鳥籠姫 21

 言葉にして初めて気付いた。

 ああ、私は暗黒武術会が――――――今までのことが悪夢だと感じていたんだ、と。

 けれど、そんなことを考えていた頭の隅で、これは『夢』ではないことも分かっていた。

 夢なら覚めるはず。
 夢なら命をかけることなどないはず。

 何より、

 夢なら父さんは死なないはずだから――――――。



 小さくため息をついて南野君を見上げれば、心配そうな表情が目に入る。
 こんな南野君の表情、学校では見たことがない。
 多分、よっぽどのことがない限りこれからも見ることはないと思う。
(あ、でも今のままじゃ私、学校へ行けないんだった)
 ここに来てようやく今の自分の姿を思い出す。
 と言うより、この姿が人間社会では暮らせないことを思い出したというべきか。
 今更のように思い出したことに落ち込みながら小さくため息をつくと、ふと、身体が温かくなった。

「え?」

 何事か分からず、その出所を見ると南野君で……。
「何?」
 南野君が片手を私にかざしていた。
 そこから感じる不思議なモノ……。
 何が何だか分からずにいると、南野君はかざしていた手を下ろして笑う。


「一応耳と尾は封印したけれど……妖気は以前のようにとはいかないからね」


「え、あ……!」
 気付いたときには私の狐の耳と尾は消えていた。
 少しはなれたところで驚く声が聞こえる。
 けど、私も驚いてしまう。
「…………よく出来るね」
「――――――――まあ、オレも妖狐だしね。この手の術は出来るよ」

 それより、今までずっと他人の術で姿を変えていたほうに驚いたよ。

 そんな呆れたような感心したような言葉に、私は立ち上がりながら言う。
「だって、人間に化ける方法を知らないから」
 肩をすくめる私に南野君は目を瞠る。
「教えてもらわなかったの?」
「そんな時間、なかったし……」
「時間がないって……」
 はあっとため息をつく南野君を不思議に思いながら見ていると、別の方向から声がかかった。
「お前はいつから術にかかっていたんだ?」
「え? …………えっと、十年以上前」
 コエンマと名乗っていた人物の質問に私がそう答えると、南野君とコエンマと言う人と……あとは雪菜さんと飛影という妖怪が驚いた様子を見せる。
「母が亡くなったのがそれくらい前だから」
 その反応を不思議に思いながらも続ける。必要のない情報かもしれないけれど。
「そんなに術は解けないものなのか」
「そんなはずは……」
 コエンマの質問に、南野君は途惑ったように答える。
 そして再び私に目を向ける。
「術をかけてもらったとき、何か言われなかった?」
「??? ………………命の危険にさらされると術は解けるとしか……」
 昔を思い出しながら言う。
 それ以外言われなかった――――――うん。
「それで、今まで命の危険にさらされてなかったの?」
「もちろん」
 こくりと同時に頷きながら答えると、なるほど、と言いながら南野君が納得した表情をする。


「どうやら藤堂さんの母親は、相当な術師だったようだね」


 もしくは藤堂さんが術にかかりやすいか……。そうでなければ十年以上も妖怪に襲われないほど――命の危険にさらされないほど妖気を抑えられるはずがない。


 呟かれた言葉はとりあえず、疑問に思っていた人たちの疑問を解いたようだった。
 あくまで一応。





 戻った部屋の片隅で、私は左京が投げた書類に目を通す。
(私にこれをどうしろと……)
 同じ部屋で寝ている人たちが目を覚ましてしまうかもしれないから、口には出さないでおく。
 それでも気を抜くと文句を口にしそうだ。


 渡されたものは、この大会の運営に関わる重要事項。
 流れたお金。
 運営委員の名前。
 他、色々。
 そして何より――――


(……父さんの死亡診断書)


 確かに必要なものではある。
 他の、この大会に関わった人間のなかでこういうのが必要な身内を抱えた人間はいないだろうし……いたとしても何とかなるだろう。数年、待てば死んだことに出来るし。
 ただ、私はないと困る。
 両親共にいないから……親類なんて知らないし。
 ――――きっといないだろう。
 まだ高校生の私――しかも世間知らずが学校を辞めて一人で生きていけるほど人間社会は甘くない。
 何より、生きていくにはお金がかかるし……。
(なくはないけど……家のこともどうにかしないといけないし……)
 必要なのは分かる。
 なくてはどうしようもなく、戻ってから進めなきゃいけないことは分かる。
 けれど、

(それを左京に助けて貰うなんて……)

 妙な気分だ。
 嫌な気分だといっても良いかもしれない。
 どうして父さんが死んだ原因に、と思う。
 ――――あの夜のことを思い出して……気分が沈む。
 抱えた膝に顔を埋めながら、私はただ時間が過ぎるのを――気分が浮上するのを死亡診断書を手にしながら待った。





 翌日は快晴。
 私は南野君たちに混ぜてもらって帰ることになった。
 きっと、混ぜてもらわなくても乗らなきゃいけない船は同じだったろうけど。

 今は船に乗って帰る途中。
 少し離れたところでは、幽助君や桑原君たちが騒いでいる。
 ちなみにようやくホテルを出てから私は自己紹介をすることが出来た。
 ――――――かなり遅れてしまったけれど。

