鳥籠姫 26
朝早く――とは言っても私は既に起きて朝食の準備をしていたけれど――電話が鳴った。
元々耳はいいほうだから、音は大きく設定していない。これなら近所迷惑にもならないだろうなあと思う。朝早くの電話は特にそう思う。
「はい、藤堂です」
『喜雨?』
「……え、蔵馬?」
電話から聞こえてきた声はなんと蔵馬だった。
「…………電話番号教えてたっけ?」
『気になるのはそこ?』
「うー……、なに?」
『あ。今日オレ学校サボるから』
「――――――はぁ?」
のんきな言葉の後に続いたそれに驚いてしまう。蔵馬って真面目で通ってるんだけど――――まあ、今までにも休みがなかったかと言えば、そうでもない――――。
「な、何、急に!?」
『ちょっと気になることがあってね…………コエンマに会ってこようと思って』
「コエンマさん? えっと……霊界に行くの?」
『そう』
「…………なんでまた。や、気になることがあるっていうのは分かったけど」
ただ気になるから行くような人だったろうか。そんなことはないと思うんだけど……蔵馬だし。
きっと何か思うところがあるんだろうと私は考えたんだけど――――。
『まあね。――――――首謀者の正体を聞きに』
「…………え、えええええ!!!!????」
何を言い出すんだろうと思った。そんなことあるはずがないと……コエンマさんが知っているはずは――――――
『そんなことあるはずないと思う?』
「…………うん」
『――――少し、コエンマの様子が気になって。何かを隠しているように感じる』
「それを確認しに行くの? でも、そんなことわざわざ行かなくても――――」
『この場合、隠すにはそれ相応の理由があるはずだ。オレたちに言えないようなね。それならオレ一人で行ったほうが聞き出しやすい』
「……まあ、確かにそうだけど」
もし、隠してることがなかったらどうするの。
何でこんなことを言うのか自分でもよく分からなかった。別にそれでもいいじゃないかと思わなくもないけれど……そう口をついて言ってしまった。
『どうかしたの、喜雨?』
蔵馬もおかしいと感じたんだろう。そんな言葉で聞いてくる。
「…………なんでもない。なんとなく考えなしで言っちゃっただけだから、気にしないで」
『そう? それならいいんだけど……』
それじゃあ、先生に言う必要はないから。
「それなのに電話してきたの? わざわざ?」
『無断で休んだら心配するでしょう?』
電話の向こうで微かに笑っているのが分かる。それにムッとするけれど、でも反論も出来ない。
「そりゃあ、まあ……」
そうなんだけどね。
ぼそぼそといった私にまた笑って、蔵馬は一言二言言ってから電話を切った。
「…………はあ」
なんとなくため息をついてしまう。大して理由はないんだけれど。
でもこれ以上のんびりしている暇もないんだよね。
学校までマンションから近いわけじゃない。歩いていける距離だけど……それは単に私だからだ。普通の人間なら絶対バス使う距離。
その距離を特に理由もなく歩いて行っている。
蔵馬がそれを知ったとき、苦笑していたけれどやめようとは思わない。
だからいつも早くに出なきゃいけないんだけど。
蔵馬の電話のせいで慌てるような時間には起きていないけれど、それでもそろそろ出る時間は迫ってきている。
「ま、良いけど」
先生に伝えるように言われなかっただけマシ。そんなこと、伝えた日にはファンクラブの人たちにどう思われるか……。
学校では平和に過ごしたい。さすがに。
(またいるよ……)
家を出てから少したって感じた気配に、私は内心でため息をついた。
みんなで穴の中心へ行ってから今日まで、毎日のように監視されている気配を感じていた。監視している人物はその時々で違うみたいだけど……。
よくもまあ、気の長いことだと思う。
どうして私なのか、と言うのも同時に考えていたけれど……さすがにそれの答えは出ない。今現在の私は力のコントロールが出来ていないのに……どういう結果をもたらすかわからない状態。だから力を抑えている。使うつもりもないし。そんな私の行動に気を配っていても、無駄だと思うんだけど。
「――――っ」
そんなことを考えていると、目の前にはひとりの人間が私の行く手を遮るように立っていた。
――――幽助君たちが言っていた、髪をオールバックにした背の高い男。
「こんにちは」
笑みを浮かべてはいたけれど、その目は冷たかった。一目で何か暗い物を抱えていることが私でも分かった。
そんな目の前の男を見上げながら、私は無意識に手を握っていた。嫌な感じがする。それは暗黒武術会へ行く船の中で、左京と戸愚呂弟に会った時の様な―――――気配による圧迫感。あまりにもありすぎる力の差による恐怖。
(…………強い)
恐らく、戸愚呂弟よりも更に。そして怖い。何を考えて私の前に姿を現したのか、その理由が分からないこともあるけれど、それよりも何よりも理由もなく本能的に怖い。
こんな人間がいることに驚いてしまう。けれど、逆にここまでなければ魔界との穴をあけるなんてことはしないだろう。
そこまで考えつく。そして、ここまでの力を持った人間を、霊界が知らないはずはないことも。
(蔵馬の予想が当たったってこと?)
でも良かったとは到底思えない。
この状況から逃れられなければとてもじゃないけど思えない。
「――――――何か?」
何とか出すことが出来た言葉。でも、一歩後ずさりをしてしまう。
そんな私に相手は笑うと、口を開いた。
「貴女に用があってね。――――――秘めた力を持つ、貴女に」
私には用はない。
そう言おうとしたのに言えなかった。
何故かいつもと違って周りに人がいないことも、静まり返っていることも気付かなかった。気付いていればおかしいと思うことが出来たかもしれないのに。
それよりも前に、意識を私は失ってしまった。意識を失ったことすらも、分かっていなかった。
その後の記憶はない。
理由を知ったのは、意識を取り戻してからだった。
– CONTINUE –