Free & Easy 2

 オレが会場へ着いたとき、そこには妖怪があふれていた。その表情はどれも見れたものじゃない……まだ、オレたちの試合を観戦し、罵声を上げているときのほうがましだ。
 妖怪をよけつつリングが見下ろせる位置に来ると、思ったとおりリングの上には“彼女”がいた。
 想像通りの姿で――何もかもを遮断した状態。身を、精神(こころ)を守るために意識を心の奥深くに沈めている。この状態で彼女に危害を加えることは出来ない――――強い妖怪でなければ。彼女の防御も完璧ではない。耐えうる以上の力をぶつけられればひとたまりもない。
 だが今それを行うことは「ルール違反」のようだ。沢山の妖怪たちが一匹ずつ「深透」と呼んでいる。その様に虫唾が走った。
「珍しいな、お前がそんな表情をするとは」
 急に声をかけられ、はっとして声のしたほうを向くと、飛影が立っていた。
「醜悪だな」
 だがそれも仕方あるまい。
 彼女を見ながらのそれに、オレは眉をしかめた。それを見た飛影はくくくく……と笑う。
「知り合いか?」
「……ああ」
「銀髪の妖狐か……」
 その口ぶりは何か知っている様だった。少なくとも、無駄に騒いでいる妖怪よりは知っているだろう。
 すべてを知っているとは思えないが――すべてを正確に知っているのはここにはオレしかいないはずだ。
「どうするんだ。お前が行くのか」
「――――――オレ以外に、彼女の意識を戻すことが出来るやつはいませんよ」
 それだけ言うと、オレは一歩踏み出した。しかし――――――
「蔵馬! 飛影!」
「…………幽助、桑原君……」
 見ると二人がこちらへ向かって走ってきた。その後ろにはたまたま会ったのだろう、陣たちの姿もあった。
 踏み出した足をいったん戻す。それに気付いて幽助が口を開いた。
「やっぱり、おめえの知り合いか?」
「そうですよ」
 皆の視線の先には彼女。その中でオレの本来の姿を知っている桑原君が声を上げた。
「コエンマの言ったとおりだぜ……。蔵馬に似てる」
「彼女のほうが華やかですけどね」
 そういうオレの本来の姿を未だ見ていない幽助たちは、オレと彼女を見比べている。
「……どうするんだ?」
「もちろん、助けますよ」
「でもどうやって……」
 名前を呼んでも、何の反応もねえじゃん。
 幽助が不審そうに言う。「ルール」は延々言われているために知ったのだろう。けれど、それに彼女は反応しない。そのことを言ったのだろうが、残念ながらこの場合は「ルール」が正確ではないのだ。
「それは彼女の意識を戻す方法が間違っているんですよ。――この場合、ある“特定の妖怪”が名前を呼ばなければ不可能です。……まあ、名前自体間違っているんですけどね」
「は……?」
「おそらく、捕まったときに名前を無理やり言わされたんでしょう。けれど、言ったのは違う名前……“深透”だった」
「その“深透”と言うのも知り合いか?」
 でなければ、お前はここに来ないだろうと言う飛影の言葉に肩をすくめる。
「ええ……よく知っていますよ」
 それだけを言うと、今度こそオレはリングへと向かった。
 ここへ来て聞こえてきた話では、この見世物に参加できる者に制限はないようだ。この大会の出場者だろうと観客だろうと――――妖怪だろうと人間だろうと。
 何を目的にこんなことをしているのか、もしかしたら何かの罠ではないかとも考えてしまう。――――そう思ってしまうほど、彼女には価値がある。


