19. Ambivalence

 ブリッジの入り口の扉が開き、コツコツと音を立てて入ってくる人間がいた。銃を突きつけられ、身動きの取れないアークエンジェルのメンバー。しかし、自分たちに銃を突きつけているザフト兵が一歩下がったことによりゆっくりとそちらへ視線を移す。
「君は……?」
 彼らが目にしたのは白いザフトの軍服を着た、キラやカガリ、ラクスと変わらない年齢の少女。
 栗色の長い髪を後ろでひとつにまとめ、青い瞳をまっすぐにラクスに向けている。
「貴女は……っ!」
 白服の少女が誰かすぐに気付いたラクスは驚いたように息を飲む。けれどすぐに現状を思い出し、少女をにらみつけた。そんなものに怯む少女ではないが……。
「何故、このようなことを!」
 静かに視線を向けている少女に対して、ラクスは感情も露に叫んだ。その表情は“理解できない”と言っていて、少女の冷笑を誘う。
 
「それは、あなた方が私たちの敵だからです」
 
「違います!」
 少女の言葉に反射的にラクスは返した。そのほかのメンバーも、口には出さないまでも視線は厳しい。けれどそれは少女の中で更にある思いを強めたに過ぎない。
「では何故、戦闘中のミネルバの主砲を撃ったのですか? 何故ザフトのMSを撃ち落したのですか? 敵ではないと言うならば、何故?」
「それはあの戦闘を止めたかったからです。あれはオーブ軍が出る意味のない戦闘でした。何よりわたくしたちは戦争を止めたいのです。戦争はただ悲しみを生むだけです。ですからわたくしたちは平和のために出来ることをしているのです!」
 ラクスの言葉にキラたちも頷く。けれど少女はおろか、他のザフト兵たちの視線までも冷たくなるだけ……。
「オーブ軍に意味のないものだとしても、私たちには意味がありました。もちろん連合にも。それに連合と同盟を結び、連合の求めに応じたのはオーブです」
「けれどそれは代表であるカガリさんの意思ではありません」
「ですが、連合と同盟を結んだのは代表です」
「それはカガリさんの意思ではなく、周囲が無理矢理結ばせたのです」
「それでも代表が認められたことに変わりはありません。内部でどのようなやり取りがあろうと、結果だけで判断されます。――――当然ではありませんか」
 そして、と、ラクスが口を挟めないように言い募る。それでも冷静さには変化がない。
 
「同盟を結んでいるにもかかわらず、自身をオーブ代表だと名乗って連合までも攻撃した。――――オーブが連合の不興を買ったとしても、当然のことでしょう。ですからあなた方はザフトはもとより連合からも“敵”と認識された」
 
「違う! 私たちはっ……」
「戦争を止めたかった。平和を願って出来ることをした」
 カガリの言葉をさえぎって、カガリが口にしようとした言葉を吐く少女。
「それはわかりました。けれど、そこに武力を持ち込むのはいかがでしょう? しかも“フリーダム”はユニウス条約違反のMS……そんなものを持ち出す人間が、ただ平和を願って出来ることをしていると言って、そこに理解を示してくれる人間がどれだけいるでしょう?」
「“想い”だけでは何も出来ないのです」
「ええ、それも理解しました。力も必要だと、それも理解できました。けれど、別に“武力”を持つ必要はないのではありませんか? 特に、あなたなら“武”に頼らずとも、別の力はある…………」
 
 “言葉”と言う力と、それに耳を傾けてくれるプラント市民があなたには付いている。
 
「そうではありませんか? ――――ラクス・クライン」
 静かに、少女は口にする。
 それはラクスが以前から知っている少女の話し方ではあったが、ここまで温度のない声ではなかった。
「ですが、デュランダル議長が私の偽者を作り、わたくしの命を狙ってきました。そんな状況で、簡単に出て行けるわけがありません」
 その言葉とキラたちの反応に周囲のザフト兵が眉をしかめたが、それに気付いたのは少女だけだ。ラクスたちは少女に気を取られていて気付かない。
「デュランダル議長の命だと決め付ける意味がわかりませんが……まあ、そうですね。それが本当だと仮定して、別にプラントに戻る必要はなかったでしょう? 先の大戦の時と同じように、電波ジャックをすればよかった。……あの時もプラント市民は混乱したのです、今回もあなた方の言う“何が正しいのか”を、考える機会をプラント市民に与えられたのではないですか?」
「それはっ……」
「そんなことできるわけがないだろう!! オーブを出ていたんだから!」
「別にオーブの力などなくとも出来るでしょう? それくらい、クライン派には造作もないはずです」
 キラの言葉をばっさりと切り捨てて、少女はため息をつく。
 ――――疲れたように。
「そう言うことです。――――では、これよりあなた方を我々の艦へお連れします。その後は議長がお決めになるでしょう」
 
