鳥籠姫 27
目を覚ましてまず最初に目に入ってきたのは白い天井だった。私の部屋の天井も白いけれど、あいにくこんなに薄汚れてはいない。何より知らない場所で、ここはどこなのか、どうして私はこんなところにいるのかと疑問がわいてくる。
そして今は何時なのかと、暗い中で時間が分からなかった私は腕時計を見る。
「――――12時……って、あっ!」
ようやく私は自分がどういう言う状態になっているかを思い出した。
(そうだった――――敵に、捕まったんだ……)
我ながら何てぬけているんだろう。大切なことを忘れるなんて。軽く自己嫌悪に陥りながら、さっと周囲の気配を探る。もう敵にいいようにされるわけにはいかない。何とか状況を打開しなければいけないのだから。
(――――外に2人)
嫌な感じだった。
普通の人間なら、たいしたことはないのだけれど……今回はそうじゃない。
いや、一人は今の私なら――人間として生活してきたとはいえ、所詮半分は妖怪――難なく逃げることは出来るだろう。
けれどもう一人は……私が捕まったときにその場にいた一人。幽助君が言うところの“敵のアタマ”だ。
(慎重ね……私に対して。でも、この状況をどうやって抜け出せば……)
なぜか部屋の外――扉の向こうにいる二人。けれど私が目を覚ましたことには気付いているはずなのに、入ってくる気配がない。
そんな中で、少しは考える時間が出来た。けれど冷静さのない私にいい案が浮かんでくるはずもない。
――――――と、扉をノックする音がした。
私は何も言わずにいた。向こうも返事を聞きたいわけではないのだろう。無言で入ってきた長身の男は、蛍光灯のスイッチを入れる。
(――――眩しい)
いつも思うけれど、こういうとき私みたいな種族は困る。暗闇でも特に不便を感じることはなかったけれど――その分、人間よりも感じる明るさの幅が広いから、こういうとき一瞬眩しくなって不便。
「体調はどうだい」
そう聞いてくる男をにらみつける。
「――最悪ね」
きっぱりと言えば男はくくく……と笑う。当たり前の反応をしただけなのに、それがさも面白いかのように――。
それに無表情でいながら私は頭を働かせていた。現在の時刻と、みんなに迷惑をかけないためにはどういう行動をとればいいのか。
時刻に関しては12時だと言うことは分かっている。しかし、残念なことに私の時計はアナログで。昼間なのか夜中なのかが分からない。体調から――朝からずっと眠っていたにしては体がだるいと言うこともないから――昼間の可能性が高いとはいえるけれど……確証はない。
「そんな状態で申し訳ないが、貴女に来てもらいところがあってね」
「――――――来てもらいたいところ?」
「そう。確かその近くには何度か行っているようだが――――我々の目的を果たす最高の場所へご案内するよ」
私が怪訝な表情をしたにもかかわらず、それを無視して男は話を進める。それを止めて私は反論しようとした。けれど、一瞬は焼く耳に入ってきた言葉に意識を奪われる。
「“目的を果たす最高の場所”ですって――――?」
「そう、貴女はよく知っているはずだ。たった一人で近付いたこともあった。仲間と一緒のときもあった。――――よく知っているよ。貴女が近付くとなぜか穴の開くスピードが早まる。これを知ってしまったからには、貴女にも協力してもらうのがベストだろう?」
「――――な、……なんですって!?」
がばっと身を男のほうに乗り出して私は叫んだ。そんな私の様子に、男はあからさまに驚いた様子を見せる。そしてフッと笑った後に言った。
「何も知らないとは――――大したことはないな。霊界も――――」
貴女の仲間も
「――――――」
「さあ、来てもらうよ」
最後通牒を突きつけて、男は一歩私へと足を踏み出した。
◇◆◇
最初に着いたと思ったところは洞窟の入り口だった。
勝手に話してくれたことによれば、この中が以前私が何度となく行った場所の地下に繋がっているのだそうだ。
そして、ここからは歩いてその場所に向かうと言う。
歩いて約二時間ほどのそこには、魔界の穴が開きかけている――――。
暗く、あるのは敵が持っている懐中電灯の明かりのみで、足場が悪い。
こんな中、拘束されていたら何度となく私は躓いていたと思う。
そう、なぜか敵は私を縛ることはしなかった。
私はその方がありがたかったけれど……私が逃げないのが分かっているようだった。
そう、私は逃げなかった。こんな状態にあるにもかかわらず。
それは単純な理由で、逃げられないことが分かっていたからなんだけど……でも、それが向こうにも知られていることは悔しい。
それだけの力の差があるのが、悔しい。
きっと逃げてもすぐに捕まってしまう。
それだけならまだいい。
けど、そのときに傷つけられでもしたら……後で、蔵馬たちと会った時に心配かけてしまう。
――――会えるといいけど。
そんなことまで考えてしまう。
そう、会えるのならいい。
けれど……もし、一生会えなくなってしまったら?
逃げて、そのまま私が……
そう考えると、逃げることが出来なかった。
少なくとも敵は私が近くにいれば、穴の開くスピードは速くなると言った。
それなら、殺しはしないだろう。魔界の穴が開ききるまでは。
それまでになら……きっと蔵馬たちは動く。
それを待つしか今の私には出来なかった。
そうして、大きく開けた場所に着いた。
その明るい光のある空間に、真っ黒なまがまがしいものがあった。
それが、私達が阻止しようとしている――――
ドクン
「ぁ……」
開きかけた穴を目にした瞬間、心臓が大きく鼓動した。
次の瞬間には私にかけられていた術が解けて、本来の姿に戻ってしまったけれど、敵は――――少なくとも敵のアタマは笑っただけだった。
「くっ……!!」
ざわりと鳥肌が立った。
私の妖怪としての力が外に出ようとしている。
何とか私はそれを止めようとするけれど……私の力なのにコントロールが効かない。
少しだけど、それでも何とかコントロール出来るようになっていたのに、それすらも出来ない。
「仙水」
その時、船の上に座っていた男が敵のアタマを呼んだ。
「どうした?」
「そいつは“地”の力を持つ……人間の血が邪魔をして分かりにくいが。出来るだけ穴の近くにおいてくれ。そうすれば、魔界の気とそいつの妖気がお互いの力を引き出して、さらに魔界の穴は開きやすくなる」
「こいつの力も引き出されるわけか」
「魔界の穴が完全に開けばな。今の様子を見る限り、それまでは増大した力のために動けないだろう。――――最も、完全にそいつが自身の力を自分のものにしたとしても、仙水、お前なら苦もなく倒せる」
「そうだな」
既にぐったりとして動けなくなっている私を抱え上げ、仙水と呼ばれた男は私を湖のほうへと連れて行く。
そして、水辺に下ろした。
――――すぐに私の意識はなくなったけれど。
– CONTINUE –