Free & Easy 5
「ほら……だから言ったのに」
リング上で起こった爆発を見下ろしながら、私は呟く。
その言葉は爆発の起こった後の騒がしさの中であっても、隣にいたぼたんと名乗った少女には聞こえていたようだ。
「分かっていたのかい!?」
叫ぶと言う表現がぴったりの声に、他の人たちも私を見る。
「ええ、もちろん。……そもそも自分の力で本性に戻れなければ時間制限がつくのは当たり前。だから出来るだけ早くとどめを刺さなければいけなかったのよ。そして確認もしなければいけなかった。それをしなかった深透がいけないのよ」
自業自得。
言ってしまえば、そういうこと。
どこまでも妖怪で、どんな時でも慎重な深透。私の知っている深透であればこんなミス犯さないはずなのに……。
(いつからあんな風になってしまったのかしら)
昔を考えれば、今の深透は信じられないほど変わっている。
それだけ離れていた時間が長いと言うことなの?
ずっと一緒にいなかったから、私が知らないだけ?
ふとそう考えると、なぜかずきりと胸が痛む。
私と深透はまったく別の妖狐。
けれど、最も分かり合った妖狐でもある。
私の場合は生まれた時から側にいて……両親よりも、兄妹よりも近い存在。
そんな私が深透の変化を知らなかった。
それは何よりも半身を大切にする里の妖狐には辛い……。
(やっぱり、ついて行けば良かった)
千年以上前の出来事を思い返して内心で呟く。
反対されることがなかったのに、何故私はあの時里に残ったのかしら。
当時のことを思い返していた私の目には、周囲を爆弾に囲まれた深透が映っている。
……今の深透では、避けることが出来ない。
「っ!!」
誰かが息をのんだ。
他の人たちも似たような反応をしている。
そして、私は――――――
私は今、どんな反応をしているのかしら?
「蔵馬さん……?」
誰かが、私の名前を呼んでいる。
……いいえ、それとも彼女達にとっての『蔵馬』は深透のことかしら?
目の前で起こっていることに私は意識を奪われていて、他のことを気にする余裕なんてなくなっていた。
私がここにいるのは名目上、人間の彼女達のボディーガードのはずなのに、それすら思い浮かばない。
そうして、深透が敵に命をかけてでしか召還できない魔界植物を放った瞬間、私は目に映しているものすら理解できなくなってしまった。
最後に理解出来たのは、誰かが私の名前を呼んだということだけ。
◇◆◇
あの時――――オレが鴉との試合に負けた時、蔵馬は再び意識を心の奥底に封じてしまっていた。
それでも動けなかったオレ。
最後まで、蔵馬の側に行くことが出来ずに決勝戦は終わった。
時間がなかったために蔵馬を抱えて外へ出たオレの腕は、その後気が付いた蔵馬が息をのむほどにぼろぼろになっていた。
「深透」
首縊島から帰る船の上、ぼんやりと目の前に広がる海を眺めていると、人間界ではたった一人しか口にしないオレの名前が聞こえた。
「蔵馬。どうしたんだ?」
ゆっくりと近付いてきた蔵馬はそのままオレの隣で立ち止まる。そして手すりに寄りかかると、同じように海に視線を向けた。
「どうしたって……どうもしていないけれど」
「……それならオレを呼ばずなくてもいいだろう?」
ため息とともに言えば、くすりと蔵馬は笑った。
それは以前と少しも変わることのないもの。
決勝戦のあと、部屋へと戻ったみんなと別れて蔵馬とともに屋上へ行った。
そこで言われたのが「深透は変わった」と言う言葉だった。
蔵馬に言われて、ああ、やっぱりそうなのかと納得したオレがいた。
それまでは変わったと自覚はしていても、心のどこかで違うんじゃないか――と、いずれ何かの拍子に隠れていた本性が現れるんじゃないかと思っていた。
けれど――――
半身である蔵馬が変わったと言うならば、そうなのだろう。
オレたち里の妖狐は、自身のことは自分よりも半身のほうが理解している。
オレは蔵馬のことを、蔵馬はオレのことを。
それはオレたちだけじゃなく、皆――――。
そんな中で蔵馬がオレが変わったと言い、それによって蔵馬が意識を封じてしまうほど嫌悪することを引き起こすなら――――
「私は魔界へは戻らないわ」
きっと、蔵馬はひとりで魔界へ戻るだろう。
そんな風に思ったオレの考えを否定する言葉を蔵馬は口にする。
はっとして見れば、微笑を浮かべた蔵馬がオレを見ている。
「ひとりで戻ると思った? 残念だけど、今の深透も、昔の私が知っている深透も深透には変わりないわ」
これ以上離れていたくないの。
「十分、別れていたでしょう? もうひとりでいるのは嫌なの」
ひとの姿をとっていても長い髪が風によってなびく。それを抑えながら笑みを浮かべる蔵馬は、オレが里を出た頃と変わらなかった。
微笑みも――――――考えも、何もかも。
「毎日身を守らなければいけなかった深透には分からないでしょうね、半身がいるのに側にはいない時の辛さは」
オレが知っているのは半身が生まれていない時の寂しさ。
それよりももっと辛いことを蔵馬は経験していた。
そして、蔵馬をそんな立場にしたのはオレだ。
「絶対離れないからね」
「ああ……もう二度と、置いて行かない」
寄りかかってきた蔵馬を引き寄せながら、きっぱりと言った。
少し離れたところからこちらを窺う視線を感じたが、そんなことを気にかける暇はない。
――――――己の半身に、二度も辛い思いはさせられないから。
– END –