Free & Easy 4

 理解してもらえましたか?

 そう言ってはみたものの、この考え方が特殊なのは身を持って知っている。
 考え方への理解は求めていない。ただ事実はこうであると分かってもらえればいい。
 そうしなければ、話が進まない。

「まあ……何となくだけど」
 それでも理解には至らないという表情の幽助。
 肩をすくめて「いいですよ、それで」と言えば別のところから質問が飛ぶ。
「何でその……蔵馬さんは捕まってたんだ?」
 蔵馬にもう一つの名はないので、言いにくそうだが桑原君が尋ねた。
 けれど、それはオレにもわからない。予想はつくが。
 蔵馬を見れば、視線が泳いでいる――――――相当言いにくいことなのだろう。
「蔵馬」
「――――――はい」
 低く……今までより低い声で名前を呼べば、条件反射で蔵馬は神妙な顔で返事をした。幽助たちはそんなオレたちの様子を驚いた表情で見ている。
(確かにここまでの声音を出したことはないからな)
 彼らの表情の理由はそれだろう。
 そんなことを考えながらオレは蔵馬から視線をはずさず、彼女が口を開くのを待つ。
「それは……たまたま人間界にきたら失敗してしまって――――」
「たまたまね」
「そう、たまたま…………」
「今人間界と魔界の間には結界が張ってある。……そう簡単にこれないと思うが?」
「うっ…………」
 さすがにコエンマのその言葉には反論出来なかったようだ。
 コエンマの発する気から、コエンマがどういう者なのかは分かっているはずだ。
 そして自分のレベルも……魔界と人間界の間にある結界を越えることができないと言うことも。

 蔵馬はきっと、S級一歩手前まで来ているはずだ。

 彼女に素質があったからだが――――そのため簡単には人間界へ来れない。
 閻魔大王の子であるコエンマにこういう方法があるとは言えない。もしそれが閻魔に知られれば、蔵馬の身が危うくなる。
「ある方法を使って人間界に来たんだけど、妖気を嗅ぎ付けられたみたいで……こちらに来てから力を抑えていたこともあって、捕まってしまったの」
「よくあの状態で本名を言わなかったな」
「名前を言った時は、まだ意識を封印してはいなかったもの」
「なるほど」
 “ある方法”についてコエンマが口を挟む前に聞く。
 あとで知らせるにしても、誰にも言わないと念押ししてから出ないと話すわけにはいかない。それに、これだけの人数に話すわけにもいかない――――特に飛影には。きっと、飛影は魔界に戻りたいと思うだろうから。本来の実力では蔵馬のほうが上。しかし力を抑えている今はどうなるか分からない。
「何故意識を封印したんだ? 封印しなければ逃げられたんじゃ……」
「でも、そうすると人間を傷つけることになるもの。深透に会うまで霊界には見つかりたくなかったから」
 意識を封印した状態であればある程度のダメージを与えるだけで済むし、何より後悔することはないから。
「寝覚めが悪いのよ、人間を傷つけると」
 その言葉にほとんどが首をかしげた。
「そう……か?」
「別に自分が危険ならそうでもないような……」
「そう?」
 彼らの言葉に蔵馬は首を傾げる。
 コエンマでさえ、蔵馬の言葉に戸惑っているようだ。
 彼らの考えは理解できるし、普通の妖怪であれば蔵馬のような考えは持たない。
 ただ彼女を生まれたときから知っているオレは、蔵馬の考えも理解している。
 単に、蔵馬は人間のように弱い存在に自分の力を使いたくないのだ。

 そんなことをせずとも、すぐに死んでしまう存在だから。

 けれど、自分が傷つけられるのも嫌い。
 ならばどうすればいいか、と考えれば意識を沈めるのが一番の近道だ。
 意識がないときに危害を加えようとした人間が――最悪死んでも意識してやったことではないのだから気にしない。
 それだけだ。
 だが、それを彼らに理解して欲しいとは思わない。蔵馬も言わないだろう。
 それにコエンマには勘違いしてもらっていたほうが、蔵馬の安全が保たれる。
 オレと同じ名前と言うことで警戒される可能性もあるが、勘違いしている間はまだ大丈夫だろう。
 わざわざ自分の意思で人間界に来た蔵馬が、そう簡単に魔界へは戻らないだろうから。
 そんなことを考えている間、蔵馬と幽助たちの間では少々のやり取りがある。
 そのほとんどが蔵馬の考えと人間に捕まった際の状況だった。
 それにほっとしていると……ふと、ある気配を感じる。

