鳥籠姫 24
私が部屋に入ると幻海師範と海藤君、それから柳沢君がいた。
「あ、藤堂さん」
三人同時に振り返ったけれど、名前を呼んだのは海藤君。
――――城戸君は幽助君を捕まえたままだから、ここにはいない。
私が四次元屋敷と呼ばれるかなりかわった外観のお屋敷に着いた時には、陽はすっかり落ちてしまっていた。
けれどまだ蔵馬たちに指定した時間にはなっていない。
間に合わないなんてことはないけれど、それでも蔵馬たちが早めに来なかったことにほっとする。
鉢合わせなんてしたら計画が全部無駄になってしまう。
そんなことになったら師範になんて言われるか――――。
内心を悟られないようにしながら近付いて、余っている椅子に座る。
「どうだい、桑原たちは」
「え? えーっと……とりあえず、桑原君とぼたんさんは蔵馬とは会えましたよ。飛影さんは私が聞いたときには探しに行くところだったようです」
「ふん。……まあ、大丈夫だろう」
蔵馬がいるからね。
(信用ないなあ……桑原君)
苦笑しながら思う。
信用ないと言うよりは、がんばっても無理、と思われていると表現したほうが合っている気もする。
それはそうだろう。
それほど付き合いのない私でも、桑原君と飛影さんの仲の悪さとでも言うのだろうか。それは良く分かる。
それよりも蔵馬と飛影さんの仲のよさと言うか、蔵馬の飛影さんに対する扱いの上手さの方が目に付くけれど。
「喜雨」
「はい」
「蟲寄市の状況は?」
自分の思考に陥りかけた私に師範が尋ねる。
その内容に、海藤君と柳沢君も姿勢を正して真剣に聞く体勢に入った。
「変わりはありませんでした」
首を振りながら言う。
「もちろん、一週間前よりは感じる力が大きくなっていますが……影響している範囲に変化はありません。蟲寄市だけです」
「気分はどうだい」
「…………ちょっと良くないですね。倒れるとかではないんですが、感情のコントロールに問題が……」
抑えられないほどではありませんけどね。
「もたもたしている暇はないね」
私の言葉に改めて師範は言う。
それに私たち三人は頷く。どこまで出来るか分からないけれど――――。
そのためには今日のこれからの計画をこなさなければいけない。
「藤堂さん」
「うん?」
時間が近付いてきて、そろそろ海藤君と柳沢君は一階に下りなければいけなくなった。
そのために立ち上がって、けれど海藤君は私を振り返って言った。
「君はオレと南野、どちらが勝つと思う?」
「蔵馬」
即答した私に、海藤君は目を瞠る。
その反応は分からないでもない。
よく知らないけれど、海藤君は言葉のスペシャリストだと言うことは知っている。
――――テストの点も文系だと蔵馬より良いかもしれない。
それなのに勝つのは蔵馬と即答した私が信じられないようだった。
理由を目で問う海藤君に、私は肩をすくめて言った。
「経験の差――――かな、一番は」
「…………」
「やっぱりね、頭も大切だけど経験が一番大切。それを言ったら海藤君は経験が足りないのよ」
「……そう」
がっかりした様子を見せると思ったら、そうでもなく。
真剣な表情で私を見返してきた。
「オレは本気でやるよ」
「――――本気じゃなきゃ、すぐやられるよ」
「…………」
そう言えば、無言で海藤君は部屋を出て行ってしまった。
その後姿を見ながら、怒らせてしまったかなと思う。
「ストレートすぎたかなあ……」
独り言のつもりでそう呟いたのだけれど、もちろん師範にはしっかり聞かれている。
「本当のことさ。確かに、能力を知らないのは初めだけだ。蔵馬ならすぐに対策を考え付くだろうよ」
師範の言葉にそうなんですけど、と言う。
(それでも本気で勝つって思わないと、学年でトップクラスにはいられないよね……)
海藤君の表情を見ればそれだけ思いが強いことが分かる。
今まで蔵馬に勝ってるところを見たことがないからさらに……。
全然二人には敵わない私には、分からない思いもあるんだろうな。
時間が近付いてきた。
それと同時に蔵馬たちの気配も――――
妙な空気が流れている。
大体の説明を終えた時には扉の向こうでも大方のことは終わっていた。
私は主に扉の向こうの会話を聞いていたから――――――幽助君の言葉に笑い声を抑えるのに必死だった。
でもあまり成功しなくて……肩が震えている。
それでも爆笑するよりはましだと思う。
まあ、そのおかげで桑原君には変な目で見られているけど。
「喜雨さん……」
「ご、ごめんごめん」
じとっと見られて私は謝る。
けど、それでも…………。
「単純だが間違いじゃない」
「――――――そうですね」
なぜ柳沢君が桑原君に化けていたのか。
というより、どうして他の人たちじゃなかったのかの理由は当たっている。
そう言った幻海師範は扉を開けて向こうの部屋へと――――幽助君たちがいる部屋へと向かった。
答えを示すために。
「あー!!! 喜雨ちゃん!!」
師範の後ろからひょっこり顔を出すと、それに一番初めに気付いたぼたんさんが声を上げる。
「何でこんなところにいるんだい?」
そう質問するぼたんさんに、私は肩をすくめ――――蔵馬はため息をついた。
「蔵馬……オメー、知ってたのか?」
「いいや……さっき彼が言ったろう?」