 利用する価値が。


 だからこそ(それ以外の理由も含め)放っておくことは出来ない。
 “同じ一族”の者としての意識と――オレにとってはそれよりももっと大切な感情から。



 オレが降りていくと大半の“参加”している妖怪たちは名前を呼び終わっているようだった。それでも無駄なことを続けているやつもいる。けれど、ある程度時間がたてばその場から追い出される。
 そんな中、オレが近付いていくとその場にいた妖怪たちは道を開けていった。予想していた罵声はなかった。むしろオレを見た妖怪たちは静かになる。考えられるのはオレの表情だろうか。……それ程の顔をしているつもりはないが、そうなっても仕方がない。もしくは妖気か。どちらであろうと関係はないが。
 目に入る光景は、オレにとってそれ程のものだ。
 リングへあがると、妖怪たちは慌てて降りていく。
 会場のすべての視線が、オレと彼女に集まるのが分かる。けれど、そんなことを気にはしない。
 今オレがすべきこと……したいことはひとつだ。
 その前に、彼女の前……数メートルのところに立つと、息をひとつ吐く。


「――――――“蔵馬”」


 静まり返った中はっきり言った言葉は案外響いた。
 オレの声が聞こえた妖怪たちは、一瞬の間のあとざわつく。
「……どう言うことだ?」
 幽助たちの声が聞こえた。気になっていたのだろう、リングのすぐ横まで来ていた。
「蔵馬?」
 答えを欲したためにオレを呼んだのかもしれない。
 けれど、それは後回しだ。


「蔵馬――――起きろ」


 再び“彼女の名前”を呼べば、今まで何の反応も示さなかった彼女に変化が現れる。
 まずは周囲の空気が変わる。彼女の――蔵馬の今まで抑えられていた妖気が流れ出す。その強さに息を呑むもの、リングから慌てて離れる者などがいた。
 そうして妖気が完全に戻ったところで瞳の色が変わる。
 今まで何も映していなかった瞳に周囲が……オレがようやく映る。
 数度、瞬きをした蔵馬は、昔とは――彼女の記憶の中のオレとは違う今のオレの姿を見つめる。
 そういえば、オレは蔵馬がわかるが彼女にはオレが分からない――――


「深透!!」


 気付けばふわりと服を翻して、蔵馬が目の前にいた。
「蔵馬?」
 抱きついてきた彼女を受け止めれば、「やっと会えた」と彼女は呟く。
「よく……分かったな」
 肩に入っていた力を抜けば、即
「妖気の質で分かるわ」
 と言う。そう言われてみれば、たとえ力が弱くなろうと妖気の質――根本的なところは変わらないんだった。
 なるほどと思っていると、
「蔵……馬?」
 呼ばれたほうを見ると戸惑った表情をした幽助たち。……コエンマまでいた。
 かすかに笑って答えると、抱きついたままの蔵馬を離し、手をとってリングから降りる。
「部屋へ戻ってから説明します」
 未だ静かなままの会場。オレが来たときのような騒がしさに戻る前に、ここを離れたほうがいいだろう。蔵馬をそんな場所の真っ只中にこれ以上置きたくない。
 そんなオレの考えがわかったわけではないだろう。気が付いたら多数の妖怪に囲まれている状況についていけなかったのかもしれない。蔵馬は手を引くオレに黙って従った。
 その後ろに幽助、桑原君にコエンマ、飛影、陣たちが続く。見知らぬ人間や妖怪がついてくるため、蔵馬は体を硬くしていたが、それに気付いているのか彼らは何も言わない。――いや、言えないだけかもしれない。オレは蔵馬のついてこれる、けれど他人のことはまったく考えていないスピードで歩いていたからだ。……まあ、彼らならば問題はないだろう。コエンマはどうだか知らないが。案の定――――
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
 コエンマの悲鳴が上がった。丁度ホテルの側まで来たところだろうか。
 ここまで来れば大丈夫だろうと思って立ち止まると、やはりコエンマだけが息を切らしていた。
 ぜいぜいと息をするコエンマを、周りは呆れたように見下ろす。
「情けねえぞ、コエンマ……」
「そんなこと……言われてもだな……」
 ここまでついて来れただけでもすごいと思え。
 そう言うが、誰も同意はしなかった。
「……なあ、蔵馬……」
「はい?」
 桑原君が少し遠慮気味に声をかけた。ホテルに戻ってから、と言っていたが、コエンマがこれだから……まあ、いいだろう。置いていってもいいが、あとで文句を言われるのは遠慮したい――――うるさいから。
「聞いてもいいか?」
「……いいですよ」
 仕方ないと……オレは肩をすくめた。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子