鳥籠姫 22
「こんにちは、幻海師範」
「ああ、来たね」
「はい。今日もよろしくお願いします」
暗黒武術会が終わって一ヶ月弱。
その間に新学期が始まって新しい学年に進級し、学校に通いながら時間を見つけては幻海師範の所に通っている。
そうそう、幸いにして二年になった今でも蔵馬とは同じクラスになることが出来た。
それを知ったときは嬉しかったなあ……。
っと、それは良いとして、幻海師範のところに通うようになってようやく自分で人間の姿になれるようになった。
それでもまだ一時的な『変化』が出来るだけだから、今はその姿を長く保てるように修行中。
(今日も厳しいだろうなあ……)
厳しくても辛くても、すっごく疲れるけれど修行は楽しい。
出来なかったことができるようになると言うのが嬉しくて仕方がない。
人間と妖怪の合いの子なのに、そのどちらでもないと思っていた。
人間にしては耳も目も、それから運動神経も良くて。でもそれは妖怪ほどでもなく。
妖怪と言えるだけの能力は何もなかった。
だから修行に来れる時間が待ち遠しいんだけど……
(それでも辛いときもあるけど)
苦笑しながら準備をする。
学校からそのまま来たから制服のままだけど……着替えは置いているからそれに着替える。
「…………どれくらい出来るかなあ……」
横目で時計を見ながら考える。
幸いと言って良いのか、今日は金曜だから明日は休み。
いつもそう言うときは泊まらせてもらっているから、気にすることもないんだけど……食事は私が作ることになるから――――――。
「喜雨!! 早くおいで!!」
「はい!!」
大声で呼ばれ、私は慌てて道場に向かう。
師範をあんまり怒らせるとその後がきつい……。
そうならないことを願いながら、今日の修行が始まった。
「すんませーん!!」
道場で気を集中しようとしたとき、玄関の方から若い男の人の大きな声が聞こえてきた。
「あれ?」
「客かね……」
その声に私は顔を上げ、幻海師範は立ち上がって道場を出て行く。
それを見送りながら、私はどうしよう……と悩んでしまう。
このまま続けた方が良いのは分かっているけれど、お客さんの用事によっては師範が戻ってくるのに時間がかかってしまう。
「喜雨」
どうしようと悩んでいるとき、師範に呼ばれた。
大して大きな声ではなかったけれど、私がどれだけの声を出せば聞こえるのかを師範は分かっている。
「はい!」
師範の声の調子を考えて、呼ばれていると判断した私は立ち上がり、急いで師範のもとへ行く。
これで反応が悪いと後でどんな目にあうか……。
やばいやばいと思いつつ、足音を立てずに玄関へ向かう。
「何ですか、師範」
とりあえず、お客さんがいるかもしれないから玄関に着く直前でスピードを落として言う。
「客だ。茶を入れてくれ」
「はい」
「客間にいるからね」
「分かりました」
師範に言われそれに返事をしていると、少し離れたところから呆然とした声が聞こえた。
「藤堂……さん?」
「え?」
ここで私の名字を言う人なんていない。
つい最近まで蔵馬だけはそうだったけど……今では学校でしか聞かない。
誰だ? と思って声のしたほうを向くと、そこにはよく知った――――一番知ってる学校の男子の制服。
信じられない思いで顔を見れば、これまた知ってる人物。
「海藤君…………」
「おや、知り合いかい?」
「え、ええ……。クラスメイトです」
「そうかい。…………そんなところでぼけっとしてないで来な」
私の言葉に納得したように言い、後は学生服を着た三人に声をかける。
もう少し……優しく言えばいいのにと思わないでもなかったけど。
苦笑しつつ師範が歩いていくのを見送り、そして視線を三人に向けるとのろのろと動き出していた。
けど……
「早く行かないと迷うよ。ここ、結構広いから」
「あ、ああ……」
そう海藤君が代表で答えると、三人は慌てた様子でばたばたと廊下を走って行った。
それを見送って私はキッチンへと向かう。
「……廊下を走ったの、怒られないといいけど」
そんなことを呟きながら。
「蟲寄市……」
「知ってるんっすか?」
「え、いや……名前だけね。学校から見て蟲寄市って私のうちと反対方向だから……」
お茶をすすりつつ、私は言う。
お茶を出したら私の仕事はおしまい、私だけ修行に戻るとばかり思っていたのにそのまま話を聞くことになってしまった。
仕方なく自分の分を持ってきて、黙って聞いてたんだけど……
「喜雨……分かるかい」
「――――――いいえ」
分かっているだろうに、師範はそんな風に聞いてくる。
まあ仕方ない。そう言っているような表情を浮かべる。
分かっているなら聞かなきゃいいのに……。
「蟲寄市……ここのところ、同じような症状を訴えて相談しに来るのは皆蟲寄市在住だ」
「「「「え?」」」」
師範の言葉に驚いてしまう。
「蟲寄市で何かがあったと考えていいだろうな」
「そんな……」
呆然と城戸君が呟く。
そしてはっとしたように続けた。
「そう言えばここ最近、街のなかで蟲を大量に見るんっす……見たことのないような。けど、周りの人たちは気付いてないみたいで……」
「見たことのない蟲?」
首を傾げると、他の二人も同じようなことを言う。
「蟲…………」
「ああ、……ファンタジーで見るような」
「――――――」
「気付いたかい、喜雨」
「多分」
自信なさそうに言ったものの、きっと合っている。
『人間』が見たことがないなら……。
「魔界の蟲……」
「そうだろう」
「でも、どうして」
「可能性として考えられることはいくつかある……が、一番その可能性が高いのは」
そう言って師範は私を見る。
それに気付いてうん? と思う。
「はい?」
「分からないかい? ――――――一月ほど前に関わっただろう」
(一月前……?)
「――――――まさか」
「そのまさかと考えて間違いないだろう」
「…………」
私と師範の会話に、三人は何を言っているんだと言う表情をしていたけれど、残念ながら私はそこまで気をまわすことが出来なかった。
だって一ヶ月前といえば……暗黒武術会があっていた頃。
そこに『魔界』をあわせれば出てくるのはひとつ。
そして師範が私を見た理由は暗黒武術会会場にたと言うのもあるけれど……後ひとつ。
私がB・B・Cメンバーの娘だと言うこと。
そして、『暗黒武術会』と『魔界』で思い出すのはB・B・Cのメンバー――――――左京。
– CONTINUE –