Free & Easy 1
この島――首縊島へ来たときから何か分からない、けれど気の所為にしてはいけないと、何故かそう思ってしまう感覚があった。
その為に、大会が始まって数日経った今も原因を探るため島中の様子を窺っている。けれど、簡単に出来るはずもなく――また、勝ち進むに従い相手チームも強くなり、容易には勝てなくなってくる。――そう、負った怪我の治療のために自由に動ける時間が減ってしまっていたのだ。それに……
「次の対戦相手の試合を見ないわけにもいかないしな」
呟いた言葉は喚声に消され、誰にも聞こえてはいない。
気になることがある中、目の前で繰り広げられた光景に冷や汗が流れる。
無視できないことはある。しかし、現状ではそれよりももっと重要なこと――――如何にして戸愚呂チームに勝つか――――がある……はずだ。重要なことであるはずなのに、なぜか意識がそちらへ向かわない。
(なぜだ? なぜ……)
「っ……」
気付いたときには目の前に鴉と武威が立っていた――――
「そうそう、言い忘れるところだった……」
一度オレに背を向けた鴉が改めてこちらを向き直り、言った。
「今夜、リング上で面白い見世物がある」
「なに? ……それが何だというんだ」
何を言い出すかと思えば、まったく関係のない――――興味のないことに、語調が荒れる。
「まあ、そうカリカリするな……決してお前に関係のない話ではない」
「…………」
「今夜もう一度ここへ来るといい……そうすれば、お前にとってプラスになる可能性のあるものを見ることが出来るだろう」
「推測ばかりだな」
「確信していないことを、さも確信しているように話す趣味はないな。――――私は伝えたからな。あとはお前次第。行かずともいいが……それで後悔しなければいいな」
言い終えた鴉は再びオレに背を向け、武威と共に去っていった。
「オレにプラスになること、だと……?」
“オレたち”にではなく。
鴉の言葉がオレの中で廻っていた。
今夜と聞いたはいいが、それが何時なのかは分からない。そう簡単に聞けるものでもないと思う。暗黒武術会の見世物というからには、まともな人間の考えたことではないだろう。オレの周囲で知っているとすれば……コエンマくらいか。
けれど情報は別の、思ってもみなかったところからもたらされた。
「そう言えば、今夜会場で見世物があるらしいですよ」
言ったのは螢子ちゃんだった。
内心で驚きながら、外には決して出さないようにして彼女を見る。そこにいた全員が――驚きを隠してはいなかったが――同じような行動をしていた。
「何だよ、その“見世物”って言うのは」
訝しげに聞く幽助に、螢子ちゃんは首をかしげながら言った。
「さあ……正確には。ただ、滅多に見られないのが今回はいるから“参加”しようって、妖怪が言ってたのを聞いただけ」
「参加しよう……? って、観戦してた妖怪どもが言ってたのか?」
「うん……」
桑原君の質問に螢子ちゃんは戸惑ったように肯定する。自分でもおかしなことを言っている自覚はあるようだ。
「観客が参加する見世物なあ……」
「なんか、こう、嫌な予感が……」
各々が感想を言っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「……はい」
誰が来たのかと気を探ればコエンマだった。こんな時間に何の用だと思ったものの、出なければいけないだろう。――しかし、誰も出る様子がなかったため、仕方なくオレが行く。
「どうかしたんですか?」
「おお、蔵馬」
何かなければ来ることはないだろう。そう考え直して言ったが、当のコエンマは慌てた様子だった。
「丁度よかった……」
走ってきたのだろう、コエンマは息を弾ませていた。
「コエンマじゃねえか。一体どうしたんだよ」
声が聞こえたのだろう、幽助たちがやって来た。しかしそんな彼らを無視してコエンマはオレに問う。――その内容はコエンマから……いや、ここで聞くことになるとは考えたこともなかった。
「蔵馬、おぬし“深透”という名の妖狐を知っているか?」
「……何故その名を?」
自分の声が低くなったのが分かる。それによって皆の体がこわばったことも――――。
「コエンマ、何故その名を知っているんです」
それでも周りに気を使う余裕はない。
そんなオレに、コエンマは顔を引きつらせながら何とか口を開く。
「い、今会場で“深透”という名の妖怪が……見世物の景品に――――」
「なんだって!?」
びくり、と突然の大声に驚く。それは他の皆も同じだ。しかしその原因であるオレは部屋を飛び出した。
「闘技場ですね」
「あ、ああ……」
もう一度だけ、コエンマに確認をして。
「どうしたんだ? 蔵馬のやつ」
「さあ……。おいコエンマ、どういうことだよ」
「ワシが知るか! ……じゃが、やはり知っておったか……」
独り言のつもりなのだろうか。小さな声で呟かれた内容に、いつも冷静な蔵馬が急に慌てて出て行った理由が気になる幽助たちが飛びついた。
「おい、何を知ってたって言うんだよ!」
「そうだぞ! ちゃんとオレらにも分かるように説明しろよ!」
大きな声で言う二人に、耳を塞ぎながらコエンマも叫ぶ。
「今、会場の中心におる妖怪が、女の妖狐なんじゃ! ……妖狐の判別などつくかわからんが、蔵馬に似た、な」
「それを言うためにわざわざ来たのかよ」
まあ蔵馬の様子を見たら、何か大変なことなのかも知れねえけど……。
幽助の言葉にコエンマは苦々しげな表情をした。
「それだけじゃない……その妖怪の置かれた状況がな……」
「何だよ。はっきり言えよ」
奥歯に物の挟まったようなコエンマの言葉に、桑原が苛々したように言う。
それにコエンマはため息をついた。
「現在その妖狐は意識がない状態――とは言っても眠っているわけではないらしいが――それを元に戻すには名前を呼べばいいらしい……しかし、誰でもいいわけではないようだ。それで意識を元に戻した妖怪には……その妖狐が与えられるそうだ。所謂景品だな」
「は?」
それがどうした、とかどういうことだといった表情の幽助たちに、コエンマは答えた。
「そこに深透という名の妖狐の意思はないだろう。大体、そやつが今の状態になったのも捕らえた者がおるからだ。――――そして、元に戻した者にはその妖狐を自由にする権利が与えられる――殺すことももちろん可能」
じゃが、あの容姿を見れば別のことをされるだろうな。
一瞬、何のことだか分からなかったようだ。それが分かっていて、それでもコエンマはそれに触れずに続ける。
「銀髪に金の瞳じゃったから、もしかしたら蔵馬が知っておるかも知れぬと思ったんだが――当たりだったようだな」
会場の空気を見れば……放っておくことは出来なかった。
そう呟き、ほっとした様子を見せるコエンマ。
しかし逆に幽助たちの表情は硬くなっていく――ようやくコエンマの言わんとすることが分かったようだ。コエンマを押しのけ、二人は駆け出していく。飛影は初めからいない。
「コエンマ様……」
おずおずと声をかけてきたのはぼたん。後ろでは不安顔の螢子たちがいた。
それに安心させるように「心配ない」と声をかけ、コエンマも幽助たちの後を追っていった。決して部屋を出ないように言い置いてから。
– CONTINUE –