25. Stoicism

「欲しいもの?」
 急に何? と、香奈子は隣を歩く幼馴染を見上げる。
 それに対して幼馴染――手塚国光は表情を変えずに「誕生日だろう?」と返す。
「もうすぐ香奈子の誕生日だろう」
「――――そうだけど」
 そんなこと確認するまでもなく国光は知っているじゃない。
「それに、“欲しいもの”なんて聞いてきたことなかったでしょう?」
「部長からの指令だ。――――“マネージャーの欲しいものを聞いてくるように”」
 だから尋ねたのだという国光に、ふと思うところがあって香奈子は首をかしげた。
「それ、“誕生日プレゼントのことだと知られないように”って言われなかった?」
「言われた」
 だが、香奈子に隠し事は出来ないだろう?
「どうせ隠してもすぐに気付くだろう? こそこそと裏で動かせてはくれないじゃないか、香奈子は」
 だからストレートに聞いたのだと口にする国光に、「まあ、そうだけど」と呆れたような、困ったような表情を浮かべる。
 それに対し、香奈子の言いたいことがわかっているのか国光は肩をすくめつつ、
「香奈子が本当に欲しいものは、俺達には用意できないことはわかっている。だから、俺達が出来る範囲で欲しいものを言ってくれればいい」
 そんな風に言って香奈子から「それなら……いいけど」との言葉を得る。
 けれど、
「そもそも、どうして私に誕生日プレゼントなんか……」
 今まで家族や目の前の幼馴染、親戚一同に年上の友人など、国光以外では同年代の人間からプレゼントなどもらったことの無い香奈子は戸惑うだけだった。
 そんな彼女の状況を知っている国光は、さらりと「世話になっているからだろう」と言う。
 
「は?」
 
「“いつもマネージャには世話になっているから、その感謝を表すために”。大体はこんな意味だったな」
「感謝って……マネージャーの仕事をしているだけよ」
 感謝されるいわれはない。
「だが、男子テニス部にとってはありがたい存在なんだ――――」
「けど、マネージャーになることを許可したのはきょ……瀬良先生だし」
「それでも、今まで真面目に仕事をしていたのが初めてだからだろう。今まで入部したマネージャーは、どこか不真面目なところがあったそうだ。まあ、入部理由が理由だったそうだが……。そう言うマネージャーしか知らなかった部員にとって香奈子は非常にありがたい……“感謝してもしたりない”んだそうだ」
「変なの」
 “理解できない”とばかりに表情をしかめつつ、香奈子は「でも、欲しいものなんてないよ」と答えるにとどめた。

◇◇◇

 聞く前から答えはわかっていたという国光に、なら聞かなければいいじゃないと返したのは香奈子だ。
 けれど一応聞かなければいけないだろう、聞かないで報告すれば、部長の“あの”笑みが浮かぶだけだと香奈子にもわかりやすい表現で国光は言う。
 ここは通学路で、同じ方向に帰る先輩部員もいて、きっと国光が香奈子に聞くか見張っている可能性がある。そんな場所だと言えば香奈子は名前を言い直してよかったと、内心でため息をついた。
 道理で付かず離れずの位置に誰かいるわけだ。
 
「本当に、欲しいものはないのか?」
「ないよ。――――わかっているでしょう?」
 
 それ以外に言いようがないと香奈子はため息をつく。
「物欲が無いな」
「――――単に、国光たちが手に入れることが出来る範囲では無い、と言ってるだけ」
 
 そうじゃないものなら、たくさんある。
 
「国光もそうでしょう?」
 その視線を自身の望みと幼馴染の目標に向け。
 香奈子はそう言うことで、『物欲が無い』わけではないのだと言った。

– END –

お題配布元:追憶の苑

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子