鳥籠姫 30
暗闇の中で私は目を開いた。
けれど当然何も見えない――――妖怪の目を持ってしても。
それも有り得るか、と思いながら身を起こす。いや、起こしたつもりだけど、実際は何も見えないし聞こえないので、どうなっているかわからない。
「ここは……?」
敵に捕まり、敵の本拠地へ連れてこられたことは覚えている。自分の力が魔界へと通じる穴の開く速度を早めることも……。
――――とんでもない力を持っていた
自分の事ながら思う。あれだけ知りたかった自身の力の性質を知っても、ちっとも嬉しくない。
これならずっとわからないまま、一生力をコントロールする修行をしていた方がマシだと思う。
そんなこと、出来ないけれど。
ひとまず今いる場所がどこだかを知らなければいけない。
一瞬あの洞窟の中かと思ったけど、周囲に何の気配も感じないためそれは否定する。
私のような力を持っている者から目を放しはしないだろう。でなければ、逃げられるかもしれないから。
――――実際、私ならそうする。
けれど、誰もいないし、何もない。
一瞬、魔界と人間界をつなぐ道に入り込んだのかと思った。
昔、お母さんからそんな小さな穴が開くことがあると聞いたことがある。
その穴はとても小さいから、力の弱いものでなければ――特に妖怪は――通れないのだと。
……と、そこまで思い出してそれじゃあ今私がいるところはそこではないと思った。
私自身は純粋な人間でも、妖怪でもない。けれどそれを引いてなお力は強くなっている。
以前の私なら通れたかもしれない。
けれど今の私は無理だろう。
師範の下で修行して、少しずつ――ほんの少しずつだけど自分でコントロールする力の量は多くなっている。
それでもコントロールできる量はまだまだあるけれど……それでも一度外に出たものは、そう簡単におとなしくしてはくれない。
もしも、があると遠慮はしないから、何か危険が迫るればきっと力を解放してしまう――――道を通れないくらいには。
だからここは魔界への道ではない。
そう結論付けた私は同時に、ではどこ? と三度(みたび)問う。
けれど答えはどこからも示されはしない。
「…………」
いい加減に、しなければいけない。
私がドジをしたせいで、きっとみんなに心配をかけている。
それどころか私自身の力のせいで、人間界が危ない。
せめて人間界を守るために出来ることは……と考えて、それがないことに気付いた。
力はあっても使いこなせない私には、敵に勝つことは出来ない。
計画をとめることも出来ない。
それならせめて、穴が開くスピードを遅くすることが出来る方法は……と考えている私の頭の中の、ほんの片隅で思いついたことがあった。
けれど、それは出来ないと思う。
――――――私自身が消える、と言う方法だから。
考えを振り出しに戻し、思う。
けれど答えは出ないのだから、この後何をすればいいのかも分からない。
「どう……しよう……」
こんな状況に陥ったことがないからどうすればいいのかちっとも浮かんでこない。
今までずっと蔵馬や師範に頼ってばかりだったから……こんなことになるとわかっていたら、対処の方法とか、考え方も教わっていたのに!!
がしがしと頭をかいてしまう。そうやってもいい案なんて出てくるはずもないけれど……やらずにはいられない。
本当に、こんなことになるなら蔵馬や師範には無理でもお父さんやお母さんに教わっておくんだった。
お父さんは裏社会の人間だったから、命を狙われるなんて日常茶飯事だったし、お母さんは妖怪。しかも妖狐だ――――裏社会で高額で取引されるほどに美しい。
あんまり他人に言えることじゃないから蔵馬にも黙っているけど……何せ蔵馬も妖狐だし。自身もそんな対象になると知っていい気はしないだろうから。
「ほんっとに――――――」
『喜雨』
「…………え?」
どうすればいいの!?
そんな風に叫ぼうとした私の言葉を止めたのは、なぜか聞こえた私を呼ぶ声。
『喜雨』
そして真っ暗な中、ぼんやりと光の塊が現れたかと思うと――――
「お母さん…………」
私が七つの時の記憶のままの姿をした私の――――
『喜雨』
「どう、して。お母さんが…………」
ここにいるの?
