鳥籠姫 28

「喜雨が学校に来なかった……? そんなはず――――」
 蔵馬が幽助宅へ行くと、海藤がそんなことを伝えた。マンションの前に桑原を含め五人が倒れていたのを回収し、手当てと記憶操作を行った後、落ち着いてからのことだった。
 蔵馬の表情の変化を見た幻海は、表情を厳しくした。
「喜雨の自宅に電話をしたけど、繋がらなかったよ」
「オレが今朝電話した時は、いつもと変わりはありませんでした。……体調が悪そうでもなかったし、学校を休むとも言わなかった」
「もしかしたら蔵馬と一緒にいるかと思っていたけど……どうやら恐れてた事態が起こったようだね」
「あ? どういうことだ?」
 幽助の疑問に同意するような表情をしたのは海藤、柳沢、そしてぼたん。蔵馬は幻海の言いたいことが分かっている様だ。
「喜雨の力はまだ未知数の部分が多い……それに、喜雨自身がまだ自分の力を完璧にコントロールすることは出来ない」
「何でだ? ……最初に見た喜雨より、今の喜雨は力を抑えてるだろ?」
「全て喜雨自身の力で抑えているわけじゃない。オレや幻海師範の力――――術も含まれている。今は喜雨の力だけで抑えられるように修行中だった。……けれど、オレや師範の力だって完璧じゃない」
 そこで蔵馬は一旦口を閉ざし、外を見る。あれだけ降っていた雨は止んでいた。
「もし、オレたちの術を超えるものが喜雨に影響を与えたら――――オレたちの術なんて簡単に解けて、喜雨の力は喜雨自身を守るために暴走する」
「なっ……」
「暴走させるだけならまだいい」
 驚く幽助たちに幻海は更に付け加えた。
「もしそれが敵の目的だったら」
「やばいじゃねえか!!」
 そう叫んで立ち上がろうとした幽助を、幻海は止めた。――――頭を殴ることで。
「何しやがる!!」
「バカタレ!! 今更動いてどうする! 喜雨は既に朝から行方不明なんだぞ。……すでに敵に捕まったと考えるほうが自然だ。喜雨はお前と違って勝手な行動はせんからな。――――喜雨がどこに捕まっているか分からない以上、動くことは出来ない」
「じゃあ、どうするんだよ!! 見捨てるのかよ!?」
「――――それは有り得ませんよ」
 カッとなっている幽助に、蔵馬は静かに言った。
 その落ち着きを払った声に幽助は一瞬でトーンダウンする。
「そんなことをすれば敵の思う壺だ」

 敵の目的の一端を喜雨が担うのであれば、何としてでも達成する前に助け出さなければ……。

 言った蔵馬の表情は厳しかった。
 それにのまれ、幽助たちは黙り込む。
 ――――幻海も。
 それは不思議な光景だったが、誰もそれには気付かなかった。



 誰もが沈黙した中、蔵馬は一人考えに耽っていた。

(幽助たちにはああ言ったものの、奴等は喜雨の何が狙いなんだ?)

 それが今でも分からなかった。
 蔵馬はもちろんのこと、幻海にさえ。


 蔵馬は喜雨の修行を幻海に任せっ放しにはしていなかった。
 時間を見つけては寺に顔を出していたし、喜雨自身が寺へ行けない時は蔵馬が相手をしていた。
 けれどそうやっているにもかかわらず、喜雨がどんな力を持っているのか、二人には一切分からなかった。
 …………蔵馬たちは仙水が言った喜雨の力のことには気付いてはいない。
 仙水たちも喜雨が穴の中心部に行かななければ気付きはしなかっただろうが。
 そのため、何時までたっても戸惑ったまま、力のコントロールを教え続けるしかなかった。


 しかしここに来て、蔵馬は言い知れぬ不安に襲われていた。
(何だと言うんだ……)
 喜雨が行方不明と聞いた時から感じるそれ。
 今までにない感覚は、蔵馬の中から“何か”を呼び起こした。