幽助君の質問に蔵馬は城戸君を指して言う。
「師範のところに相談に行った、って」
「あ、ああ……」
それがどうしたという表情の幽助君。
――――――本当に、喧嘩のことしか頭にないのかなと思ってしまう反応だ……。
「武術会が終わってこっちに戻ってきた頃から、喜雨は師範のところで修行をしているんだ。力をコントロールするためにね」
ここまで言ってもまだ誰からも反応がなくて、ここまで説明してもダメなのかなあ……と思う。
それは蔵馬も思ったのか、苦笑しながら答えをストレートに言った。
「三人が師範に相談しているところに、喜雨が居合わせても不思議ではないでしょう?」
「「あ……」」
幽助君とぼたんさんが同時に気付いた表情をする。
「…………遅い」
「仕方ねえだろうが!! わかんねえもんはわかんねえんだよ!」
師範の言葉に幽助君は過剰な反応を見せる。
……というより、これが普通なのかもしれない。
そんなやり取りと現状の説明をしていると、急に高い音が聞こえてきた。
通信機越しのコエンマさんから、ようやく霊界も人間界の非常事態に気付いたと言う。
今回穴を開けているものは霊界にも悟られないほどって言うのは……どうやってそんなことが出来るのか不思議に思う。
誰かも分からない状況では、止めることも難しいんじゃないだろうか。
人間界の状況――――もし穴が開いてしまったときどうなるか、そんな説明を聞きながらみんなその危険性を真剣に聞き入っている。
なんとなく不思議な話のように耳に入ってくる。
もちろん穴が開けば人間界が危険なことになるのは分かるし、それは避けなければいけないと思う。
でも……私のお母さんは魔界生まれの魔界育ちだから――――――
(田舎ってことになるのかな……母方の)
行ってみたいとは思わないけれど、そんな風に考えてしまう。
「――――――喜雨」
「はい?」
飛影さんが出て行ってしまって、師範がこれからの予定を伝えた後……言うタイミングをうかがっていたのだろう、通信機越しにコエンマさんに名前を呼ばれた。
返事をしつつ通信機の前に膝をつくと、まっすぐ見てきて――――
「妖力が上がってきている……どうかすると、暴走させてしまうぞ」
「……は?」
唐突なその言葉に、私はきょとんとコエンマさんを見た。
その様子にため息をつきながら、コエンマさんは続ける。
「幻海か蔵馬に、力のコントロールの仕方を急いで教われ。……でなければ、魔界の穴も大切だが幽助におぬしの『処理』を指令として出さなければいけなくなる」
「なっ!!!」
何言ってるんだよ、コエンマ!!
後ろから幽助君が叫んだ。
周りの人たちも驚いている。
そして目の前のコエンマさんは難しい表情をしている。
私はそれに首をかしげて、
「でも……それほど力があるとは思えないんですけど」
私の言葉に、コエンマさんは首を振った。
「いや、思っている以上に妖気量が上がってきている。このままのスピードで、どこまで上がるか分からないが――もし、かなりのところまで肉体がもつならば、考えられないことではない」
「だからって何でオレが――――」
「可能性があるというだけだ!!」
幽助君の言葉を遮ってコエンマさんは叫んだ。
そしてため息をつくとさっきの言葉を繰り返した。
「そうならないためにも、今から力のコントロールが出来るようにしておいたほうが良いと言ったんだ」
「……分かりました」
真剣な表情でこっくりと頷くと、コエンマさんはほっとした様子で一言二言言うと、通信を切った。
「でもどうして急に――――――」
「何が?」
横に並んで歩いていた蔵馬に聞かれ、私は蔵馬を見上げる。
「どうして急に妖気が上がってきたのかなって……」
コエンマさんに伝えられた中で引っかかることがあった。それを言えば、何か知っている表情をして蔵馬は答えを出してくれる。
「それは魔界の穴のせいだよ」
「…………どうして?」
首を傾げれば、蔵馬は苦笑する。
「魔界の穴の影響は人間だけにあるわけじゃないよ」
四次元屋敷で言ったことと同じ言葉を繰り返す。
「――――――そのせいなの……?」
「あとはきっと喜雨のお母さんの封印のせいだ」
「?????」
疑問符を浮かべた私に蔵馬は笑みを浮かべる。
「あの封印は喜雨の妖怪としての部分を押さえ込むだけじゃなく――――周囲の影響から喜雨を守っていたんだ、きっと」
「そんなこと、出来るんだ……」
感心したように呟けば、蔵馬は感心したように言う。
「そう簡単なものではなかったと思うよ。十年も解かれない封印をするって言うのはね」
「そうなんだ……」
教えてもらわなかったことに感心してしまう。
「オレも、そこまで良い術師はそう知らない。思いつくのは――――――」
「……蔵馬?」
急に言葉を止めた蔵馬に私は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「そう?」
嘘だろうな、と思った。けれど蔵馬が言わないのは何てことない理由ではないだろうから、これ以上聞かないようにする。
言いたくなったら言ってくれるだろうから。
陽が上り始めたころ、私と蔵馬は並んでそれぞれの家に帰っていった。
– CONTINUE –