歌声響いてやがて消える
二回目の大戦中、明るい声が響いていた。
励まし、勇気付け、そして平和を願う歌声が響いていた。
けれど今、その声は聞こえない。
◆◆◆
『どうして!? どうしてダメなの!!??』
昼間、幼馴染の発した声が未だに耳に残っていた。
いつまでたっても幼い――成長の見られない声。
――――いや、単にプラントを理解していないだけなのだろう。
そうでなければあんな科白は出てこない。
『だってラクスじゃないか。世界を救ったのはラクスじゃないか! それなのにどうしてみんなラクスを否定するの!?』
否定――――否定なのだろうか。
まあ確かに、再考を勧める時点で、その考えを受け入れられていないことは明らかなのだから、彼らには否定なのかもしれない。
けれど誰も、ラクスの考えをまったく受け入れていないとは一言も言っていない。
ただ、今はそれらを推し進めるのは難しい。時期を見て、今出来ることを――――そう考えて、妥協をしてくれと言っているだけなんだ。
いつか思うように出来るまで、我慢してくれと言っているだけ。
けれど、それがラクスやキラには通じない。
その事実に気付いた時、俺は愕然とした。
そんな、今時幼年学校に入ったばかりの子供ですら出来ることが、あの二人には出来ない。
何故? と思うと同時に気付く。
あの二人は今まで『止められる』事がなかった。
いや……俺は止めたことがある。
けれどそれは……キラに友人を守ると言うことがあって……。
でもそれ以外は? と考えて、俺の記憶にある限り、強く止めたことも、止められているところを見たこともなかった。
特に二度目の大戦中。
俺は止めた。
オーブに戻れと言った。
けれどキラたちは戻らなかった――――力を手にし続けた。
そして俺以外、きっと止めた人間はいなかっただろう。
ラクスになんて意見する人間があの中にいたとは思えない。
ああ、だからか。
だからあいつらは今でもやめない。妥協しない。我慢しない。
(ミーアとは大違いだな)
何気なく出てきた名前にどうにも出来ない思いが湧き出る。
ミーアとて平和を願ってきた。
平和を願い、歌い――――たくさんのものを捨てて舞台に立っていた。
それでも、根本にある思いはキラやラクスとは違うのだ。
キラの言葉から、ラクスの態度からそれは明らか。
そして“ラクスが世界を救った”と言う発言。
ああ、何もかも違うのだ。
ミーアは何より“プラントの平和”を願っていた。
それは“歌姫ラクス・クライン”の願いだと考えていたからだ。
けれど……ラクス・クラインとキラ・ヤマトは違う。
彼女たちは“世界の平和”を願った。
ミーアの“世界”の第一はプラント。
ラクスとキラの“世界”の第一はプラントではない。
戦時中、ラクスのしたことは隠されている。
言えばどうなるかを、ラクスの取り巻きたちは十分に理解しているからだ。
けれど……当のラクスが理解していない。
理解していないから、様々な発言でプラント市民の首を傾げさせている。
そして疑問を持たせ、戦時中、あの映像を思い出し、小さな疑念を植えつけている。
ラクス・クラインの平和は、どこの平和なのか。
そうして思い至ったことに人々は恐怖している。
恐れている。
ラクスの口からいつかそのことが発せられ、そして自分たちの恐怖が現実のものになるのではないかということに。
けれど、時間の問題だと思う。
ラクスの口からは出なくとも、人の口に戸は立てられない。
いつか、どこからか漏れるだろう――――ラクスの行ってきたことが。
そしてそれを知った時点で、人々は奈落に突き落とされるのだ。
ラクスの声が戦時中に響いていなかったことに。
響かせるつもりがなかったことに。
そうして、別のことにも気付く。
ああ、それは幸いなことなのかもしれない。
たった一つだけの、幸い。
偽者の歌姫が、それでも励ましてくれていたことに。
◆◆◆
ラクスもキラもわかっていない。
プラントの平和の歌姫“ラクス・クライン”がどんな存在なのかを。
彼らにはわからない。
平和の歌姫“ラクス・クライン”と、“ラクス”が同じだと思っている彼らにはわからない。
わからないからこそ、ミーアを偽者だと言いきれるのだ。
市民は自分たちの平和の歌姫への思いをもって、ラクスを偽者と断じるかもしれないのに。
– END –
お題配布元:追憶の苑