鳥籠姫 29
『蔵馬、お前は“國生まれ”か?』
昼間霊界へ行き、用事を終わらせ帰ろうとした蔵馬にコエンマは尋ねた。その時の表情はようやく聞きたいことが聞けて、安堵している様に見えて内心で苦笑した蔵馬だった。
今もそれを思い出し、なぜ今更と思う。
それでもコエンマにとっては重要なのは理解出来た。蔵馬自身には大したことでなくとも。
「今更何です、唐突に」
呆れつつ振り返り蔵馬は問う。自分が“國生まれ”だと言外に認めながら。
「そう……か」
しかしコエンマは答えず、はっと溜め息をついて椅子の背にぐったりともたれ掛かる。
けれどそれで終わらせる気にはなれない蔵馬。幽助の家に行くのが遅くなりそうだと思いながら、コエンマの次の言葉を待つことにした。
「親父が……」
「はい?」
「親父が言って来たのだ――――お前が“國生まれ”だと」
「――――それで、コエンマはショックを受けたと? 知らなかったから」
それともオレが言わなかったから?
静かに問うけれど、コエンマからは何も返って来ない。
そのことに溜め息をつきながら、言う。
「けれど、そのことで責められる言われはありませんよ。“國生まれ”だと言って何か得がありますか? むしろこちらが不利になる可能性のほうが高いでしょう?」
「それは…………」
「ないとは言わせません。今までそれでどれだけの“國生まれ”の妖狐が犠牲になってきたと思っているんです」
「………………」
「大方、閻魔大王に『“國生まれ”の妖狐は信用ならない』とでも言われたんでしょう?」
「――――――」
「沈黙は肯定と受けとりますよ」
「ああ……その通りだ」
ようやく、コエンマは口を開き蔵馬の言葉を認めた。実際、自分もその意見に賛成しただろう――――蔵馬が“國生まれ”でなければ。
「都合のいい」
「っ!!」
厳しい言葉が飛ぶ。
けれど否定出来はしない。事実だから……蔵馬がそうでなければ、同じ妖狐である蔵馬の前であっても言っていた。
否定出来るだけの材料などなにもなかった。
だから、辛辣な言葉でも受け入れなければいけないのだ。それだけのことをして来たのだから。
「あなたの父親に言っておいてください。――オレは、そちらが何もしなければ霊界に何もするつもりはない――と」
「蔵馬……」
「それが目的だったんでしょう?」
“國生まれ”の質をよくご存じで。
最後に一言、蔵馬にとって嫌味にもならない、けれどコエンマにとってはキツい言葉を投げ掛けると、コエンマの反応を見ずに今度こそ部屋を出た。
「そんなに國生まれは霊界にとって危険な種族か?」
オレから言わせれば他の生き物の方がずっと危険だ。
一人晴れ始めた空を見上げながら、蔵馬は呟く。
それを耳にするものはいない。けれど蔵馬は続ける。
「國生まれの妖狐をそんな風にしたのは…………お前たちじゃないか」
忘れたとは言わせない。
発せられた言葉はどこか暗く、悲しみを微かに含んでいる様だった。
◇◆◇
“國生まれの妖狐”
この言葉が表す様に、彼らには“国”と言うものが存在する。
大きな国だ。
魔界でも五本の指に入る程の大きな。
けれど、他国との関わりはほとんどない。
一種の鎖国状態を保っている――――何千年か、それ以上にわたって。
理由は単純だ。
「自分たちの生命を守るため」
それが、どうしていけない?
國生まれの妖狐の誰もが一度は思うこと。
蔵馬も何度それを口にしただろう。
その度に諦めもしてきた。
蔵馬の生まれた国は、妖狐の中のある一種族のみで構成されている。
そして彼らは総じて見目麗しく――――“商品”としての価値が魔界では高かった。一部、霊界でも同様であるとの噂もある。
そのため彼らは常にその身を狙われて来た。国が成立する以前から、現在に至るまで。
いつ何時その身を囚われるかわからない。
そのため国が成立してからは国を鎖国状態に置き、国王が認めた者のみ商売での入国を許している。それでも何時自分たちを襲うかわからない。そのために、商人たちには監視がつけられていた。当の商人たちは知らないが。
そんな状態だから、国の外に出ようとする者はほとんどいない。まれに蔵馬の様な強い者が出ていく程度。それでも蔵馬の様に魔界でその存在が知られる様になることはない。その前に捕まり、売られてしまうからだ。
そして……そんな中で國生まれの妖狐たちの性質は変化して行った。
閻魔の言う、「國生まれの妖狐は信用ならない」方へと。
己と同胞を守るためなら、他の妖怪の信を裏切ることも辞さない者へと。
– CONTINUE –