「ぼたん?」

 それに――――――
 気配のしたほうに声をかけると、おずおずといった風にぼたんたちが木の後ろから姿を現した。
「な、なにやってんだよ!!」
「……ぼたん……部屋を出るなと言っただろうが」
「あ、あんまり遅かったから心配になっちゃったんですよ!」
 確かに……螢子ちゃんと雪菜ちゃんは心配そうな表情をしているが、他の三人は好奇心のほうが勝っているようだ。それでもここへ来るまでは心配だったんだろう、そうでなければ何も知らない彼女たちが真夜中にこんなところに来るはずがない。
 証拠に、ぼたんたちの視線は蔵馬に向いている。
 それに気付いた蔵馬はゆっくりと立ち上がり、服についた土ぼこりを払う。
「私のせいで心配をかけたみたいで、ごめんなさい。私の名前は蔵馬よ」
 微笑みながら言った蔵馬に対しぼたんたちは目を奪われたようだったが、その内容に全員が首をかしげた。
「……くらま?」
「って、蔵馬さんと同じ……」
「文字も同じですよ」
「え!?」
「何で!!??」
 その言葉に彼女たち全員が驚いた表情をする。
 一体どこから聞いていたのかと思ったが、ついさっきここについただけで大して会話は聞いていなかったようだ。
 心配をかけたのだから彼女たちにも説明をしなければいけないだろうが……
「説明はちゃんと本人がしますから、部屋に戻りましょう。何時までもここにいるわけにもいかない」
 そうオレが言えば、ようやく気付いたようにコエンマたちも頷く。
 そもそもコエンマがオレたちのスピードについて来れなかったから休んでいただけだし、コエンマが回復した今、ここにいる理由もない。

 さすがにこれ以上起きているわけにもいかないだろう。
 明日は決勝戦だ。
 何が起こるかわからないのだから、凍矢たちも休んでいたほうがいい。
 もちろんオレたちも。
 そう言えばみな納得した表情を見せた。
 蔵馬がどこまで現状を理解しているか分からないが、ここで聞くほど物分りがないわけではないし、知りたければ自分で調べるだろう。
 そう思って、このあと蔵馬をどうするかも決めた。
「ぼたん」
「なんだい」
 一瞬だけ蔵馬に視線を移したあとに、オレはぼたんに頼んだ。
「彼女を預かってて欲しい」
「は?」
「…………」
「ずっとオレが側にいることは出来ないし、明日は決勝だからね」
 そう言えば、戸惑ったようにオレと蔵馬を交互に見る。
 蔵馬がどれほどの妖怪か分からずに不安なのだろうか。
「大丈夫。危害は加えませんし、強いからボディーガード代わりになる」
「…………そんなに危険なところなの?」
「あの妖怪の集団の中に彼女たちが行くと考えれば想像がつくだろう?」
「まあ……それはそうだけど」
 そんな風に漏らす蔵馬は嫌がっているようにも見える。オレ以外はそう思っているだろう。
 だが、実際はそうではない。
「彼女たちが大丈夫なら、私には反対する理由がないわ」
 困ったように言う。それに戸惑いながらもぼたんはそれじゃあとオレの頼みを聞いてくれた。
 それを聞いた蔵馬はすっと一歩踏み出し――――その姿を変える。
「「「「え……?」」」」
 次の瞬間、オレの隣にいたのは狐の耳も、尾もない少女。
 先ほどとは明らかに違う、どう見ても人間の、身長は今のオレよりも低い十七、八歳くらいの姿をした蔵馬だった。
「変化……?」
 そう言ったのはコエンマだった。
 さすがに閻魔大王の息子である彼は知っていたようだ。他に知っているのは……飛影たちか。
「妖狐だもの。これくらいは出来るわ」
「もしかして、蔵馬も?」
 オレを見ながら問う言葉に肩をすくめる。
「彼女ほどうまくはありませんけどね、一応出来ますよ」
 その言葉に驚きと戸惑いと……色々な表情でみなオレたちを見ていた。



「深透」
 蔵馬たちを部屋まで送り、オレも部屋へと戻ろうとしたところで既に部屋に入っていたはずの蔵馬に名を呼ばれた。
 ぼたんたちは既に部屋に入っていて、廊下にはオレと蔵馬だけだ。
「どうした?」
 この期に及んで彼女達と一緒にいたくないとは言わないだろうが……何のために蔵馬がオレを呼び止めたのか、理由が分からない。
 そんなオレの考えがわかっているのか、なんとも言いがたい表情を浮かべながら口を開く。
「今度の戦い、一瞬でも気を抜くとまずいことになるわ」
 ――――――
「それは、巫女の言葉か?」
「いいえ、私が何となくそう思っただけよ。巫女は……もっと直截的なことを言ったわ」
 どちらにしても、深透にとってはあまりいいことではないけれど……。
 そう言う蔵馬は、心配そうにオレを見上げる。蔵馬が人間に変化したことで、南野秀一との身長差が逆転してしまった。本来のオレなら、蔵馬が本来の姿をしていてもオレの方が身長は高いが。
 ようやく本来の身長差で蔵馬の顔を見ながらオレは言う。
「それは良く分かっている……今のオレではどうしようもない力の差があることも含めて理解している」
 気を抜く暇などないことも。
「そう……それならいいわ」
 安心した、とまでは行かないが、先ほどよりはましな表情を蔵馬はした。


 そうしてようやくオレたちは別れた。
 それぞれがしなければならないことに備えて。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子