最果ての贄
『わたくしは、プラントへは戻りません』
そうきっぱりと言い切った“歌姫”に、一部のクライン派は眉を寄せ、一部のクライン派は内心で狂喜した。
残りのクライン派は彼女を諦めた。
そうして眉を寄せたクライン派のうち、一人がはたと気付く。
「パトリック・ザラは死んでしまった。他のザラ派は拘束した。しかしこちらにはシーゲル・クラインはいない。ラクス・クラインもいない。ラクス・クラインがプラントに戻っていないことを国民に知らせるわけにはいかない。では、この混乱の中でどうやって市民を落ち着かせる? どうやって知らせず、納得させる?」
それに、狂喜したクライン派がなんでもないように言いきった。
「拘束したザラ派を処刑すればいい。こいつらが戦争を拡大させたんだと発表すればいい」
「しかし、彼らはそれぞれに力を持っている。市民の支持も大きい。特に彼らを選出した市の市民の支持は無視できない。裁判にかけ、罪を償うにしても処刑までは出来ない。そんなことをすれば、彼らの市の市民たちはきっと暴動を起こす。そしてそれを我々では抑えられない」
その言葉に誰もが納得し、唸った。
確かにそうだ。
ザラ派に属していたものたちは誰もがクライン派よりも力を持っていた。市民の支持を受けていた。
その代表格がエザリア・ジュールでありユーリ・アマルフィ、ルイーズ・ライトナー。
そして何より死んだパトリック・ザラ。
パトリック・ザラは死んでしまったが、それ以外の者を処刑してしまうわけにもいかない。
けれど、どうにかしなければ市民が納得しない。
ここでラクス・クラインが一言発せればいいのだが、それすらもう望めない。
どうすれば、と悩む者たち。
その中から一人、ではこれはどうだろうと口を開くものがいた。
「生きているものをどうにかすることは出来ない。ならば死んでしまったものに全てを背負わせればいい」
「それは、パトリックに、と言うことか?」
「そうだ。それならばどうせ死んでしまった人間だ。そしてザラ派の中で、もっとも戦争責任がある人間だ。それは市民も知っているだろう。背負わせても誰も文句は言わないさ」
「…………」
誰も、それ以上の案を出せなかった。
既に、時間はない。
これ以上の案など出せるとは思えなかった。
だからこそ、この場にいた全員はこの案を採用した。
一部の者に、こうすることでしか市民を落ち着かせる方法を持たない自分たちを悔しい思いを抱かせながら。
一部の者に、こうすることで自分たちに転がり込む権力諸々に夢を抱かせながら。
一部の者に、こうすることが当然だという思いを抱かせながら。
誰も、気付かなかった。
思い至らなかった。
パトリック・ザラが最大戦犯となることで、生きるか死ぬかの影響を受けるものがプラントに残っていたことに。
パトリック・ザラの子が、ラクス・クラインがオーブへと降りたために、それに付いて行くしかなかった子以外にもいたことに、思い至りもしなかった。
– END –
お題配布元:追憶の苑