「何故わかっていただけないのです!」
 
 わたくしたちの想いを!!
 
 さすがにこの少女の言葉には、事実を指摘されたラクスも慌てる。そして少女が言ったラクスの力を使う。けれど、そんなもの通用する相手ではなかった。
「私は確かにあなた方の“想い”を理解したとはいいました。何がしたいのかも。何を思って武力を手に、私たちを攻撃したのかも。ですが、」
 
 だからと言って、その行動が正しいと言うことは出来ません。
 
「それを認めることはザフトの軍人であり、プラント市民を守ることを使命とする私たちには出来ません」
 きっぱりと少女は口にした。

◇◆◇

 アークエンジェルの捕縛を完了した部隊は、すぐさま宇宙へとあがった。当然アークエンジェルを連れて。
 そうしてプラントの軍港で引渡しを終了した後、部隊は一時休暇に入る。
 ――――隊長である白服の少女以外は。
 
「疲れた……」
 
 部下に休暇を言い渡してすぐにMSに乗って再び宇宙空間へと飛び出した少女は、ミネルバとジュール隊が合同で任務に当たっている宇宙域へと向かった。
「お疲れ」
 そしてどちらの隊の隊長もいる部屋へと入って口にした言葉がそれだった。
 ちなみにそこはミネルバのメディカルルーム……アスランが治療のためにそこにいた。
 そしてミネルバ艦長タリア・グラディスと赤服三人。ジュール隊隊長イザーク・ジュールと副官のディアッカ・エルスマン。
 アスランとイザーク、そしてディアッカ以外は少女のその言葉に目を見張る。
 あからさま過ぎて。
 けれど三人は当然のことと思っていたようだ。疑問を挟むことなく椅子にぐったりと座り込んだ少女を気遣う視線を向ける。
「相当やりあったのか?」
 少女が渡した報告書をめくりながらイザークが尋ねると、少女は悩むしぐさをする。
「やりあったと言うか……まったく言い合いがなかったわけではないけれど、そこまでではなかったわ」
「それにしては疲れてるな」
「…………精神的に疲れちゃって」
 ディアッカの言葉にそう返し、ため息をひとつつく。
 そう少女が言った理由がわかるのだろう。アスランは悲しそうな表情を浮かべている。けれどそれに視線は向けず、少女は思ったことを口にした。
 
「自分たちの矛盾に気付いていない人間との会話が、こんなにも疲れるものだとは思ってもみなかったわ」
 
 ああ、やはり、とアスランは俯いてしまう。

◇◆◇

「矛盾?」
 首をかしげるシン、ルナマリア。
 どう言うことかと視線を向けるタリアとレイ。
 そんな四人に少女は口を開く。
「アークエンジェルの行動理由は“戦争は嫌だから”、“平和を願っているから”。だから“出来ることをした”のだ」
「「は?」」
「そこに戦争と同じ“武力”を持って行っても良いそうよ」
「ふざけんなっ!!」
 叫んだのはシンだけだった。けれどルナマリアもレイも、そしてタリアも同じ思いを抱いたことがわかる。
 それに「そう思うよね……」と力なく笑う少女。
「子供でもわかる矛盾を矛盾だと思っていない人間と会話しなくちゃいけなくてね……。もう、勘弁してって思っちゃった」
 
 それがプラントに向かう途中でもあったんだよ。
 
 その言葉にはその場にいた全員が同情の視線を少女に向ける。
「よく、あんな人たちと付き合っていられたよね……尊敬するよ、アスラン」
 そうして向けられた視線の先にいたアスランは、「自分でもそう思うよ」と様々な感情の入り混じった表情で笑った。

– END –

お題配布元:追憶の苑

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子