鳥籠姫 23

 海藤君たちにはまったく分からない話で申し訳ないと思うものの、詳しく説明することは出来ない。
 B・B・Cメンバーはもう誰も残っていない――――それどころか、大会運営委員すら一人として残っていない現在、その辺のことで危険になることはないと分かっているけれど……どこでどんな人間がいるか分からない。
 さすがに闇社会の人間の娘とはいえ、私は全てを把握しているわけではないから……。
 それに、そんなことを普通の人間(能力云々ではなく)の彼らにはいい影響を与えないと思う。
 わけのわからない会話をしている私たちに城戸君と柳沢君は説明を求めようとしていたけれど、幸い海藤君がいた。言うことが出来ないことだと判断してくれたようで、二人が口を開くのを止めていてくれた。

「――――――さて」

 ショックを受けている私をそのままに、師範は三人を見る。
 その真剣な様子に三人はそれを感じ取ったようで、背筋を伸ばす。
 私も一応耳だけは師範に向けている。
 考え事の途中だから、理解は一瞬後れるとは思うけれど……。


「街の様子は明日にでも見に行こう」

「「「あ、ありがとうございます!!!」」」


 異口同音。
 嬉しそうな表情を三人は見せる。
 けれど、それだけで師範の言葉は終わらなかった。
「それからもうひとつ。頼みたいことがある」
「? 何ですか?」
 真剣な表情を変えず、しかも依頼に来た自分たちになぜか『頼みごと』と言われて首をかしげながらも海藤君が尋ねる。
 もちろん残りの二人も同じ表情だけれど。
 私も師範の言葉が気になって師範を見る――――――
「あ、あの……師範」
「なんだい」

「……………………何、考えてます?」

 長い間のあと私はそう聞いた。
 ――――――あまりにも師範の表情が『私は何か企んでいます』って言ってるように思えたから……。
 私の質問に、師範は私のほうを見て――――――笑った。


「――――――――――――あまり……むちゃくちゃはしないでくださいね」


「ああ、大丈夫さ」


 ――――あまり信用できませんが。





(そう言えば……“あれ”って今日だったっけ……)
 教室で日誌を書いていると、ふと思い出して顔を上げた。
 既に部活が始まっている時間だから教室には私以外に人はいない。
 今日部活がない人でも早々に帰ってしまうし……。
 大分陽が傾いていて、日誌を書く以外の日直の仕事に手間取っていたことに気付いて舌打ちしたい気分になってしまう。
(やっぱり私も行くべきだよね)
 はあ、とため息をついてどうやって目的地へと行こうか悩んでしまう。
(というより時間が……どのタイミングで行った方が良いんだろう)
 お腹がすくなあ、なんて思いながら――――出来れば一人で行きたい。


 私がこうして悩んでいるのにはもちろん理由がある。
 それは一週間ほど前に師範のところに助けを求めに来たクラスメイトを含む三人。

 ――――――の能力を知った師範。

 どうしてそんなことを考え付くかなあと思うようなことで。

(三人の能力を肌で感じて欲しいなんて……)

 それが必要なのは今の状況から考えれば分かるけれど……それにしても、と思う。
(無事に抜けられるのって……蔵馬しかいないような…………)
 計画を全て聞かされている私はそう考えてしまう。
 一番最初の相手が海藤君と言うところが、さらにその不安に拍車をかける。
 死ぬようなことがないのは幸いだけど。



 あの日から修行と別件の準備とさらに現在の状況の調査というのを同時進行で進めていて正直くたくただった。
 けれどそれをカンの良い蔵馬に知られるわけにはいかなくて……こういう時、クラスメイトと言うのは困る。
 知られないように、変だと思わせることがないように学生生活も過ごしていた。
 ようやくそれも今日で終わりだけれど……最後の難関が――――。


『蔵馬ァーー!!!!!』


「うわあ……」
 急に聞こえてきた聞きなれた声に私は変な声を上げながら机に突っ伏した。
 同時にどたどたと廊下を走りぬける音も聞こえてきて……
「桑原君……それはまずいよ……」
 蔵馬蔵馬と叫びながら探す彼に、聞こえないことは分かっていても言わずにはいられない。
(ここでは南野って言わなくちゃ)
 果たしてその名前を桑原君は知っているのだろうか。
 知らなかったのなら仕方がないんだけど……それでも明らかに妖怪名で呼ぶのはまずい。
 側にぼたんさんの気配を感じるから――――彼女に注意して欲しいんだけど……慌てているようでまったく頓着していない。まあ、それも仕方がないことなんだけど……。
「呼びに来るのは分かっていたけど、さすがにこんなカタチじゃね……」
 身体を起こしながら呟く。
「これじゃあ蔵馬は大変だ」
 ようやく蔵馬の気配があるところに桑原君とぼたんさんが到着したことを感じて、他人事のように言う。
 実際他人事だけれど……この原因を作った理由に私自身関わっているから、無責任なことは言えない。

(私を呼びに来ないでね……)

 呼びに来られると非常に困る――――最初の相手が海藤君だから大丈夫だとは思うけれど、予定外のことはなるべく避けたい。
 そうなると、置手紙に書かれたように蔵馬と飛影さんだけを探してくれると嬉しい。
(蔵馬がどう判断するかなんだよね)
 私がまだ学校に残っていることは気付いているはず。
 妖気を隠しきれているわけではないから。
 素直に指示通りに動いてくれれば良いなあ……なんて思いながら日誌を書いていると、私の願ったとおり蔵馬たちは学校から出て行った。

「…………よかったぁ」

 ほっとしながら外を見る。
 私の席は窓側最後尾。
 ついでに前はなぜか蔵馬。
 その中で私は陽が沈んでいくのを確認し、ああこれから長い夜が始まると思った。
 蔵馬たちに師範が指定した時間を考えると……あと五時間ほどある。
 それまでに私に出来ることは何かと考えつつ……


「そう言えば蔵馬たちより先に着いていなきゃいけないんだよね……」


 ぽつりと、今思い出してしまった重要事項。
 急いで目的地に行かなければいけないことに気が付いて、今更のように慌ててしまった。
 そしてようやく書き終えた日誌と鞄を手に、戸締りを確認して私は教室を出た。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子