鳥籠姫 20
周囲が息を呑んだのが分かった。
それは何に対してなのか――何が起こっているのか。
けれど顔を上げる勇気のない私は俯いたまま……。
「喜雨ちゃん!!」
バンバンと肩や背中を名前を呼ばれると同時に叩かれる。
「大逆転ーー!! 蔵馬の勝利だーー!!」
「…………え?」
微かに聞こえた浦飯チームの誰かの声。
それだけきちんと聞こえてきて、どういうことだと顔をあえて見ればリングの上に“立つ”――――南野君。
「あ…………」
生きてた。
――――死なないで、くれた。
『試合終了ーー!! 鴉選手の勝利です!!』
「ええ!!??」
「どういうことだい!?」
「どうして……」
周囲ではそんな声が上がる。
私も驚いていたけれど……その後の審判の言葉に納得した。
「カウントって……聞こえなかったわよ」
ぼそりと隣から声が聞こえたけれど、私は反応せずにただ南野君を見ていた。
彼は支えられてリングを降りて行った。
それにほっとして――――無事だったことに安心して、今度は鴉に目を向ける。
ちょうどリングから降ろされるところだったその遺体は、何かの植物に包まれていた。
(――――不気味)
気の抜けた感想を持ってしまう。
南野君が無事――試合は負けたとしても――だと分かった途端の私の変わりように、自分自身苦笑するしかない。
単純だと思う。
けれどこれは暗黒武術会。参加選手の中で、命があるほうが少ないのだ。それを考えれば……負けても命があっただけマシ。
前回のゲストは――――全員死んでしまった。でも今回だったら……そんなことを思ってしまう。
そう思ってしまう私。そう――願ってしまう私。
次の試合はすぐに終わった。
実際はそれなりに時間がたっていたのかもしれないけれど、南野君の試合と比べればすぐに終わったように感じた。
――――力の差が大きかったことが原因だと思う。
それくらい最後はあっけなかった。
そして――――問題の第三試合。
いや、最初から問題の試合だと分かっていたわけじゃない。
ただなぜか始まった戸愚呂兄の人形劇に、周りの女性たちが息を呑むのが分かった。
声は聞こえていないことは確かで、それでも遠目に繰り広げられていることは大体分かるのか、誰も何も言えずにいる。
そして私は――――――しっかりと聞こえていた。
(酷い……)
一言で言えばそんなものだった。
女性たちも、今リング上にいる桑原って子と同じように初めて知ったのだろうその時の状況に、静かに――――もう少しで泣きそうなほどの表情をしていた。
彼女たちの反応も理解できる。
きっと私も――――幻海と言う人と知り合いだったら……きっと同じ反応をしていただろう。
そんな風に思える人だったんじゃないかと、周りの反応から思う。
けど、その人は私は直接知らなくて。
少し蚊帳の外のような気がしながら、第三試合、形勢逆転を願いながらリングを見下ろしていた。
ほんの少し――――寂しかった。
左京のせいで第四試合が最終試合になった。
全て死んだはずの運営委員の会議にかける、演出までして。
待ち時間の間、私は左京を睨んだまま気分が下降しているが自分でも分かった。
楽しんでいる。
破壊することに。
命をもてあそぶことを。
知っていたはずなのに……こんな人間だと言うことは、あの時から分かっていたはずなのに。
それでも――――――
第四試合が終わった。
浦飯チームの勝利だった。
犠牲になったと思った桑原君も生きていて……それにほっとしつつ、観客席で身動きひとつしない螢子ちゃんが心配になる。
けれど、今の私はそれに構っている気持ちの余裕はなかった。
気付いた時にはその場を離れ――――闘技場へと降りていっていた。
こういう時、身軽な妖怪というのは便利だと思う。
「藤堂さん」
近付いてきた私に一番に気付いたのは南野君だった。
つられて私を見たほかのメンバーは目を瞠っている。
それは狐耳と尾のせいなのか、私が女だからか――――もっと根本的なところで、関係ない妖怪が降りてきたことになのか。
けれど私は彼らには目を向けず、まっすぐ左京を見る。
「え?」
「――――まさか!?」
急に闘技場全体が崩れだした。
(こんなことが出来るのは……)
みな、思ったことは同じようで、左京に目を向ける。
「ドームはまもなく爆破する。私と私の野心もろともな」
「――――――――――――」
その言葉に信じられないような、左京らしいようなよく分からない感想を持った。
ただ、左京の言葉に恐怖を覚えた妖怪たちは我先にと逃げ出す。
押しつぶされないように気をつけながら私は少し、左京に近付く。
それに左京も気付いていて……ふっと笑みを浮かべて私を見る。
けれど――――それでも口を開くことはしない。
代わりにぽんと何かを私に向かって投げた。
「なに……?」
それを私は少し飛び上がって受け取る。
それは何枚かの書類で――――――
「なん……」
それに目を落とし、内容を頭に入れると無意識のうちに声が出た。
慌てて左京に目を向けると――――――そこには笑みを浮かべたまま、落ちてくる瓦礫に逃げることなく立ち尽くしている姿。
「藤堂さん、危ない!」
南野君が声をあげ、私の腕を引く。
「っ……」
私は南野君に引っ張られながら、それでも振り返って左京の立っていた方を見る。
そこには既に、瓦礫以外何も見えなかった。
「終わったな……」
呟かれた言葉に、みんなしんみりとしたようにもうもうとあがる煙を見る。
(終わった? 暗黒武術会が…………)
やっと終わった。
ほっと息を吐き出すと同時に、どっと力が抜ける。
「藤堂さん?」
傍らにいる南野君の呼ぶ声が聞こえたけれど……返事を返すことも出来なかった。
それくらい――――――疲れていた。
「大丈夫?」
南野君こそ大丈夫かどうか聞きたいけれど、それも出来ずに座り込んだ私はただ頷くだけ。
周りの人たちも、何事かと私の様子を伺っている。
そう言えば――――女性たちは私がここにいることに疑問を持たないだろうけど、選手として出てた人たちはきっと不思議に思っていることだろう。
見たことのない妖怪……しかも南野君と知り合いと思える私がなぜここにいるのか。
けど、やっぱりそれにも答えることは出来ず。
ただ口を開いて出てきた言葉は別のことだった。
「終わった……?」
「うん?」
「終わったの……?」
「ああ、終わったよ」
律儀に私の呟きに答えてくれる南野君。
けれど、次の言葉には南野君はおろか他の人たちからも反応はなかった。
「やっと……終わったのね――――――悪夢が」
– CONTINUE –