だって死んだはずでしょう?
混乱した私の口からは言いたいことも出てこない。
『喜雨、聞いて』
そんな私の混乱を落ち着けるようにお母さんはそっと私の腕に触る――――動きをした。
実際に触れたわけではないし、その感触もしなかった。
そのことに少し寂しそうな表情をしつつも、お母さんは「大切なことよ」と続ける。
『あなたは私と同じく“土”の性を持つわ』
「つ……ち……?」
『そう。妖狐は……いいえ、私の生まれた妖狐のある種は、それぞれに“土”“水”“木”“火”“金”に沿った力を持つの』
「……“五行”」
『ええ、ヒトはそう言うわね。そして、あなたは“土”……つまり“地”に関する力を持つ。どんな風に使うことを得意とするかはわからないわ。けれど、私の力を受け継いでいるのであれば――――最低でもその“場”の力を増大させることは出来る』
「っ!!」
すでに聞かされていたことだったけれど、お母さんに言われるとショックが大きい。
「そんな……っ!!」
『喜雨』
「…………」
『落ち着いてね。――――だからと言って命を絶ってはだめよ。そんなことすれば、あなたの中に封じた力がすべて外に出て、それこそ周囲への影響は計り知れないから』
ひゅうと、その言葉に息を呑んだ。
そんなこと、考えもしなかった。
教えられていなかったからもあるけれど……そんなことがありえるのかと今日一番のショックを受けているのがわかる。
後々に蔵馬に聞いたところ、魂を捕らえられるだろうから、そうするとその“力”は魂にこもっていて、その魂を守るために力を放出するだろうと教えてくれた。
そんなこと今の私にはわからないけれど、それでも――――
「どうすれば……」
『――――――あるがままに』
どうすればいいのと問う私にお母さんが出した答えはそれだった。
『出てくる力に抵抗しようとはしないで。それはあなたを守るものであり、大切なものを守るためのもの。たとえ“穴”に影響を与えたとしても…………今更喜雨の力は関係なく開く時は開くし、開かないときは開かないわ』
すでに私の力の影響からは離れていると言う。
それでも私の力のせいで穴の開くスピードが速くなったのは事実だ。
『過ぎてしまったことを悔やんでもどうすることも出来ないわ。今はただ――――――ほら、あなたを呼んでる人間がいるわ』
「え?」
急に顔を上げたお母さんに釣られて私もあたりを見渡す。
“――――さん! ――――さん!”
『行きなさい』
「お母さん?」
『大丈夫よ。――――――“あいつ”がいるのなら』
「あいつ?」
お母さんにしては乱暴な言葉で示すヒトが誰だかわからず私は眉をひそめたけれど、それにお母さんは答えることはなく。
私の意識は徐々に――――
“喜雨さん!!”
「――――――くわばら……くん?」
ぱかっと開けた目に映ったのは岩の天井――――に黒い空間とそこから伸びる腕。そしてその隅に見慣れた茶色の頭。
“よかった……気をつけてください、もうすぐ穴が――――”
「…………開くのね」
猿轡をかまされているせいで声を発せない桑原君の声が頭の中に響く。
“今、蔵馬が戸愚呂兄と!!”
「は?」
桑原君が伝えてきた内容があんまりにもあんまりなもので、私はここがどこかも忘れて起き上がった。
「おお!! 妖怪と人間のあいのこの肉はうまいのかぁあああ?」
「…………うるさい」
すぐに黒い空間の中から声が降ってきて、正直起き抜けに聞くには辛い。
だからと言って力を使うのはなぜだか嫌で。
視線を黒い空間――魔界への穴と反対側へ向ける。
そこには蔵馬と、人間の体で首から上が戸愚呂兄が向かい合っていた。
それにしても本当に戸愚呂兄って…………気持ち悪い。
– CONTINUE –