Free & Easy 3
「まず、彼女の名前は蔵馬です」
今の状況では最初に言っておかなければならないことを口にする。
だからと言って素直に理解されるものだとは思っていない。
案の定。
「「「「「はあっ!?」」」」」
異口同音。
まったく同じ反応を見せた幽助たちに、ため息しか出ない。
どうやら説明が長くなりそうだ。
その間、彼女を立たせたままにするわけにもいかず、一旦木の側に座らせる。
そのままオレもその木に寄りかかると、彼らも思い思いに座ったり、木に寄りかかる。
オレの話を聞く体勢を整えて、さあ説明してくれと言わんばかりの表情でオレを見ていた。
その様子にため息をつきたくなったが、それは我慢して口を開いた。
「とりあえず、少しの間黙っていてください」
「……わかった」
代表して頷いたコエンマ。
全員が大丈夫なのを確認してから、もう一度同じことを口にした。
「彼女の名前は“蔵馬”です」
コエンマたちはまた何か口にしそうになったが、さっきオレの言ったことをちゃんと覚えていたようで、口を押さえて声を出さないようにしている者もいる。
さすがにそこまでする必要はないと思うんだが……。
「オレの生まれた妖狐の里の習慣では、男女一人ずつに同じ名前をつけるんですよ」
なので、オレも蔵馬だし、彼女も蔵馬なんです。
「ただし、それでは日常生活で呼ぶには不便です。同じ場所に暮らしていればなおさらね。――――その為、男のほうに別の名前――“もうひとつの名”をつけます。そして、オレのもうひとつの名が――――」
深透なんですよ。
「…………向こうで、妖怪が何度も呼んでいたわね」
と、急に女の声が耳に入ってきた。
誰かは分かっているので、視線を下にさげると蔵馬がオレを見上げていた。
「聞こえていたのか」
「もちろん……ただ、笑いそうになったけれど」
私の言ったことを真に受けて呼ぶんだもの。
口を押さえて笑いながら言う蔵馬は、以前と変わらない。
そんな変わらない姿は、初めて見る幽助たちの目を引くものだったらしく、彼らは彼女に視線を向けたままだ。
その反応に、仕方がないと思う一方、面白くもない。
さすがにそれを表に出すことはしないが。
小さくため息をつくことはした。
するとそれに気付いたコエンマが、「いいか?」と言ってきた。
「はい」
「では、なぜお前は“蔵馬”と名乗っているんだ? ――――もうひとつの名のほうを名乗ればいいじゃないか」
その言葉に、それもそうだと数人が頷く。
理由を知っている蔵馬はニコニコしながら彼らを見ている。
けれど説明はしてくれそうもない。
「それは、もうひとつの名がオレたちの里だけで使うものだからですよ」
「は??」
仕方なくオレが言うけれど、さすがに分かりにくかったようだ。
「“もうひとつの名”は本名ではありません。普通は本名を名乗るでしょう?」
「そりゃあ……」
「確かにそうだけどな……」
「人間は、親しくなれば……たとえば愛称を使う場合もあるでしょう。けれど妖狐の使う“もう一つの名”は人間の使う“愛称”と同じにしないでください。本名の一部を使ったり、縮めたものではありません、オレたちにとっての“もうひとつの名”は――――」
妖狐の里の中だけに通じ、その名を呼ぶ者は同属であると――信頼出来る者だという判断を下させるもの。
「もちろん他にもありますが、これが一番理解しやすいでしょう」
「――その名は本名をつけたあとに、新しくつけるのか?」
「もちろんその場合もあるけれど、そうでない場合もあるのよ」
凍矢の言葉に蔵馬が首を振りながら言う。
「私と深透の場合も、先に名付けられたのは“深透”のほう。深透の方が私よりいくつか年上だから」
「…………同い年じゃないのか?」
同じ名前をつけるから、そうなんだとばかり……。
コエンマの疑問に、蔵馬はそうじゃないと否定する。
「同じ年の場合は殆どないわ。同じ年に――同時期に生まれたからと言う理由で同じ名前をつけないから。同じ名前をつけるのは、ある方が示し、同じ名前を付けるように言われてからつけるの」
もし先に女のほうが生まれた場合は、その名前をさらに示された男の本名として名付けるの。そして一緒にもうひとつの名をつける。
「ある方?」
「占い師……といって正確かどうかはわかないけれど……」
「巫女、のほうが近いんじゃないか?」
「そう……ね。人間の考える巫女とは違う気がするけれど……」
蔵馬の言葉に、オレは加えるように言う。
さらに言った蔵馬に、オレは頷いてコエンマを見た。
「分かりましたか?」
「まあ、なんとなく。…………だが、嫌ではないのか? その巫女に勝手に同じ名となる者を選ばれて」
「いいえ」
「考えたことがないわ」
即答と言って良いほどすばやくオレたちは反応した。その速さに聞いた当の本人であるコエンマは目を丸くする。
その反応が意外だったのか、蔵馬は首をかしげている。
「つける名前まで指示されないし、何よりその方は私たちの里では尊敬されている方。それに同じ名を持つものがいることを嬉しいと思うことはあっても、嫌悪することはありえないわ」
きっぱりとした言葉。同じ妖狐のオレにとっては疑問の出ないことだったが、やはり他の種族にとっては理解できないことだろう。――――仕方のないことだ。
「けど、同じ名前の奴が嫌いだったらどうするんだ?」
同じ名前だと言うこと自体嫌じゃねえのか?
「それはそうだろうけど……そういう方はいないもの」
私たちはもちろん違うし。
困ったように説明する蔵馬。確かに説明はしにくいかもしれない。
「同じ名になる者を決める基準のひとつは、相性なんですよ」
「はあ?」
「…………んなもん、生まれたばかりで分かるわけねえだろ」
正しい反応。
けれど、これはオレも完璧に理解できているわけではない。
「性格だけを考えればそうですけどね。……何度か聞いたことがあるんですが、巫女が判断する基準はその妖気の質や能力――――」
「他には……何だったかしら。両親や兄弟を総合した性格予想?」
「生まれたときの里の天気や雰囲気」
「…………なんじゃそりゃ」
「あとは――――」
「おい」
突っ込まれた言葉を無視して続けたオレ。胡散臭そうな感情を顔に浮かべた皆は、その後のオレの言葉に予想通り動かなくなった。
「勘」
「――――――なんだ、それは」
最初に反応を返してきたのは飛影だった。それにようやく他の皆も動き出すが……言葉は出てこない。
仕方のないことだ。
蔵馬はその様子に笑いをこらえている。
「知りませんよ。巫女に聞いたらそう返ってきたんですから」
「誰も理解しているものはいない……おそらく、巫女本人も理解していないでしょうね」
それくらい……説明出来るものでは決められないことのようだから。
– CONTINUE –