「――――――まさか」

「蔵馬?」
 蔵馬の微かな呟きは、沈黙の中にあってはよく聞こえた。
 皆が不思議そうに見る中、蔵馬は静かに首を横に振った。
 それ以降、再び思考の中に入った蔵馬は誰の問いにも答えなかった

◇◆◇

「蔵馬」
 皆が寝静まったあと、その時間も起きていた蔵馬の名を呼ぶ者がいた。
「―――――師範」
 同じように呼んで隣りに立った幻海を見る。
「どうしたんですか、こんな時間に」
「それはお前も同じだろう?」
「……そうですね」
 幻海の言葉に苦笑しながら言うと、すっと表情を引き締める。
「それで――――」

 何か?

 その言葉は口に出さずとも伝わった。
「何に気付いた」
「何も――――と言っても信じてくれそうもありませんね」
 そう言いつつ、蔵馬は口を開く。
 けれどそれは幻海が知りたいことではなかった。
「まだ、言えません。確信しているわけでも、確認出来たわけでもありませんから」
「それでもいいんだよ」
 蔵馬の慎重さに納得しながらも促す。
 それでもいいと。
 しかし――――

「そういう訳にもいきません」

 キッパリと、ためらいもなく言い切った蔵馬に幻海は溜め息をついた。
「そんなことを言っている場合じゃないじゃないかい?」
「そうかもしれません」
 幻海の言葉を認めた上で蔵馬は続ける。
「ですが、確認もなしに他人に話せる事ではないんです」
「少しでも情報の欲しい緊急時でもかい?」
「ええ……」
 厳しい声にも蔵馬は肩をすくめ、
「どうしようもないんです、こればかりは。オレの……“オレたち”の性だから」
「オレたちの性?」
「ええ」
 急に変わった話に、幻海は内心戸惑いつつも次の言葉を待った。


「オレは“國生まれの妖狐”ですから」


「そうだったのかい」
 驚きを隠しもせず呟いた幻海を見ながら蔵馬は困った様な表情をした。
「師範は気付いていると思ってました」
「そうでもないさ。まさか“國生まれの妖狐”が人間として生きているとは思わないだろう?」
「…………そうですね」
 幻海の考えはもっともだと蔵馬は思う。
 自身もこんな状態で生きることになるとは以前なら考えもしなかった。


 國生まれの妖狐


 それは当人たちにとってはただの区別を付けるための名称と言う意味でしかない。
 けれどその他にとっては違う、多様な意味を持つ。それはそれぞれでまた異なる意味を持つが、國生まれの妖狐にとってはどれも迷惑以外の何物でもない。
 幻海はそれを知っていた。それを蔵馬は不思議に思わなかった。今はそれだけだった。
 事実を知っても変わらないことは分かっていたから蔵馬は話した。
 これで幻海の対応が変わるのならまた考えただろうが。


「では、喜雨は――――」
「それは有り得ません」
 迷いのないそれに幻海は蔵馬を見上げる。
「喜雨自身が魔界へ行ったことがないと言っていましたから。何より、彼女の父親は人間です」
 それだけははっきり言えます。
「それじゃあ…………」
 蔵馬の今までの言葉と國生まれの妖狐の性を考えると――――そう思い、口にしようとした言葉を蔵馬は止めた。
「言ってもオレは肯定しませんよ」

 ………………

「そうだったね。國生まれの妖狐は――――」

 誰もが気付いたことでも、本人から確認を取らなければ、他人には言わないんだったね、決して。
 その言葉に蔵馬は微かに笑みを浮かべた。
「知りたければ察せ、とは…………幽助たちには無理だよ」
「ええ……だから師範にだけ話したんですよ」
「まったく――國生まれの妖狐だと知っていたら聞かなかったよ」
 そう言うと幻海は一人部屋へ戻って行った。


「そうでしょうね」
 その背を見送りながら、ぽつりと蔵馬は呟いた。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子