「藤堂さん」

「南野君……と、幻海さん」

 いろんな思いを噛み締めながら海を見ていると、南野君が声をかけてきた。
 その隣には生き返ることが出来た幻海さん。
 そのことを知った時のみんなの様子はすごく嬉しそうで……私も一緒に嬉しくなった。
 けど、この目の前の組み合わせに私は首を傾げる。
 同じチームで戦っていたから変ではないけど……妖怪と霊能者としての組み合わせは変。
 そう思っていると、幻海さんが口を開いた。
「喜雨と呼ぶが良いかい?」
「え、ええ……どうぞ」
 前フリなくいきなり言われ、途惑ったけれど私は頷く。
「それじゃあ、喜雨。喜雨は自分でその姿を保てないんだってね」
「……はい。保てるどころかその方法も知りませんし……力の使い方も知りません」

 どんな力を持っているのかも分かりません。

 そう言うと、ふむと幻海さんは考える仕草を見せる。
 不思議に思いながら南野君に視線を移すと、苦笑していた。
「幻海師範に藤堂さんが力を使いこなせるように教えてくれるよう頼んだんだよ」

 オレでも良いけど……そう言うことは苦手でね。

「どうする?」
「え?」
 南野君の言葉に続いて言われた言葉に、私は話の展開についていけずにそんな声を出してしまう。
「あたしの道場に来て修行してみるかい?」
 自分でその姿を保てるように、力を自分で制御できるように教えるが?
 そこまで言われてようやく話を理解することが出来た。
 理解すれば私の反応は早くて。
「お願いします!!」
 そう叫んでいて、目の前の二人を驚かせてしまった。
 その顔にあっと思ったけれど、すでに遅くて。
 焦ったけれど、幻海さんはにやりと笑った。
「びしばし鍛えるから覚悟しておくんだよ」
「…………はい!」
 私の返事に頷くと、幻海さんは
「時間のある時に来な。大体は寺にいるからね」
 そう言うと、すたすたと離れて行ってしまった。



「あ、私幻海さんのお家知らない」
「ああ、そう言えば……後で住所教えるよ」
「お願いします……」
 ふと気付いたことはあまりに重要なことだったけれど、南野君に頼ることにした。
 そのまま視線を海に戻すと、南野君も私の横に来て同じように海に視線を移す。
 その様子に、一見しただけでは昨日まで命のやり取りをしていたとは思えない。
 けれど服の下は怪我がまだ治っているはずはなくて……
「怪我、大丈夫?」
「え? ああ……まだ完治はしていないけどね。それでも命に関わるほどではないよ」
「そう……よかった」
 ほっとしながら言うと、今度は南野君が口を開く。
「まさか、こんなところで藤堂さんに会うとは思っていなかった」
「――――それは私も同じ。南野君が妖怪なのは分かってたけど……上手く隠れてて、こういうことには関わる要因がなさそうだったのに」
 私の言葉に南野君は苦笑しつつ……答えをくれた。
「少し前に事件を起こしてね……その時に霊界探偵の幽助と関わりができて、何度かその仕事に関わっているうちに目を付けられたみたいだ」
「ふーん……」
 私はその時、幽助君たちを初めて見た時のことを思い出していた。
 あれは、垂金の賭けのときだった……。
 思い出したけれど、これは本人たちには言えないなと思う。まだ私は父親がB・B・Cメンバーだとは言えないでいる。
 直接関わっているわけではないけれど……関係者なのは確かで。
 聞いた話から推測すると、あの時囚われていたのは雪菜さん。


 ――――――言えるわけがない。


 南野君がどんな事件を起こしたのか、どうして幽助君の仕事を手伝うことになったのか、それは分からないけれど……聞くことはやめておこうと思う。
 私も聞かれて困ることは沢山ある……。



「そう言えば……藤堂さんはオレのこと『南野君』って呼ぶね」
「え? ……だってそうじゃない」
「そうなんだけど……」
 何を当たり前のことを、と見上げる私に苦笑しながら南野君は私が考えてもいなかったことを言う。
「こう言うことを知ったんだから『蔵馬』でいいよ。――――もちろん学校では『南野』で呼んでほしいけど」

 まあ、学校以外では。

「…………」
 忘れてはいなかったけれど、考える暇がなかった私は固まる。
 私……南野君のこと……
「師範のところで修行するなら、学校外でも会うことがあるだろうし」
 どう? と聞く南野君の表情に困ってしまう。
 私の気持ちは知らないはずなのに……面白そうに笑みを浮かべる南野君にうがった考えを持ってしまう。
「――――――それじゃあ、私のことも『藤堂さん』じゃなくて『喜雨』って呼んでくれる?」
 何を言っているんだろうと私の冷静な部分は思うけれど、こんな好機を逃すのはもったいない。
「良いよ、喜雨さん」
「……『さん』はいらない」
「それじゃあ喜雨もオレの名前に『さん』はつけないでいいよ」
「うん……蔵馬」
 顔が赤くなってないかと心配になりながらそう言うと、南野君……いや、蔵馬は笑みを浮かべて手を差し出してきた。
 その意味を知って、私も手を差し出し、握手をする。


「これからもよろしく」
「うん。――――よろしくね」

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子