新たな絆 1

「え? 沙羅(しゃら)、結婚するの?」
「…………うん」
 幼馴染の言葉に驚きの声を上げたのは彩佳(さいか)。そして沙羅は「どうしよう」と言う表情を見せている。
「……なんでそんな表情なのよ」
 意味がわからない。
 結婚はおめでたいのに、と言う思いのまま、彩佳は口にする。
 けれど沙羅はそう思わなかったようで、まだ「どうしよう」と口にしている。
「? 一体誰と結婚するの?」
 幼いころから結婚には二人とも夢を持っていた。
 どんなひとと結婚したいとか、どんなひとは願い下げだとか、その程度ではあったが……けれどここまで沙羅が戸惑っていると言うことは、その「願い下げ」したいひとなのだろうか。
 しかし、沙羅の口から出てきたのはそんなひとではなかった。
 
「……西丘(さいきゅう)家の苞耀(ほうよう)様」
 
 ――――――
 
「はいーー!!??」
「彩佳、声おっきい……」
 叫び声をあげた彩佳の声があまりのも大きくて、沙羅はあわてて耳をふさぐ。
 けれど彩佳にとってはそんなこと気にする余裕はない。
「なあんでまた、苞耀様となの?」
「し、知らないよ……急にお話を頂いちゃって、理由を聞かずにお父様たちが了承しちゃったから……」
「まあ、即了承しちゃう気持ちもわからなくはないけど……」
 沙羅の実家は西園(さいえん)家。西丘家の分家も分家、“西”の末端に位置する家のため西の中心へ娘が嫁げるとなれば喜び勇んで飛びつくことは想像に難くない。
 かく言う彩佳の実家も“北”の似たような位置に存在するため、北の中心へ嫁ぐ話が出るなら時が時であれば両親は喜んだことだろう。――現在の北の中心“北水(ほくすい)家”の当主ははっきり言って遠慮したい人物なので、考えたくもないのだが。
 一方の西丘家の当主・苞耀は出来た人物なので、現在夫人が一人おり、男の子供―この子が次の当主だろう―もいるが、親としてはそれでもと思うものだ。
 沙羅の両親ももちろんその考えであり、彩佳もいいんじゃないかと考えるのだが――――。
「何がだめなの?」
 どこも悪いところなんてないじゃない。むしろいいところばっかりだ、との彩佳の意見に沙羅は涙目だ。
「だって……咲世(さきせ)様との仲を邪魔したくない……」
「……………………はあ」
 沙羅の薛嘉(せっか)ではありえない考えにはため息しか出ない。
 薛嘉は一夫多妻制だ。特に国の中枢で暮らすものであればあるほど。現在副宰相を務める苞耀ももちろん“そう”だろう。今は一人しか夫人がいなくても、将来までそうかと尋ねられれば彩佳は首を振る。いくら夫人である咲世との仲がよかろうとも、今後悪くならなくても……“そういうもの”ではないだろうか。何より咲世の出身は“南”の中心である“南氷(なんぴょう)家”だ。理解はありそうなものだが……ああ、でも咲世とその異母兄であり現南氷家当主・璃夕(りゆう)の仲はお世辞にもいいとは言えなかったから違うかもしれない。それだと困るなあ。そんなことを考えている彩佳に、咲世は再び「どうしよう」と言う。
「あんなに仲睦まじいお二人の関係を崩したくないのに……」
「…………」
 わかっていたことだけど、その考えはどうなのかなあ……。
 沙羅らしいと言えばらしい。
 だからこそ今の仕事が出来てて、信頼厚いんだろうなあと思う。
 思うのだが、あまりにも度が過ぎるのも問題だ。
 これでは“求婚してきた”苞耀様がかわいそうだし、その後ろにいるであろうひとたちのことを考えると、“予想”を言ってしまったほうがいいよね。
 そんなことを思いながら、たぶん外れていない考えを彩佳は沙羅に話し始めた。

◇◇◇

「母上、趣味が悪いですよ」
「あら? 何のことかしら?」
 目の前に出されているお茶を手に取りながら微笑み、咲世は首をかしげた。
 その姿は子供がいるとは思えない程に若々しく、その微笑にごまかされるものも少なくはないが、あいにく灰荼(かいと)をはじめ今ここにいる者には通用しない。
「灰荼の言う通りよ、咲世」
 呆れた様に言うのは咲世の幼馴染であり、薛嘉国国王正妃の真斗(まと)だ。
「沙羅を近くに置いておけないからってひがまないで」
「……沙羅のことをあなたに教えたのは私よ」
「彩佳(侍女)に聞いて知ったくせに、自分が初めから知っていたように言うのはやめてね」
「…………」
 本当のことを指摘されて真斗は口をつぐむ。
 この場合“近くに置く”と言うのは自身の夫、もしくは息子の夫人にすることを言う。
 真斗の夫である薛嘉国国王には数多くの側室が存在する。その誰とも真斗は仲がよくないのだが、その側室同士でも仲がよい者はいない。そんな中に沙羅を置くことは真斗自身許せない。
 かと言って自身の息子であり薛嘉国皇太子である玻綾(はりょう)では、その年齢差が問題である。
 もちろん夫婦にすることが出来ないわけではないが、玻綾はまだまだ子供――――一体何年待たなければいけないことになるのか、その前に確実に沙羅はどこかに嫁ぐだろう。
 それ以前に沙羅は玻綾の教育係であるため、沙羅本人が頷かないだろうが。
 
