で私は尋ねた。
――――ちょっとね。大丈夫だよ。
そんな風に私の言葉に返事をして、静流さんも席を立った。
その後姿を見ながら、そう言えば……と思うところがあった。
ぼたんさんも静流さんも――元気がなくて――悲しいのを我慢しているようだった。
第一試合開始ぎりぎりになって二人は戻ってきた。
なんでもなかったように振舞いながら席に着いたけれど……ぼたんさんは少し泣いていたように見える。
実際はどうか分からないけれど。
でも、間違ってもいないと思う。
――――――今までの会話から、予想はつくけれど……でも、結局それは私の『予想』でしかない。
事実は話してもらえるまで分からない。
試合が始まる。
――――――南野君の試合だけれど、明らかに力の差がありすぎる。
人の姿をしたままの今の南野君じゃ、どう考えても……。
「大丈夫かね」
多分今ここで、私以外では一番現状を理解している静流さんが呟いた。
その声は幸い周囲のざわめきにかき消されたから、他の人には聞こえなかったみたい。
でも、もちろん私には聞こえた。
きっと――静流さんもそれには気付いている。
(確かに――――――)
力のない私でも分かる。
南野君と対戦相手――――鴉との力の差が。
何が起こっているのか、上手く把握できない。
鴉の周囲で起こる破壊に南野君が追い詰められていくことだけは分かった。
「もう一度聞く。そのままの姿でいいのか?」
南野君の反応から、それが簡単ではないことは鴉にも分かっているはずだ。
それでも
(あの姿に――――妖狐の姿にならなければ、南野君が勝つことは出来ない……)
あの時……裏御伽チームとの戦いのときに見たあの大きな妖気を持つ、あの姿でなければ……。
私は自分を抱きしめるようにしながら、今の私とカタチは同じ妖怪を思い浮かべる。
(あの姿でなければ――――南野君は……)
そう深く考えずに思って、自分の考えにぞっとした。
南野君がもし負けるようなことになったら――――その先にあるのはたった一つ。
「おしゃべりもあきた。そろそろ死ぬか?」
「っつ……」
肩が揺れる。
「喜雨ちゃん?」
それに気付いたぼたんさんが私の名前を呼んだ。
他の人たちも……私の様子に気付いたようだ。心配そうな表情で私を見ている。
けれど、私はそれに答えることが出来ない。
自分の考えと、それを肯定するようにタイミングよく言った鴉の言葉が思った以上に私に衝撃を与えているようだ。
「どうしたんだい?」
「…………大丈夫」
「そんな風に見えないから聞いているんだよ!」
それはもっともだ。
私も、ぼたんさんたちと同じ立場なら、同じことを言う。
けど……今の私にはそれ以外に何も言えなかった。
どうしても――――言えない。
ドン
そんなやり取りの中、リングから大きな爆発音が聞こえた。
鴉の力――――爆弾が弾けた。
ぼたんさんたちが息を呑むのが分かった。
それは私も――――――そう言いたかったけれど、残念ながらそれは出来なかった。
ドクン!
「…………っ!」
同じだ。
あの時と――――裏御伽チーム戦のときと同じ衝撃だった。
ぎゅっと自分を抱きしめる。
(痛い……)
心臓が痛い。
衝撃が重くのしかかる。
「喜雨ちゃん!?」
私の様子に、ぼたんさんたちが驚いたように叫んだ。
けど、今度こそ声を出すことが出来なかった。
ただ口を開いても息が漏れるだけ。
そんな私がただ事ではない状況に陥ったのだと思ったのだろう。
「一体……」
静流さんのそんな声が微かに聞こえた。
「きわどかった」
南野君とも、鴉とも違う声がかすかに聞こえて、びくっと私は顔を上げた。
そこにいたのは――――――
「良かった……」
無意識のうちにそう呟いていて、周りはびっくりしたように私とリング上の妖狐――南野君を交互に見る。
そしてぽつりと、ぼたんさんに聞かれた。
「喜雨ちゃんって……妖狐、かい?」
今更だけどさあ。
「……ええ、そうですよ」
そう言えばお母さんの種族は言っていなかったなと、そう言った後のぼたんさんたちの表情から思い出した。
それを考えるとちゃんと説明した方がいい事は分かっていた。けれど今は南野君の試合の方が気になる。
これ以上何を言うでもなく、視線を前へ向けた私に静流さんが言う。
「後で色々説明して頂戴ね」
「……はい」
妖狐の姿に戻った南野君は、鴉を圧倒しているように見える。
それだけ、人間のときと妖狐のときとの力の差があるのだろう。
リング上に現れた魔界の植物も、それを肯定しているようで。
けれど妙なもやもや感が胸の中を渦巻いている。
「もう2、3分遊んでもよかったか」
人間の時には聞けないような言葉が聞こえてきて、やっと終わったかと思ったと同時にぞくっとした。
もちろんいい感じではない。
――――嫌だ。
耳をふさぎたい言葉。
視線を下に落とし、それでも耳はリングへと向けたまま。
大きな音が聞こえて再び確認したとき、南野君は人間の姿に戻っていた。
しかも…………人間の姿のときにあった程度の力もなくした状態で。
「…………南野君」
ぽつりと、俯いたまま出た言葉が聞こえたんだろう。
静流さんが黙って私の肩を抱いた。
「信じるしかないよ」
「…………」
「信じなきゃ……あたしらが応援しなきゃ、誰がするんだい」
それでも、私は顔を上げることができなかった。
どうしても――――――
– CONTINUE –