「これでも、一応待ってみたのよ」
 
「「…………」」
「待つって何を?」
「未だに結婚しない幼馴染の動向」
「…………庚李(こうり)の行動を見てどうするのよ」
 わからない、と言う真斗たちに咲世は笑みを浮かべる。
「沙羅ほどのいい子なら、庚李、好きになるかと思って待ったのよ」
 さすがにそろそろ結婚しないといけないじゃない。
「……でも、そんなことにはならなかったわ」
「そう。それなら遠慮しなくてもいいかなって」
 にっこりと笑みを浮かべる咲世に、真斗はため息をつき、灰荼は「異母兄妹仲は悪いのに、どうして父上に第二夫人を持たせたがるんだ……?」と、首を傾げていた。そして、沙羅を師としている玻綾は首を一度だけ傾げ「まあ、沙羅が幸せになれるのならいいか」と一番他人事のようなことを思っていた。
 実際に他人事だ。
 けれど、一番影響を受けるのもまた玻綾であるのだが、そのことを玻綾自身は気付いていない。……いや、考えないようにしているだけかもしれないが。
 
「だからね、沙羅は“西丘家”が貰うわ」
 
 いいわね、庚李。
 
 咲世が笑みを向けた先には現在薛嘉国内で五指に入る実力を持つ、咲世、真斗、そして苞耀の幼馴染である庚李。
「別に彼女が欲しいと思ったことはない」
 正妃と皇太子がいるのに挨拶もしないのは、正妃・真斗と幼馴染である気安さがあるのだろう。それに元々現在の正妃はまだるっこい口上を好まない。プライベートでくつろいでいる時は聞きたくもないと常日頃から口にしていた。
 それを十分に理解しているから、庚李も言われたことに反論する以外口にはしない。それに昔から口数は少ないほうだ。庚李の考えていることを知りたければ、言葉にして聞かなければならない。まあこれは、苞耀に対しても言えることだが。
「それじゃあ、どうするつもりなの――――――次期“東稜(とうりょう)家”当主」
 真斗の言葉にも庚李は表情を変えない。
 “東の中心”に跡継ぎが出来ない場合、どこか血のつながりの強い者を養子としなければならなくなる。もちろん兄弟姉妹がいればその者が継ぐが、とても珍しいことに庚李に弟も妹も存在しない。
 そもそも、東稜家はその地位に対して子供が少ないことで有名だった。だからと言って第二、第三夫人を娶ることもしないので、自然、跡継ぎ候補は一人、ないし二人しかいないのが通例。その例に漏れず現東稜家の跡継ぎ候補は庚李ただひとりだ。
 そして今まで子供が少ないと言うことは他の家に比べ血縁が少ない――――血のつながりの濃いものが少ないことを示す。
 その状況の東稜家が養子を取るとなると……庚李たちが“東稜家当主”を名乗らせることを許容出来る者がいるとは思えない現状が問題だった。
 咲世自身も“南氷家”出身であり、相当の矜持を持っている。当主にふさわしくない者が“南氷家当主”になるのは我慢ならない。異母兄とは仲が悪いが、だからと言って当主にふさわしくないとは言えない。現状では。
 そんなことを考えていた咲世や真斗に対し、何でもないことのように庚李は口を開いた。
 
「欲しいものはある」
 
 …………………
 
「それを早く言いなさいよ!!」
「真斗うるさい!!」
 数秒の沈黙の後、叫んだのは真斗だった。
 そしてその声に反応したのは咲世。
 二人の子供は耳をふさいで涙目だ。
 庚李も真斗の大声に耳をふさぎたかったが、それよりも自身の用件を済ませてさっさと仕事に戻ることを選んだ。
 その言葉を右から左に流していた子供二人は、庚李が去った後の母親たちの反応にようやく彼女たちの幼馴染がとんでもないものを落として言ったのだと理解した。
 
「北洋家の彩佳が欲しい」
 
 ひとまず彼女の主である正妃(真斗)に伺いを立てようと思ったんだが…………。
 そう口にする庚李に対し、驚きすぎて声も出ない真斗はとりあえず頷くことだけはした。
 それを了承ととった庚李はひとつだけ頷いてすぐにその場を後にし――――ようやく事態を把握した真斗と咲世は息のそろった反応を見せる。
 
「「なんですって!!??」」

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子